第17話 王子の命令
どんよりと雲の厚い日。第一王子スハイブの葬儀が執り行われた。
体調がよほど思わしくないのか、国王は棺の中のスハイブの額にキスをするとすぐ会場を後にした。
直系王族の墓は王城から馬車で1時間ほどのところにあり、艶やかな漆黒の馬車に遺体を乗せて王都内をゆっくりと移動する。
弟であるカミルとその侍女のラーニャは、葬列に加わって墓へと向かった。
美しい彫刻と華やかな花に囲まれた墓地では、すでにスハイブのための大きな穴が用意されていた。参列者はそれを囲み、レクイエムを歌いながらひとりひとりが棺に土をかけていくのだ。
今日、ラーニャは目元を覆うレースの代わりにモーニングベールを被っている。参列者も多い場で、いつもより薄いレースはラーニャの眼球の動きを見られかねない。かと言って瞳を閉じてしまうには勿体ないほどの情報量であった。
その場にいる誰もが警戒している。誰が誰を守ろうとし、誰が誰から逃げようとしているのか、そんな心の動きが些細な仕草に表れている。
「右が第五、左が第六だ」
カミルが口元を寄せてそう囁いた。
墓穴の脇で代わる代わる土をかける若い男がふたり。髪や瞳の色に違いはあるものの姿かたちは驚くほど似ていた。双子である。
ラーニャは口を開きかけてやめた。誰かが近づく気配がある。
「今なら少しゆっくり話せそうだね。叔父上に挨拶でもどう?」
ザインだ。
カミルがそれに頷いて、三人は数年前まで現国王の側近として活躍した王弟の埋葬された墓へと向かう。
「ずいぶんと早く戻って来たね、あと最低でも三日は向こうにいるだろうと予測したけど」
ラーニャは俯き、目も伏せてカミルに手を引かれながら歩く。
カミルたちがアンヌフへ向かうよう仕組んだのは自分であると、ザインは隠す気もないようである。
それに対し、カミルも鷹揚に頷いて見せた。
「俺は勘がいいんで。つまり、今回の件もやっぱり兄上の筋書きですか」
「えー、一騎討ちのこと? それは違うよ、僕じゃない。でも、こうなるって知ってたからアンヌフに行かせたんだ。僕はカミルを守ったと言ってもいいくらいさ」
「俺が嵌められるのを阻止したってコトです?」
墓地は広いが、埋葬日の近い王弟の墓はそう遠くない。
王弟の名が刻まれた石の前で立ち止まり、ふたりの王子はそれを見下ろした。
「だよ。僕はねー、カミルはただそこにいてくれればよくて」
「突然の愛の告白っすね」
「まぁ、似たようなもん。だから王位争いの表舞台には引っ張り出したくないんだよねー」
ラーニャはひたすら気配を押し殺し、ふたりの会話に耳を澄ませる。
ここまでのザインの言葉をまとめれば、第五または第六王子が一騎討ちとなるようダウワースを誘導した。それを事前に察知していたザインが、カミルが巻き込まれないよう避難させていたということだ。
ザインは近くの花壇からガーベラを一輪手折り、墓に放り投げる。
「大聖堂でそこの仔猫ちゃんとお喋りしてたのは、ありがとうって言いたくて」
「ありがとう、でございますか」
突然自分の話題になって、ラーニャは思わず言葉を発した。
「そう。うちの侍女のやらかしを暴いて、カミルを守ってくれたじゃん」
「あれが、ありがとうですか。でも彼女は――」
「うん、死んだ。あの子は僕が王位につくのにダウワースが邪魔だと思ったみたいだね。舐められたモンだよ、ダウワースなんて目じゃないのに」
橙の兄なら、軟弱な僕でも倒せそうと言った、大聖堂での彼の言葉を思い出す。
彼は恐ろしい人だ。ラーニャは俯いたまま手を握った。
きっと今までもこれからも、少しの労力だけで求める結果を手繰り寄せてみせるのだろう。いまカミルの存在は彼にとって必要だから敵対していないだけで、目的までの過程においては自身の侍女でさえ駒のひとつでしかないのだ。
カミルがラーニャを隠すように一歩前へ出る。
「王位を目指しておいでか」
「その質問には答えかねる。けど、あの戦争バカが王位につくとどうなるかは、ちょっと考えたくないよねー」
「それ答えてるも同然っすね」
「とにかく。僕はカミルをどうこうしようとは思ってないけど、他がどう動くかは知らない。戦争バカにだって側近のひとりやふたりはいるんだから、勝手に動かないとも言い切れない。つまり注意しろってことさ」
ザインは手をひらひらと振って、第一王子の墓へと戻って行った。第一王子の侍女が大泣きしながら土を被せているところらしく、悲鳴にも似た泣き声が曇り空の下で響き渡っている。
「ラーニャ」
ぽとりと、暗いカミルの声が落ちる。
「はい」
「バスリーの屋敷に戻れ。伯爵や母上には俺から言っておくから。もう俺のそばにはいちゃダメだ」
「どうしてですか。私は、いえバスリーの力はきっとお役に」
カミルの手がモーニングベールの下のラーニャの頬に触れた。まるで猫のマズルをつんつんとつつくみたいに、指先を頬に軽くうずめて。
「あれはザインなりの忠告っしょ。俺だって自分を守るのに精一杯になるかもしれないし」
「私は盾にもなれますけど」
実際に盾になれるほど身体能力が高いわけではないし、なろうとも思わないが、帰れと言われてはいそうですかと言いたくない。ラーニャは少々天邪鬼な一面があった。
「仔猫ちゃんの陰に隠れる必要がない程度には、防御もできる。でも、君まで守れるほど強力な魔紋は彫ってないんだよね」
カミルが自身の右腕をそっと撫でた。恐らく、そこに防御魔法を発動するための魔紋を刻んでいるのだろう。
「魔術の心得もあるのですか」
「そ。俺こう見えてなんでもできる完璧男子だからね。魔導士になるほどの魔力は持ってないけど」
「なるほど器用貧乏」
「王子様に向かって言う言葉じゃないと思うよね、それ。というわけで、王子命令でラーニャには家に帰ってもらおうかな!」
確かに、伯爵である父の言葉より強制力がある。ラーニャは深く息を吐いた。




