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ラーニャ・バスリーは忘れることを知らない。  作者: 伊賀海栗


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第38話 尽きぬ策謀


 翌日、カミルとラーニャは密やかに城を出た。城内はダウワースの葬儀の準備でバタバタしていたおかげで、それに気づいた者はいない。一方、橙の星の死についてはまだ箝口令が敷かれているため城の外は静かなものだ。


 ふたりは麻のバッグいっぱいにキルスティ・ウォードの葉を詰め込んで、画商の元を訪れた。王家御用達なだけあって立派な店構えである。店内にはお抱えの画家が描いたと思われる絵が並べられていた。

 馴染みの画商はカミルの顔を見るなり頭を深々と下げて恭順の意を示し、戸棚から小さな革袋を取り出す。


「キルスティ・ブルーの絵の具でございましょう。こちらにございますよ」


「ああ、それと今日は画材屋に会わせてもらいたくてな」


「なるほど、これでは足りないと。今日はお二人だけで? では画材屋までご案内したほうが早うございますね」


 顔色を窺うように笑いながらふたりの前を通り抜け、外へ出る。カミルとラーニャもそれに続き、画材屋へと向かった。


「あの青は本当に素晴らしい色でございますから……取引のある画家はこぞって売ってくれと言うのですがね、なにぶん材料がないものですから。そういえば昨夜遅くに鐘が鳴りましたが……ああいや、詮索するようなつもりではないですよ、ええ」


 よほど喋るのが好きと見え、誰の返事も待たず画商はひとりで話し続ける。


「いやぁ驚いたのでございますよ。まさか陛下が、とね。でも今日のこの時間になってもなんのお(しるし)もないでしょう。普通ならほら、旗を下げたり、ねェ。そこでね、ああ、そういえば陛下が崩御なさるときはもっとたくさん鐘が鳴るんだったかなァと思いまして。そしたら殿下方がいらっしゃったから、やっぱりご無事でいらっしゃったかって、あっ、こちらです。少し狭いですが、どうぞ」


 バスリー家に顔を出す画商より口調が軽いためラーニャは少々面食らったが、悪い人間ではないようだ。

 画材屋へ入るなり画商が「王子のお成りだ」と店の奥へ声を掛ける。時を置かずバタバタと慌てた様子で男が出てきた。


「とっとっとっ! これはこれは、王子殿下!」


 平伏した画材屋を簡単にカミルに紹介し、画商は自分の店へと戻って行く。

 ラーニャは顔を伏せたままの男を指してカミルの耳元で「カジノの鴨です」と囁いた。声も仕草も記憶にある通りだからだ。なるほどと頷いたカミルが男に声を掛ける。


「面をあげろ」


「はいっ」


「お前の欲しがってたキルスティ・ウォードを持ってきた」


 麻のバッグを放り投げると、男は目を丸くしながら中を検める。


「おお……確かに。確かにお預かりしました。絵の具は画商からお受け取りいただけましたでしょうか?」


「ああ。聞きたいことがあってここに来た。お前はただの画材屋で、商品の生産までしているわけではないな?」


「ええ、もちろんです」


「では、お前が取引している生産者は材料を持ち込めばいくらでも作ってくれるのか?」


「まさか。まさかまさか。……こ、今回だけ特別に、でございます」


 カミルが腰の剣に手を掛けた。


「王族を謀った疑いがある。生産者を教えろ、俺が直接確認する。お前から聞いたと言ってな」


「いえいえいえっ、た、謀るなどとそんな。一体何が起きて――」


 慌てた様子の画材屋だが、カミルがほんの少し剣を鞘から覗かせるとすぐに諦めて俯いた。


「絵の具が非売品なのは確かです。ウォードの栽培者や後援者を探すため、サンプルとして一部の人間に配られたのでございます。ですから生産者は何も知りません。ウォードの供給さえあれば大きな利益になるのに、という話を方々でしていたある時、栽培用の初期資金を提供してやってもいいと言ってくださったお人が現れたのです」


「カジノで?」


「なっ……! 慧眼、なんという慧眼。はい、その通りでございます。さきほどの画商に『絵の具を欲しがる者に対してキルスティ・ウォードと交換だ』と言うよう伝える、それが条件でした」


「資金提供者のことはもちろん知らないんだな?」


「ええ、この店も借金の抵当に入っておりましたが、そのお方は現金で肩代わりしてくださいました。どこの誰かは存じません、すべて即金をいただけるので知る必要もなかったのでございます」


 カミルは低い声で「わかった」とだけ言って、画材屋を出た。


「やることがえげつねぇんだよな、ヨーネス」


「私たちがあの日カジノに行っていなかったら、ここで情報は途切れますからね」


「だが、ラーニャのおかげで仕組んだのがヨーネスだってハッキリした。ザインは恐らく関係ないね」


 それはそうだろう。ここに至るまで彼が関わった様子がないどころか、彼がいなければルトフィーユの危機を知ることもなかった。

 そもそもルトフィーユに何かすれば、彼の言う「カミルはただそこにいてくれればいい」という言葉に反することになるのだから。


 待たせていたシンプルで紋章のない馬車へと乗り込み、城へと戻る。


「天気もいいし、このままデートすればよかったかな」


「人に聞かれたら叱られますよ、葬儀の準備だってあるのに」


「橙なら細かいこと気にしないと思うけどね」


 穏やかに笑うカミルに、ラーニャも心中で胸をなでおろす。ヨーネスに対してどのように対応するかはこれから考えねばならない。ただ、コトの経緯と注意すべき人物がわかっただけでも多少の余裕は生まれるということだ。


 しかし事態は一変する。城へ戻るなりムフレスが慌てふためいた様子で駆け寄って来たのだ。


「殿下、北方への視察の予定が確定しました。明日出発であると」


「は? いや明日はあり得ねぇだろ、え?」


 カミルもラーニャも言葉を失う。

 北方の話は確かに軍議にあがっており、視察へ向かうことはほぼ決定事項であった。しかしこれからダウワースの葬儀などが行われるというタイミングで行うことではないはずだ。


 ラーニャは昨日のザインの言葉を思い出す。


「あ……。北方の話は双子が提案し、かき回したものだと」


「クソ! 俺を遠くにやってどうするつもりだ……」


 舌打ちをするカミルに、ラーニャは言葉を掛けることができなかった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ぬうううっ! カジノのエピソードは、ここに繋がっていたかぁ! おのれヨーネス。
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