第27話 第五王子の奇行
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王子付きの侍女は暇だが、王家所有の図書が読めるのは素晴らしいことだ。胸に本を抱え、弾むように城の庭を歩く。
バスリーの屋敷での事件から十日ほどが経った今朝、ラーニャは王城にて父ウィサムの見舞いをし、側妃リーンとともに少し早いランチを食べた。リーンから世界に十数冊しかないという稀覯本を借りられたのが嬉しくて、少し遠回りにはなるが庭を散歩しつつ北宮へ戻ろうと思ったのだ。
珍しい本が読めるのは嬉しい。ただこれは、美味しい食事をとるのに似ている。生きるために必要な作業の延長線に過ぎないという意味で。
一方で、屋敷外で本を読むには読み手が必要だ。読み聞かせをする人物のことで、もちろん実際に読んで聞かせる必要はない。ただバスリーにはそういった役目を持つ者がいるという設定は徹底する必要がある。
そこでラーニャは領地へ戻らなかった侍従のうち、メイドをひとり呼び寄せることにした。ラーニャが幼かった頃から読み聞かせ役を演じ続ける元ナニーメイドで、彼女が来たら事件後の屋敷の様子なども詳しく確認できる。それがなにより嬉しかったのである。
ゆっくり歩きながら黒いレース越しに花を愛でる。やはり今は薔薇が盛りで、北宮の庭よりもずっと豪華だ。城内の喧騒がうっすらと届き、風が吹けば木々がさわさわと音を鳴らす。
そんな静かで穏やかな散歩は、まっすぐに近づいてくる足音によって中断された。カミルがつけてくれた護衛も、ラーニャとほぼ同時に足音に気付いて立ち止まり振り返る。
国王そっくりの赤い髪と、正妃譲りと思われるモスグリーンの瞳。ラーニャとそう変わらないくらいの年のころの男が微笑んでいた。
「こんにちは、バスリー嬢。ずいぶんとご機嫌ですね」
その声、その姿。赤の星スハイブの葬儀で見た。第五王子であり継承権第四位……スハイブが亡くなって第三位となった緑の星ヨーネスである。手にはなぜか薄汚れた白い大きな布を持っている。
ラーニャは首を傾げながらヨーネスの頭の斜め上に顔を向けた。
「失礼ですが、どなたでしょうか」
「ああ、先日は全く話せなかったから覚えてもらえていないのですね。失礼しました。ワタシはヨーネス・アルドウサル。カミル兄上のすぐ下に生まれた双子の片割れです」
「まぁ! これは大変失礼いたしました。私はラーニャ・バスリー。静かで暖かな空の下、薔薇が華やかに咲き誇る午後。お会いできて光栄でございます、殿下」
深く丁寧な淑女の礼をとると、ヨーネスは満足げに頷いた。持っていた白い布を花壇のほうへと放り投げ、ラーニャの手を取る。
「お散歩、ご一緒しても?」
「え、ええ。もちろんですわ」
微かに布が落ちる音が聞こえたものの、王子の申し出を横に置いて「なんの音でしょうか」などと問うこともできない。あの布が一体なんなのかわからないまま、ラーニャはヨーネスと並んで歩き出した。
「いやまさかカミル兄上が侍女にまで護衛をつけるとは驚きですね。予想外でした。よほど大切にしていると見える」
「父が何者かに襲撃されましたので、お気遣いいただきました。身に余る光栄です」
「いやぁ……そういう意外な一面を見られると嬉しくなります。人間って誰しもいろんな顔を持っているでしょう。だから普段隠している部分をどうにかして見られないかって考えてしまうんですよ」
ヨーネスの視線の先では、メイドがキョロキョロと何かを探し回っていた。ラーニャたちのいるところからは遠く、何を探しているのかはまるでわからないが。
「確かに、不意に思いもよらぬ一面に触れることがあると、一層お相手に近づけたような気がしますものね」
当たり障りのない返事。
ラーニャはすべての王子に気をつけろとカミルからきつく言われている。バスリーの秘密が露見しないように、そしてカミルの情報を与えすぎないように注意しなくてはならないのだ。
「カミル兄上が継承権を放棄しないのはルティのためだと聞いたことがあります。でも本当に彼のためなのかなぁなんて。だってルティは一番下の弟で、しかも難しいことを理解できない子です。誰も脅威に思ったりしないでしょうに」
「申し訳ございませんが、私にはそういったことはわかりかねます」
「まぁそうでしょうね。……もしかして侍女のほうが良かったかな、いや、でもなぁ」
呟きながらヨーネスがこめかみを揉んだ。
侍女とは自分のことを指しているのだろうか、とラーニャは何か含みを感じつつ首を傾げる。
「何か?」
ヨーネスは苦笑を浮かべながら、視線の先のメイドを顎で指す。
「いやぁ。あ、ほら見てください。あのチーフメイド、普段はもっと……あ、失礼、見えないんでしたね。ふふ、忘れてください。それではワタシはこれで失礼します。お話しできてよかった」
ラーニャの返事も待たず、足早に立ち去るヨーネス。ラーニャはどっと疲れを感じて、近くのベンチへと腰かけた。
そばに控える護衛も、心なしかホッとしたような空気である。
そこへ、遠くから女性の怒声が聞こえて来た。
「何してるの! シーツはどこにやったのかと聞いてるのよ、このグズ!」
チーフメイド……業務ごとにメイドをまとめる役目を持つ人物だ。恐らく彼女はランドリーメイドの長であろう。
日頃は接点などまるでないが、王城で働くメイドたちがあれほどの剣幕で怒鳴るのは見たことがない。
「シーツ……」
護衛が呟いた。
ラーニャも、ハッとして元来た道を思い返す。
先ほどヨーネスが放り投げた白い布は、シーツではなかったかと。




