聖女は愛される存在である、と教典には書いてあった。
名前を似せたのはわざとです。
秋の終わりの頃。冷たい風が吹き始めた、十三歳の誕生日。辺境地の平民だったアリアは天啓を受けて『聖女』となった。
春になったら迎えに来ますと、神官は足早に王都へ帰って行った。
辺境地から王都まで、二月以上掛かる道のりだった。寒くなれば、雪で動けなくなるから。
王にこの喜ばしい知らせを一刻も早く届けたいから、と。
『聖女は愛される存在である』。それは、この国の民なら皆知っている言い伝えだった。
アリアの暮らしている村の皆も、もちろん知っていた。
そしてもう一つ、皆が知っている言い伝えがあった。『聖女が双子で生まれた場合、選ばれなかった方は一年以内に死ぬ』。
アリアは、双子だった。妹はマリア。アリアとマリアは、容姿以外、正反対だった。
アリアは内向的で、マリアは外向的。
家の中ならアリアは本を読み、マリアは家族とおしゃべりする。
外に出たなら、アリアは花に水をやり、マリアは友人と鬼ごっこをするなどした。
だから、アリアが聖女だと知らせを受けて、皆悲しんだ。
マリアが一年以内に死ぬと、皆そう思ったから。
それまで皆、アリアのことは嫌いではなかった。見目はマリアと同じで可愛らしいし、控えめだが優しく親切な子だったから。
アリアは『聖女』であることを祝ってもらえなかった。その日を境に、皆アリアに冷たくなった。
食事の量が減らされた訳でも、寒くなったからと薪を与えなかった訳でもない。以前と同じ。
ただ、同じ部屋にいると間違えてしまうからと、アリアの部屋に篭るように言われただけ。
ただ、皆がマリアを優先しただけ。
ただ、アリアではなくマリアを選んだだけ。
『アリアはどうせ誰かに愛されるのだから』
『マリアは一年以内に死んでしまうのだから』
皆口々にそう言って、マリアの側に集まった。
マリアは、村の皆や家族から別れを惜しむように愛を与えられた。
アリアはその様子を、独りで、陰から見ていた。
ある晩冬の朝のことだった。春の姿が見え始めた頃だった。
暖かい日も多くあったのに、その日はひどく吹雪く日だった。
居間の大きな暖炉で火を焚いても、歯の根が鳴るほど寒い日だった。あまりにも寒くて、寒くて。
「そういえば、アリアは?」
ふと気づいて、マリアはつぶやいた。あまりにも寒いので、さすがに部屋で一人は寒いだろうと思ったからだ。
マリアはアリアの部屋を訪ねた。まるで、火を焚いていないように寒い部屋だった。
いや、火は焚かれていなかった。暖炉には、灰の山しかなかった。ずっと前からそうだったように灰は硬くなっていて、少し埃が被っていた。
「アリア?」
寒さに震えながら、マリアは寝台に近づいた。
寝台に居たアリアは青白い顔で、虚ろに薄目を開けたまま、二度と動かなくなっていた。
春になり、神官が戻った。
「ああ、やはりそうなりましたか」
残念そうに、そう溢した。
「『聖女』は、愛が無いと生きられないのです。愛されなければ、一年以内に死んでしまう。だから愛される存在でなければならないのです」
「同じ姿なのに、自分の方が愛されているのに、神があなたを『聖女』に選ばなかった理由が知りたいのですか?」
「今のご自身を見ればわかるでしょう?」
「アリア様と似ているからと、成りすまし、私を騙そうとする浅ましさ。それだけで十分な理由でしょう」
そう告げて、神官は去った。




