羨望
同じ内容で書きたいことが二つあったのだけど、物語として動機と矛盾した方を置きました。
"お前と双璧の俺で良い"そう思えたなら良かったのに。
俺は認められたかった。
俺はお前を超えられるのだと、他でもないお前に証明したかった。
そして、俺自身に俺の価値を認めさせたかった。
結局虚ろのままだったが。
外に評価を求めるなら当たり前の話だ。
比較しなければ価値を認められないなら、それは何も無いことと等しいのだから。
それに気づいたのは、お前の剣に心臓を貫かれた後だった。
俺たちは親類を魔王の配下に殺された、孤児だった。
同じ孤児院に居合わせただけだった。他にも同じ境遇で同い年の奴らが居る中で、なんとなく波長が合った。
遊ぶ時は勿論、飯の時も、寝る時も、いつも一緒だった。
血が繋がっているわけでは無かったが、俺は兄弟みたいに思っていた。
ある時、俺たちが外に遊びに出ていた隙に、孤児院が魔王の配下に襲撃された。
生き残ったのは、俺とお前だけだった。
俺たちを独りにした、魔王共が赦せなかった。優しい修道士や仲間を責め苛んで殺した、魔王共が赦せなかった。だから魔王を殺すと、二人で誓った。
魔王共は一晩で千里を焼き尽くすそうだ。だから魔王を殺すことを、みな諦めていた。夢物語だと。
それでも、貴族も聖職者も平民も奴隷も、誰も彼もが、魔王を殺す"救世主"を求めていた。
そして俺たちは『魔王を殺す"救世主"』に成りたかった。
大言壮語を宣う奴は、総じて狂っていた。
ならば俺たちだって気狂いに成らなくてはいけなかった。
俺たちは一緒に気狂いになった。武器を持って、魔王の配下を殺した。何十、何百と殺した。
何千か殺した頃には、同じ気狂いの仲間が集まっていた。
いつのまにか、『勇者一行』だなんて呼ばれていた。
"勇者"と呼ばれたのはお前だった。理由は判っている。お前の方が愛想と見目が良い。
最初は確かに、俺は誇らしかったはずだ。みんなお前を慕って、魔王を倒せるかもしれないと希望を見つけたのだから。
いつからだったか。
愛想が良いお前は仲間に囲まれて、無愛想な俺は独りだったからか。
見目の良いお前は好意的に見られていて、平凡な俺には陰口が聞こえていて。
俺は、お前と自身を比べるようになった。
お前の方が一匹多く殺した。
俺の方が多く食料を獲った。
くだらない。思い返せば、そう言い切れるほど、始まりはくだらないことだった。
けれどいつしか俺は、お前が憎くなった。
毎日顔を合わせる度に、お前が俺に笑いかける度に、誰かに称賛される度に。
怒りに似たものが腹の中でじりじりと焼け爛れ、喉まで迫り上がってくる。
怨嗟の言葉を都度飲み込んでは、頭が、目が、どろどろに溶け落ちてしまいそうだった。
この怨みを腹に飼ったままでは、いずれ死ぬ他ないと。この怨みを棄てるには。成すには、お前を殺すしか無い。そうとしか考えられなかった。
だから、お前を殺すために、魔王の配下に成り下がった。
お前を殺すことが、魔王を滅ぼすよりも、俺にとって必然で、生きている理由になっていた。
魔王の下では、強い者こそが正義だった。強ささえあれば、なんだって許された。
だから『勇者一行』の一人でいた時よりも、随分と楽しかった。
『勇者一行』のことを口にする奴は、どこの誰だろうと殺した。『勇者一行』だった頃の知り合いだろうと、魔王の側近だろうと。
少なくとも、殺した命の数は俺の方が多くなっただろう。
もうそれしか、お前に勝てるものが無かった。
そして、別れて何年経ったか、お前が俺の前に現れた。あの頃よりも成長していた。
より多くの仲間を引き連れて。より身綺麗になって、より質の良い装備を携えて。
「随分と立派になったじゃないか」
皮肉だったのか、純粋な感想だったのかわからないが、思わずそう零した。
対して俺は、昔の装備のままだった。修理はしていたが、素人の俺が見様見真似で直したものだ。きっととても見窄らしかったろう。亡霊のように過去に縋っている様は無様だったろう。
「……ずっと、探してたんだ」
久しぶりに聞いた声は、感情が抜け落ちた、掠れた声だった。
「それがこんな、なんて酷い」
久しぶりに合った目は、憎悪に満ちていた。
お前も、どうやら俺を殺したかったらしい。
別れた年数相応に、お前は更に強くなっていた。
……俺はどうだったろうか。
強くなっていただろうか。お前と違って、背は伸びなかった。力もあまり付かなかった。
心臓を砕かれて、首と胴が分かれたから、聞くことはもうできないが。
なぁ、俺を殺した後お前は、魔王を殺せたのか。
俺たちの仇は取れたのか。
お前は満足したのか。
幸せを得られたのか。
もし不幸になっていたなら、俺の生に意味はあったのだろうな。
一応明記しておきますが発想元は鬼が出る話とか呪いの話じゃなくて麒麟が出る話です。




