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ラーニャ・バスリーは忘れることを知らない。  作者: 伊賀海栗


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第15話 ここにいる意味


 飛び込んで来たムフレスは息をひとつ大きく吸って吐いた。


「二時間前、橙の星が何者かによって魔法攻撃を受けたとのこと。魔力の残滓を追跡したところ、赤の星の配下にある魔導士団による犯行と発覚し」


「まさか」


 カミルが顔色を青くした。ラーニャも悲鳴をあげそうになって口を両手で抑える。


「はい、ご想像の通り橙の星から赤の星へ一騎打ちの申し入れが。現在は橙が優勢で大聖堂方面へと移動しているようです」


「一騎打ちか……。大聖堂だな。俺も行くからムフレスは供を。ラーニャはここにいて」


「え、でも」


「今回は『でも』はナシ」


 ラーニャが何か言うより早く、カミルはムフレスとともに花燭の間を出て行った。

 静かになった室内で、リーン妃の「一騎打ち……」という呟きがやけに大きく聞こえる。


 王位争いではあらゆる方法が認められている。話し合い、くじ引き、狩猟やゲームなどの競技、そして暗殺や一騎打ちのような殺し合いまで。と言っても、先日の第三王子ザインの侍女のように暗殺に失敗した場合は、その罪を命で贖う必要があるのでリスクも大きい。ザインが処されたという話は今のところラーニャの耳に入っていないため、恐らく侍女の独断による犯行だったのだろう。

 一騎打ちは王位を争う兄弟間で正々堂々優劣を決めるものだ。多くの場合は相手の死をもって勝敗が決するが、降参することも可能である。


「一騎打ちだなんて、橙らしい選択ね」


 リーン妃が泣きそうな顔で言った。それに対してラーニャは曖昧に頷く。


「ええ……。ですが腑に落ちない点もいくつか」


「あら、例えば?」


「第一王子である赤の星は魔術の才に秀で、王国の魔導士団を率いていらっしゃいます。恐らく魔導士として赤の星の右に出る者は多くないでしょう。だとすると、橙の星のお命を狙うのなら配下にさせるよりご自身で手を下す方が確実」


「部下が勝手にやったことにしたかった、または実際に部下が勝手にしたことなのではないかしら?」


「そうですね。ただその場合であっても、王国の魔導士団の術から残滓を辿れるほどの力を持つ魔導士が、赤の星の手駒の中にいるとは考え難いのです」


 リーン妃はカップへ伸ばした手を止めて、瞬きを数度繰り返す。


「それもそうね」


「そもそも赤の星は防御に徹するのが定石ですし、部下の独断専行は死刑さえあり得る蛮行です」


 継承権第一位の者が攻撃を受けたわけでもないのに下位の者を殺めると、下の者を束ねる力を持たぬと判断されてしまう。また、何もしなければ誰の血も流さずに王位継承が行われる可能性があるのに、無益な争いを起こしたとも言え、やはり王としての素質を疑われかねない。

 つまり独裁体制を築くのでない限り、赤の星は命を狙われて初めて武器を持つことが許されるのだ。


 落ち着きを取り戻したリーン妃が紅茶を一口喉に流し込み、ほぅと息をついた。


「では、橙の星の策略?」


「……どうでしょう?」


 ラーニャが首を傾げる。ふたりの目が合って、同時に笑いだした。

 お互いに言葉にこそしないものの、橙の星ダウワースはそのような策略とは無縁の人物であろうと通じ合ってしまったのだ。


 ふふふと笑いながらリーン妃が目尻を指で拭う。


「ルティ……ルトフィーユはとても強く賢い子だけれど、人間の心は綺麗じゃないのだということを知らないの、わかるでしょう?」


「はい」


「継承権の放棄をさせてもらえなくてね、カミルには苦労をかけているわ」


「貴族ですか」


 リーン妃は何も答えなかったが、それは肯定を意味する。王位争いが激化した結果、幼い王子だけが残って傀儡政治へと発展することは、この国の歴史書においても度々記録されている。


「でも、陛下が貴女を寄こしてくれた。カミルもルティも、この国に必要な人間なのだと認めていただいた気がして、わたくしもうそれだけで……」


 後継ではない娘だから問題になっていないだけで、国王にのみ跪くバスリーが特定の王子に付くというのは異例の事態だ。

 膝の上に置かれたリーン妃の手に涙が落ちる。


 ハーレム制度から始まるこの国の歴史と制度では、こうした苛烈な王位争いが勃発するのも当然のこと。貴族も民も誰もそこに疑問を持つことはないし、非合法ではあるものの国の至る所で賭け事として成立しているほどだ。


 しかし子供たちが人として存在することを認めてほしいだけだと涙するリーン妃も、女神を描いて微笑むルトフィーユも、安住の地を見つけながらふたりを守るため王都に縛られるカミルも、ただの被害者ではないか。ラーニャの腹にぐつぐつと熱いものが溜まる。


 この部屋へ入って来たときのまま、扉のそばで立ち尽くしていたラーニャは片足の爪先を扉へ向けた。


「あの、私……行ってきます!」


「えっ、ラーニャ、どこへ」


「大聖堂へ!」


 形ばかりの礼さえほとんどせずに花燭の間を飛び出した。

 バスリーの屋敷の中でのうのうと暮らしていたラーニャは、カミルの力になるにはまだ知らないことが多すぎる。


 他の王子だって、まともに会ったことがあるのは第二王子のダウワースと第三王子のザインだけなのだ。一騎打ちの結果がどうなるのか、赤と橙のふたりが一騎打ちを始めるよう導いたのが誰なのか、ラーニャは知らなければならない。


 恐らくラーニャはカミルを守るためここにいるのだろう。カミルに守られるためではなく。そう考えたら、居ても立っても居られなくなったのだ。






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― 新着の感想 ―
[一言] この陰謀渦巻いている感じ、うにさん作品を読んでるって実感するなあ( ˘ω˘ )
[良い点] ひゅー♩ ラーニャちゃんが本気になった! カッコイイぜ!
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