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ラーニャ・バスリーは忘れることを知らない。  作者: 伊賀海栗


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第40話 北宮の客人


 翌朝、カミルはラーニャの肩を両手で強く掴んで揺さぶった。


「二人っきりになるなよ、触らせるな、腕が届く距離に近づかせんな。酒を飲むな、夜に会うな、アイツといるときは常に人数でも圧倒的優位に――」


「しつこいです、殿下。バスリーに同じことを何度も言わないでください、寝込みます」


「それは困る。でもさああああ」


「あと相手は王子殿下ですから、すべてのお言いつけを守り切れるかはお約束できかねます」


「そこをなんとか!」


 ラーニャが横に立つムフレスの袖を引っ張ると、彼は大きなため息をついてカミルをラーニャから剝がした。そのまま引きずるように馬車へと押しやる。


「ムフレスおまえ、わかってんだろうな!」


「はいはい、わかってますって」


「はいは一回!」


「てか、こっちはどうせ葬式で忙しいんだから、グズグズしてないでさっさと行ってさっさと帰って来たらどうなんスか」


「一理」


 突然おとなしくなったカミルは、馬車に乗り込んであっという間に城を出発した。残されたラーニャとムフレスは襲い来る疲労感に肩を落とす。


「やっと行きましたね……」


「そっスね……」


 ふたりが北宮へ戻ると、たくさんの荷物が運び込まれていた。カミルが戻るまで、ザインは北宮で生活するつもりらしい。

 ムフレスは面倒くさそうに小さく息をついて、ラーニャの手をとり進む。


「ぶつかられても困るんで触るけど、あの人には黙っといて」


 まだラーニャの目が見えないものと信じ切っているムフレスがなんだか可笑しくもあり、しかしその優しさがむずがゆくもあり、ラーニャは下唇をぎゅっと噛みながら歩いた。


 一方でカミルなら何も言わずラーニャの手をとって裏へまわっていただろうなと思う。アンヌフへの往復の旅の中でも、侍従たちが荷物を運ぶそばをラーニャに歩かせたことはない。

 それは恐らくカミル自身がラーニャとぶつかったことがあるからだと考えている。この身体の小ささは荷物を持った男にとって視認性が悪すぎると知っているのだろう。


 歩きながらムフレスがぼやいた。


「ほんとなら俺も北方行ってたのになー」


「なんかすみません」


「いや、悪いのはアンタじゃないんで。向こうは向こうでどんな罠があるかわからないし、殿下もアンタを連れて行けなかったんだと思う……ます」


 なるほどと頷いて、ムフレスに連れられるまま階段をのぼる。


 視察中に事故と見せかけてカミルを殺してしまえば、北方防衛の責任者である貴族はザインから警戒される。実際ザインまで手にかける覚悟でなければ、大きなことはできないだろう。

 しかしカミルの侍女ラーニャを殺すだけなら話は別だ。その程度でザインは動かないし、カミルが悔しがる様子を見ることもできてしまう。

 離れることになっても北宮で信頼のおける護衛をつけておくほうがマシなのだろう。


「やぁやぁ。今日からよろしく頼むよ、仔猫ちゃん」


 エントランスホールに響く声に振り向けば、そこにはザインがにこやかな笑顔で立っていた。

 ラーニャはムフレスに支えられながら来た道を戻るように階段を降りる。


「おはようございます、黄の星。少し肌寒い朝、窓辺の日向のような温かなお声をお聞かせいただき光栄ですわ」


「そうだろうね。わざわざ南宮から出て来たんだから歓迎してもらわないと。侍女を借りるったって、クソ野郎と同じとこで生活させられないだろ」


「お気遣いに感謝いたします」


「しかしやっぱりムフレスが残ったかー。予想通りではあるけど残念だ」


 ムフレスは何も言わずに目を伏せた。

 そういえば、とラーニャは今までのムフレスの姿を思い浮かべて笑いをこらえる。彼はどうやらカミルの前でしか素顔を見せず、必要最低限の言葉しか発さないようなのだ。だから、「理知的な」という印象が一人歩きするのである。

 頭を抱えて叫んでいる姿ばかり目撃する今となっては、理知的という言葉から最も遠い人間のひとりだ。


 ラーニャは背後の階段を指し示して笑みを浮かべる。


「お部屋までご案内します」


「ん、よろしく……と、こうしたほうがいいのかな」


 ザインがラーニャの手を取り、その手を自分の腕へと導いた。なるほど目の見えぬラーニャへの配慮というわけだ。

 触らせるなというカミルの言いつけはさっそく守ることができなかったが、そもそも指示が無茶であるとラーニャは内心で笑う。


 客室への案内を終えるとすぐ、ザインが茶をせがんだ。


「お茶飲んでいきなよ。ムフレスも一緒でいいから。ね」


「お招きに預かり感謝しますわ」


 王子の誘いを断るには相応の理由が必要だ。

 ムフレスはメイドを呼んで茶の準備を始めさせ、三人でソファーに掛ける。


 メイドが茶を淹れ終わるまでの間、室内は沈黙が支配していた。ザインが再び口を開いたのはメイドが立ち去ってなんの音もしなくなってからだ。


「カミルはヨーネスを殺すかな」


「私にはわかりかねます」


 ザインの視線はムフレスのほうへとスライドしたが、ムフレスもまた首を横に振って見せる。実際、具体的にどうするという話をする前に北方視察が決まってしまったのだから、秘匿するまでもなくわからないものはわからない。


「あのクソ野郎のことはどうにかしてダウワースにやらせようと思ってたんだけど、策を講じる前にダウワースのほうが退場しちゃって困ったよ」


 ラーニャもムフレスも返す言葉はない。特に彼が倒れる瞬間を目撃したラーニャにとって、「退場して困った」と表現されるような軽い話ではないのだ。


 ザインは室内を見渡しながら微笑んだ。


「いい部屋だ。仔猫ちゃんもいることだし、カミルが戻るまで快適に過ごせそうだね」


 常に自分の手を汚すことなく欲しいものを手に入れるこの王子が、一体何を望んでいるのか探り出さなければならない。


 ねー仔猫ちゃん、とにこやかなザインを見ながら、その難易度の高さにため息が出そうになった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 最近、独占欲や嫉妬心を隠せないカミルが可愛くてしかたないw
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