幸せなお前が
違うサイトにもあげてたのをちょっとだけ変えたけどほぼ同じの
誰もが羨む完璧な淑女、それがマリィ・カーディナリスの二つ名だった。
王太子の婚約者でもあったマリィはとても美しい女性だった。
それは容姿だけを表している言葉ではない。
気品溢れる所作に、率先して孤児院や病院を慰問するという慈悲深い姿。それら全てを指して、美しいと誰もが称賛した。
いつも身に纏っている、厳格なまでに肌を隠したドレスが、その高潔さを後押しした。
次期王妃として全国民への知名度も人気も凄まじかった。
だから、広まったニュースは国土全体を揺るがすほどの衝撃だった。
曰く、将来夫となる王太子を殺しかけた、と。
王太子が回復した後、公開裁判が催された。
マリィは次期王を殺害しようとしたら罪人であり重い処罰は避けられなかったが、今までの功績が、彼女の言い分を聞こうというこの舞台を作ったのだった。
被告側の席に現れたマリィは、まるで己に瑕疵は欠片もないのだというように堂々としていて、このような場ではあるもののその美しさにため息を漏らす者もいた。
「何故このようなことをした?」
王太子がなじると彼女は言った。
「それは、私が王太子妃になるためだけに存在していたからでございます」
そういうと、羽織っていたケープを脱いだ。途端にあちこちから悲鳴が上がる。
ベアトップのドレスから現れたのは、玉のように滑らかな白い肌、では無かった。
剥き出しになった肩から背中は元の肌色がわからないほどに茶色や紫色に変色していた。そして引き攣れた傷痕で凹凸が出来ていて、見れたものでは無かった。骨格も酷く歪んでいる。
誰がどう見ても、ここ数日でつけられたものではなく長年蓄積された結果であると確信し得るものだった。
彼女は微笑みを絶やさず、優しい声色のまま、淡々と口を開いた。
「私が妃教育で初めに受けたのは、どんな仕打ちを受けても笑顔を絶やさぬようにと棍棒で顔以外を殴打される事でした。
骨が折れたことも、血を吐いたことも一度や二度ではありませんでした。
自国の文化や歴史を学び、それだけでは無く十カ国以上の言葉を、歴史を、文化を、マナーを幾度も鞭打たれ水をかけられながら必死に覚えました。文字通り死にかけながら。
そうやって私の幼少期は使い潰されました。
その時、王太子殿下。お前は何をしておいででしたか?
呑気に従僕と騎士ごっこに精を出しておいででしたね。
敵と称し私を木刀で殴ったことをまさかお忘れではないでしょう。
私は、もちろん覚えております。殴られた日にち、回数、箇所、その前後の言動全てです。日記にも認めております。
閑話休題。私の生涯の全ては無能なお前のためにありました。
それなのに、好きな女ができたから解消してくれと仰りました。
つまり、私の命の価値はいつ失せるかもわからぬ"真実の愛"よりも無価値であると。
軽々しくそんなことを宣う、幸せなお前が許せなかった」
マリィ・カーディナリスは死んだ。
そもそも、幼少期からの教育で命は長くなかったらしい。
王太子だった男は、すぐさま王家から除籍された。
王太子だった男に罪をなすりつけ、トカゲの尻尾のように、膿んだ傷口のように、切り捨てた。
そうして王家は、自分たちの身を守ったつもりだった。
けれど、民の信頼は戻ることなく、国は革命が起こり王家は皆処刑された。
誰かは「因果応報だったんだ」と嗤った。