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ラーニャ・バスリーは忘れることを知らない。  作者: 伊賀海栗


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第14話 天使と天使


 なぜ取って返すように王都へ戻らねばならなかったのか。それは道中でカミルが説明してくれた。


 他の王子たちはカミルの存在を脅威とみなしているらしい。長年優劣のつかなかった隣国を圧倒する武を持ちながら、王位についての立場や方針を明らかにはしないカミル。

 正妃の子らは誰もが次の王にふさわしいのが誰であるか――それはもちろん自分も含めてだが――明確にしている中で、側妃の子ふたりはその話題に触れようともしない。誰にとっても敵か味方わからない不気味な存在なのだ。


 カミルは馬車の窓から外を眺めながら続ける。ムフレスは御者席で警戒する任務らしい。夜間も多少無理して先を急ぐとのことで、彼は道を照らす役目もあるのだろう。


「俺が王都を空けるように仕組んだってことは、その間に母上か弟か……もしかしたら両方に何かするかもしれないってこと」


「なんでですか」


「継承権争いに引っ張り出すため。敵陣営を攻撃する方向に誘導できるのが最良だけど、まー場を引っ掻きまわしたら上々、そうじゃなくても駒として使いやすくなるだろ」


「駒? 眠れる獅子をわざわざ起こしてまでどんな役目を……あ」


 せっかく静観しているのだから、放っておけばいいのに。

 だが静観しているからこそ使いづらいのも確かか、とラーニャは腕を組む。兄弟間の争いに積極的であるほうが、スケープゴートにもしやすいはずだ。


「わかった? 眠れる獅子なんてのは不確定要素にしかなんねぇだろ。継承権を放棄するわけでもなし、最後に美味しいトコだけかっさらうかもしれないんだからさ」


「王位争いではなく復讐が目的であっても、先に争いの場に引きずり出しておくほうが策を練りやすいってことですね」


 カミルが継承権を放棄しないのは弟のために違いない。カミルがいる限り、弟は継承権争いから一歩離れていられるのだから。

 第七王子であるカミルの弟は、実はラーニャの記憶にもほとんど情報がない。彼は表舞台にまるで姿を現さないのだ。側妃の子がふたりそろって継承権を放棄すれば、このような争いから身を引けるだろうに一体なぜ……。


 思案にくれるラーニャの耳を心地よいカミルの声が打つ。


「一応、休憩も宿も適宜とっていくつもりではあるけど、往路より厳しい旅になる。俺の前だからって気にしなくていいから楽にしてて」


「ありがとうございます」


 微かに微笑んだカミルだが、しかし表情の硬さを隠しきれていない。ラーニャは思わず対面に座る彼の手をとった。その拳は強く握り締められていて、ほどかせた手のひらは赤くなっていた。


「妃殿下も紫の星もきっとご無事です。今はそう信じて、カミル様も力を抜いてください」


「え? あ、ああ。そうだね、ありがとう」


 今度こそ柔らかく笑って、カミルは身体を休めるように目を閉じる。

 ラーニャにとって、実際に出会う前のカミルは戦いの場で活躍こそすれ女好きのちゃらんぽらんな王子だという印象だった。だが今はどうか。人間性などわからないが、それでもこの顔が悲しみに染まらなければいいと、そう思ってラーニャは窓の外へと視線を移す。


 カミルの言う通り、十日ほどかかった往路と比べて1日と少しだけ早く王都へ到着した。


 直前に立ち寄ったリーン妃の実家である伯爵家で、これといった情報は得られなかった。つまりリーン妃も第七王子も無事である可能性が高いということだ。

 アンヌフを出発したときよりは幾分か弛緩した空気で王城の門をくぐると、その異様な気配にカミルとラーニャは再び身体を固くした。


「警備兵の数が多いですね……」


「厳戒態勢だね。でも王都の様子はいつもと変わりがなかったし、どういうことだろうな」


 リーン妃はラーニャがカミルの侍女となった日に話をした花燭の間にいるらしい。カミルは馬車を降りるなりラーニャを連れて、真っ直ぐリーン妃の元を目指した。ムフレスもまた彼の武器であるカードを片手に後を追う。


 城内も、身を縮める侍従をよそに鎧を装着した兵士が慌ただしく行き来していた。自然、一行の足は速くなる。


 ノックもそこそこに花燭の間へ入ると、そこにはリーン妃と共に若い男がいた。ラーニャとそう変わらない年齢のように見えるが、しかしその横顔はどこかあどけない。


 ムフレスはいったん部屋を出て情報収集へ向かい、カミルは口元に安堵を浮かべて部屋の中ほどへと歩を進めた。


「母上、ルトフィーユ、無事でしたか」


「ええ。あなた方もよく戻って来てくれたわね。でも予定よりずいぶん早いのではなくて? 十日ほど滞在するはずだったでしょう」


「ラーニャの機転で用事はすぐ済みました。それで、状況は」


 母子が話をする脇で、ラーニャは黒のレース越しにルトフィーユを観察した。赤い髪は国王譲り、くすんだピンク(オールドローズ)の瞳はリーン妃にそっくりだ。彼の手や頬は黒く染まり、目の前のキャンバスに木炭で絵を描いている。


 手を止めたルトフィーユが突然振り返った。ラーニャの姿を見て、花がほころぶように笑う。


「こんにちは、天使さま。天使さまは兄上に祝福をくれる方だって母上から聞きました」


「て、天使……でございますか?」


「はい。兄上を導いてくださってありがとうございます。あ。今度、天使さまを描いてもいいですか」


 ルトフィーユの目の前にあるキャンバスには花園と、女神と思われる美しい女性像が描かれている。

 絵に浮かぶ神聖さ、穢れを知らぬ瞳、年の割に幼い笑顔。ラーニャは彼の意識が自分たちとは違う次元にあるのだろうと考えた。彼は、いや彼の瞳に移る世界はいつだって、神と共にある。彼こそが天使であるかのように。


「是非、描いてやってくれ。うんと綺麗にな」


 カミルがそう答えると、ルトフィーユは満面の笑みで頷いた。


 と、そこへムフレスが血相を変えて飛び込んで来た。全員の視線がムフレスへと集まる。


 



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― 新着の感想 ―
[良い点] >しかし表情の硬さを隠しきれていない。 今朝はアレの硬さも読者に隠しきれていなかったな……。
[一言] おま天( ˘ω˘ )
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