第29話 短気と後悔
翌日。ラーニャはカミルと共に花束を持って王族用墓地へ向かっていた。昨日と同様に澄んだ青空で、うっすら透ける雲が遠くにひとつだけ浮かんでいる。
「リーン妃殿下からのご依頼は私が賜ったものですから、殿下までご一緒なさらなくても」
馬車の中でラーニャがそう言うと、カミルはニヤっと笑った。
「今日は久しぶりに暇だったからいーんだよ。それに、スハイブのことは嫌いじゃなかったしね」
国王の寵愛を一身に受ける側妃リーンは正妃から目の敵にされている。赤の星スハイブの葬儀に出席することさえ拒まれたため、せめて弔意だけでもとラーニャに花束を持たせて墓地へ送り出したのだ。
今さら城へ戻れと言うわけにもいかないかと思い直し、ラーニャはそっと花に鼻をうずめる。それをぼんやり眺めていたカミルが口を開いた。
「んで、屋敷の状況はどうだったの」
レベッカは昨日、バスリーのタウンハウスの状況について簡単に報告をして帰って行った。今後は週に何度か、数時間だけ本を読む振りをしに来てくれることになっている。
「屋敷の建て替えのため、最近やっと荷物の運び出しが終わったそうです。今日からほとんどの侍従が領地へ戻ることとなりますが、レベッカや執事など一部の人間は兄のために居残りです。イルファンも大した怪我ではなく――」
「イルナントカ君の話はいいよ」
「失礼しました。……今回の建て替えで、兄は隠し通路を増やすつもりのようです。生きるためにあがくのもまた、国のためになるだろうと」
ラーニャの兄は建て替えが完了するまで、母の実家である侯爵家のタウンハウスで生活することとしたらしい。荷物の多くもそちらに置かせてもらっている。社交期真っ只中の今、侯爵本人も王都へ出て来ているおかげで警備も万全だ。
そんな話をつらつらするうちに、馬車は目的の墓地へと到着した。
墓地といえど王族用であるが故に、歩道を彫刻や花が麗しく飾る。
カミルに手を引かれながら歩いていると、不意に足が止まった。カミルのエスコートにも王城周辺の地理にも慣れ、目を閉じて歩くことのほうが多くなっていたラーニャは、首を傾げつつ薄く目を開ける。
レース越しにもわかる、大きな体躯の人物がスハイブの墓の前にいた。気配に気づいたのか、男が振り返る。
「ん、ああ。お前たちも来たのか」
「まさか橙にお会いできるとは」
カミルとダウワースが簡単な挨拶を交わす後ろで、ラーニャは静かに淑女の礼をとった。
「ああ。謝りに来たんだ」
「謝る?」
「バカな弟ですまんってな。兄貴は俺を殺すつもりなんてなかったのに、俺はクソみてぇな謀略にまんまと引っかかってよ。王にふさわしいのは兄貴だったのに」
「でもあの時、赤の兄上も魔術を」
カミルの言葉にラーニャも微かに頷く。
あのとき大聖堂ではスハイブが剣を受けると同時に魔術の爆ぜる音がしていた。後からわかったことだが、スハイブの放った魔術はダウワースの後方の柱付近に着弾していた。ダウワースの動きが一瞬早かったため魔術を避けた、または逸れたのだろうと言われている。
「いーや、俺は知ってんだ。兄貴は俺じゃなく俺の後ろを見てた。多分そこに俺を嵌めた奴がいたんだろうよ」
その声には、後悔が滲んでいる。
彼は手にしていた酒瓶の封を開け、墓にドバドバとかけながら続けた。
「兄貴は俺が冷静になるのを待ってた。頭を冷やせって言ってくれたのにな、俺はカッとなったらおさまんねぇバカだから」
ダウワースの話を聞きながら、ラーニャは一騎討ち当日のことを詳細に思い出そうとしていた。
しかしあの日、ラーニャはザインによって目を隠されたのだ。そのせいでスハイブが死ぬ直前に何を見ていたのかがわからない。
大事なところを見てないなんて、とラーニャが舌打ちしそうになったとき、ダウワースが振り返って酒瓶を掲げた。
「ありがとな、こうやって兄貴に花なんか持って来てくれる奴は他にいねえからさ」
「いえ……」
カミルが曖昧に返事をし、ラーニャも目を逸らすかのように俯く。リーンに持たされたものであることは言わない方がいいだろう。カミルに対して好意的な印象を持ったのなら、そのままでいてもらうべきだ。
「それからそっちのバスリーのお嬢も。アンタの機転のおかげでカミルを殺さないで済んだしな、あんがとうよ。今までは兄貴が諫めてくれたけど、これからは自分で理性保たないといけねぇんだよな」
スハイブの死はダウワースに大きな影響を与えたようだ。すっかり意気消沈している彼に掛ける言葉を、ラーニャもカミルも持っていない。
ダウワースは掲げた酒瓶の中身を確認してから、直に自分の喉へと注いだ。
「俺はさ、兄貴が死んだ今……カミルが王にふさわしいと思ってる」
「いや、俺は」
「ああ、わかってるよ。それに弟たちを死なせるわけにもいかねぇしさ。うまくいかないもんだよな」
思っていたよりも好人物だったと、ラーニャは内心で驚いていた。あまりにも短気であることや、怒りのせいで見境がなくなってしまうといった短所を補うには足りないけれども。
大きな口を開け、さかさまにした酒瓶を振って最後の数滴を舐めとったダウワースは、ひとつ大きく息をつくと墓地の出口へ向かって歩き出した。
「話聞いてくれた礼だ、困ったことがあれば手を貸してやるから言えよ」
ラーニャとカミルは返事の代わりに深く頭を下げ、ダウワースを見送った。




