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ラーニャ・バスリーは忘れることを知らない。  作者: 伊賀海栗


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第21話 最初の犠牲者


 カミルが護衛のひとりに待機するように言って扉へと向かう。ラーニャが追おうと一歩踏み出したものの、護衛に腕を掴まれて阻まれる。


「ど、どこ行くんですか」


「伯爵を迎えに? あと、侵入者をどうにかしに」


「そんな、殿下に何かあったら――」


「えー? 俺を誰だと思ってるかなー。悪い奴の制圧なら任せなよ」


 ラーニャは腕を掴む護衛の手を剥がした。


「私も行きます」


「言うと思った。止めても無駄なんだろ、行こう」


 カミルはいつもとは違って左手を差し出す。右手には剣を握っているのだと思い出して、ラーニャは唇を引き結んだ。


 ふたりの前後を護衛が警戒して部屋を出る。危機を報せに来たと思われるフットマンが廊下の端から駆けて来るのが見えた。

 ラーニャが出かけるときには必ず供回りをし、馬車の乗り降りでは屋敷の従者の中で最も丁寧に支えてくれる人物だ。確か名をイルファンと言ったか。


「お嬢さ――」


 その彼が、右から左へと横に飛んだ。

 まるで何かに薙ぎ払われたかのように、または突風に吹き飛ばされたかのように。

 ガラガラガシャンと大きな音がしたのは、壁にかけた絵画などの美術品が壊れたのであろう。壁際に投げ出された足が見える。


「イルファン!」


 駆けだそうとしたラーニャの手をカミルが強く握った。前方に立つ護衛もまた、ラーニャの目の前へ移動してその進行を妨げる。


「静かに。相手は魔導士だ。距離がある状態で視認されると厳しい」


 イルファンのいた位置はエントランスホールへ降りる階段に近く、吹き抜けとなっている。つまり敵はいまホールにいて、こちらへと向かっている可能性が高い。

 カミルが顎で前方を指し示すと、護衛がひとり警戒しながらイルファンのほうへと向かった。


 まるで心臓が耳に移動したかのようにドクドクとうるさい。


「いいか、イルナントカはいったんあのままにしておく。彼を助けたければ今は構うなよ。敵を一掃するほうが結果的に早く助けられる」


 カミルが前方を睨んだまま言う。ラーニャは頷いてカミルの手を握り返した。

 先行した護衛は階段の辺りに差し掛かったところで走り出した。手すりを乗り越えて吹き抜けを落下する。


「え」


「大丈夫だ。あいつが魔導士を相手にしている間に、伯爵のほうへ行こう。伯爵の部屋はどこに?」


「ここを真っすぐ……突き当りの部屋がそうです。でも今は図書室かも」


「だね、護衛ふたりに加えてさらにひとり向かわせたのに、部屋から出た様子がないのはおかしい。つまりあの部屋にはいない。ラーニャ、耳を澄ませて。戦ってる音は聞こえる?」


 カミルに言われ、黒のレースの奥の瞳を閉じる。屋敷のことなら音だけでほとんどのことがわかる。特に剣を交えたり物が壊れるような大きな音がすれば、ラーニャにわからないはずがない。


 最も大きな音はすぐそばの階段下からだが、他にも二か所で異様な音がしていた。


「大サロン……多分テラスの辺りと、あと食堂から」


「なるほど。テラスは巡回警備の部下だね、最初にふたり見回りに出したうちのひとりだ。新たな侵入を食い止めてるんだろう。だとすると、もう今頃は疲労が限界かもね……」


 カミルが背後にいた騎士へ目配せをするなり、騎士は何も言わずその場を離れた。


「彼はどこに?」


「テラスに応援だね」


「え、殿下の守りは?」


「自分のことは自分で守る」


「私は」


「盾になってくれるんだろ」


「そうでした」


 そういえばそんなことも言いましたねとラーニャが目をぱちくりさせると、カミルはプハっと笑いながら歩き出す。

 ラーニャは腕を引かれるようにしてついて行った。


「食堂は後から伯爵のところへ向かわせた部下が敵を見つけて応戦してるのか、または伯爵の逃亡経路が食堂だったか判断がつかない。俺たちもまずは食堂を目指そう」


 屋敷の造りから言えば、図書室からラーニャの部屋を目指すのに食堂は通らない。しかし敵を回避しながら移動することを考えれば、あり得ないとは言えないだろう。


 イルファンのそばを通り過ぎる際、ラーニャは彼と目が合った。かなり苦しそうではあるが、まだちゃんと生きている。待っててと声を出さないまま口にすると、イルファンは小さく頷いた。


 階段の下では魔導士と騎士とが向かい合っている。騎士が優勢のようだ。相手の魔導士のローブから見えた腕には無数の魔紋が刻まれていた。が、右手には短い剣のようなものを持っている。

 魔導士なのに剣かと違和感が生じると同時に、ラーニャの脳内でいくつかの情報がパチリと嚙み合った。


「そこの騎士の人、その魔導士たぶん革命軍の生き残り!」


 七年ほど前、西側でクーデターを目論んだ組織があった。橙の星ダウワースによって制圧されたが、彼らは元々、西にそびえる山の民である。石や金属などの属性の魔術に秀で、魔導士であっても短剣を用いた接近戦の訓練を積んでいる。木々に紛れて敵が接近した場合に備えるのだ。

 騎士は何やら返事らしき声を発して、一気に魔導士との距離を詰めた。木々に紛れて戦う彼らの魔術は発動に時間がかかる。鍛えられた騎士ならば恐れず懐に飛び込むのが定石だ。


 ラーニャとカミルはその脇をすり抜けて食堂を目指す。


「よくわかったねぇ」


「ムフレスが使ってたのと同じ、鎖の魔紋を持ってました。ムフレスも元は革命軍なんでしょう?」


「あー。いや、あいつは……まぁその話はあとだ」


 足を速めたふたりの前方で騎士が倒れていた。遠目からも彼がすでに絶命していることがわかる。

 屋敷に溢れる耳障りな戦闘音の中で、ラーニャの耳はカミルの小さな舌打ちを聞き逃さなかった。





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[良い点] 異世界恋愛ながらバトルに緊迫感があるのも、うにさん作品のお約束!
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