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ラーニャ・バスリーは忘れることを知らない。  作者: 伊賀海栗


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第24話 まだ終わらない


 突然の敵の変容に呆気にとられた騎士たちは、しかしすぐに敵を拘束し始めた。


「黒幕を喋ってもらわねぇとだから殺すなよ。そこの人たち、すまないが怪我人をホールに運んでやってくれ。あと、城に連絡を」


 カミルは剣の柄頭(ポンメル)で「あがが……」と唸る暗器使いのこめかみを殴って昏倒させ、両手を思い切り踏んで潰す。


 彼の言葉に従って動き出した侍従たちの中でひとり、フットマンが頭を抱えて転がっていた。メイドが不安そうにラーニャの名を呼びながら顔を上げたものの、続く言葉は出なかった。目を見開いてラーニャの背後を指さすだけである。

 振り返ろうとしたラーニャの耳に「こっち向くな」とカミルの声。ラーニャは小さく頷いてぎゅっと目を閉じた。


 次の瞬間、彼女の背や髪に何かが当たるような感触が。頬にも生暖かいものがかかる。触れて確かめようとしたが、鉄っぽい匂いが漂ったためやめた。

 足元に何か大きなものが落ちる気配がして、ラーニャは深く息を吐く。カミルが安心させるようにラーニャを胸に抱いた。


「なんでコイツだけ動けんのよ」


「いまの魔術は、術者に敵意を抱く者にのみ作用するんです。だから」


「あー、確かにこの剣士クソ快楽殺人野郎っぽかったもんな」


 ラーニャはカミルの腕の中から顔を上げ、頭を抱えたまま転がるフットマンを指し示す。


「つまり彼には……内通の疑いが。申し訳ありません、殿下」


「そんなこったろうと思ったよ。手引きするやつがいねぇと、ここまでの規模の襲撃は無理っしょ」


 まさか従者の中に裏切り者がいようとは。彼がバスリー家へ来て一年も経たない新人で、あまり馴染みのない人物であることがラーニャにとっては不幸中の幸いと言えようか。

 カミルの追加の指示でフットマンもまた拘束されることとなり、侍従たちは現実から目を逸らすかのように後片付けに精を出し始めた。


 あとのことを侍従たちに任せ、ラーニャとカミルは食堂を出る。廊下に倒れていた騎士もまた、すでに誰かが運んだようだ。


 遺体は応接室へ、縄で縛り上げた侵入者はエントランスホールへ並べ、怪我人の応急処置をしながら城からの応援を待つこととなった。

 ウィサムも大きな怪我を負っており、今夜は城で休むこととなっている。


 落ち着きを取り戻したところで、ホールの壁際に置いてあるソファーベンチにラーニャとカミルが並んで腰かけた。動ける侍従たちが後片付けをしたり、騎士に茶を淹れたりするのを眺めながら、カミルが首を傾げる。


「で、さっきの魔法は一体どういう効果? あいつら急に覇気がなくなってすげぇ驚いたんだけど」


「効果としては幻覚や幻聴が現れるだけです。ただし、本人が最も恐れていたり忌避したりする何かの。それは虫かもしれないし、幽霊のような実在しないものかもしれないし、わかりませんが」


「あー。それは最悪だな」


「はい。術者の熟練度によっては、対象の精神を完全に破壊してしまうことがあるらしく、約百年前に禁呪指定されています」


「き……なんて?」


「禁呪。大丈夫です、殿下は魔力量も多くないと伺ってましたし、バレません」


 深いため息とともにカミルが頭を抱える。


「いや調書とかどうすんのさーもー」


「殿下がどうにかしてくれるかと思って」


「するけどさあああああああ! ……まぁでも」


 カミルは言葉を切って顔を上げる。ラーニャの頬に手を伸ばし、こびりついた血を指で拭った。


「ラーニャが無事でよかった」


「殿下が力をお貸しくださったおかげです。父が怪我だけで済んだのも」


 ラーニャはうまく笑えない。なぜならウィサムが助かった代わりに、カミルを危険に晒してしまったのだから。

 それは従者としてあるまじきことであるが、この後悔は従者としてのそれだけではない。彼の身に何かあったらと思うと吐き気がこみ上げてくるのだ。

 メイドから救急箱を受け取って、カミルの上着を脱がせた。左の袖を破いて傷口を消毒液で拭う。


「痛っ! 仔猫ちゃん、もっと優しくしてよ」


「だって自分の至らなさに腹が立って! 私のせいでこんなお怪我を」


「待って、その気持ちを俺の怪我で発散しないで……痛っ」


 消毒液のしみ込んだ綿を取り換えて再び患部を拭おうとしたとき、ラーニャの手をカミルの右手が掴んだ。


「もう大丈夫だから、ね、仔猫ちゃん。落ち着こう、どうどう」


「それ猫じゃなくて馬ですね」


「言ったろ、あいつらは俺がいるとわかってて仕掛けて来たんだから、俺の敵なんだよ。弟のルティを担いで国を牛耳ろうと目論んでんだ。伯爵やラーニャのせいだけじゃない、俺とルティのせいでもあったの。だから抱え込むな」


 カミルの優しい眼差しがラーニャの瞳を覗き込む。


「殿下……」


 自然、ふたりの距離は近くなり、どちらともなく目を閉じる。

 唇に何かが触れたか触れないかといったその瞬間、エントランスホールに叫び声がとどろいた。


「ご無事ですかっ、殿下!」


 ムフレスである。

 大人ひとり分の距離を空けてビシっと座りなおしたラーニャとカミルが、ムフレスをじろりと睨む。


「それ前もやったじゃん、ムフレス。空気読めるようになれって」


「なんの話ですか。あーっ、怪我してるじゃないですか! さぁ帰りましょうすぐ帰りましょう! ラーニャ嬢もなんなんですか、酷い恰好ですね! 早く湯あみしなさい!」


「この屋敷そういう状態にないので」


「わかってますよ! 早く城に行こうって言ってるんです、まったくもー」


 怒りのせいか口うるさい母親のようになっているムフレスに、ラーニャとカミルが堪らず笑い出したとき、侍従のひとりが足を引きずりながら三人のところへやって来た。

 階段上で弾き飛ばされたフットマンのイルファンである。


「お話し中、申し訳ありません。実は敵がひとり、お嬢様のお部屋へ向かったまま出てきていないのです」






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[良い点] まさかの禁呪www ラーニャたんwww
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