第五十三話 毘沙門天
夜間の国防軍技術研究本部の研究室で、第十世代型の機体。白いMSAが鎮座していた。
その肩には毘の文字が……。
「わしは満足だ! 素晴らしい機体が出来上がったぞ!」
白衣を着た初老の太った男性――何処となく狸を思わせる風貌の男性が歓喜の声を上げる。l
その男の名は険道太蔵。約二十年前まで天才の名を欲しいままにした男だった。
だが、ここ二十年――天才の名は天聖美火得が欲しいままにしていたのだ。
しかし、太蔵は機が熟すのをひたすら待っていた。そして確信したのだ。この機体が再び自分を天才だと押し上げてくれるのを……。
「これこそ、現在で最強の機体! あの女狐の機体とは訳が違う!」
両手を広げ、高らかに太蔵は宣言する。
しかし、つい先週月基地から帰って来た息子の――同じ白衣を着たイタチを思わせる青年――光三は、己の父である太蔵に疑問を投げ掛ける。
「でも、どれだけ高性能な機体を創っても、それを扱える操縦者がいないと。親父」
「わかっとる! 光三! だから伝手を頼って、操縦者を探しているじゃないか!」
そこで光三はテーブルにある書類を手に取る。
「だから、この娘を操縦者にすればいいんじゃないか? 親父」
その書類には、不機嫌そうな表情をした少女の顔写真が、クリップに挟んでいた。
「馬鹿を言うな! 光三! この『毘沙門天』は小娘が扱える機体ではない! それにあの女狐が紹介してきたというのも好かん!」
「でも、この娘。契約している『堕天使』の階級は熾天使で、あのアシュタロスみたいだぞ? その上、天理神明流の使い手みたいだけど……」
それを聞いた太蔵は光三の所までやって来て、書類を引っ手繰った。
「ほんまだ。あの女狐の紹介と聞いて、書類も見ていなかったが、あの天理神明流の使い手なら、『毘沙門天』の性能を活かし切れるかも……」
天理神明流は現在――日本最強の武術として名高い。
実は太蔵もこの静江という少女の名は知っている。
中学の部で、全国無差別級武術大会女子の部で三連覇した剣術家として。
書類には射撃適性が低いとされているが、それは『毘沙門天』が持つ、自動ロックオンシステムがあるから問題ない。
問題なのは近接戦闘技術と『毘沙門天』の持つ殺人的なスピードに耐えられる肉体である。
「う~ん…………」
太蔵は思考する。
(近接戦は問題なさそうだが、肉体がな~)
「今の処、『毘沙門天』の操縦者候補に、この娘以外大した操縦車はいないんだろ? この天理静江って娘にしたら? 例のシステムにもたえれそうだし」
息子の光三がもう一押しする。
「そうだな~。仕方が無い。そうするか~」
太蔵は光三に説得されて、仕方なく静江に決めたのだった。
***
俺達は寮に帰って食堂で食べていた。
今日の晩飯はステーキである。
この肉汁が、甘いソースと合わさって何とも旨い。たまらん。
「やっぱ、このステーキは旨い!」
俺が思わず声を上げると、何処からか出したのか――ファラエルがバスケットを出す。
ひい!
俺は声にならない悲鳴を心の中で出す。
こ、このパターンは……⁉
「ステーキだけじゃあ前に物足りないって言っていたでしょ? だから、サンドイッチを作ってきたの♪」
やっぱり、ファラエルはサンドイッチを作って来ていた。
だが、其処に静江が、
「ユッキー。私のも食べてくれ」
鶏の唐揚げをパックから出して来た。
更にリーナもハンバーグを出す。
「ユッキー。食べても良いわ」
更に更に、さっちゃんも、
「うちもはこれや!」
鯛の刺身をテーブルに置く。
それを見たヴェロニカは、悔しそうに唇を噛む。
恐らく彼女は用意をしていなかったのだろう。
それと対照的に俺は、ある考えが閃く。
これは一人では食べられないから……皆で食おう! そうすればダメージは少ない筈!
俺は良い考えだ。早速俺は実行に移す。
「これは俺一人では食べれないや。全員で食べ合いっこしようぜ?」
この言葉を聞きつけた――何の関係もない宗谷が、サンドイッチに手を出した。
「じゃあ、頂くぜ?」
そう言って宗谷は、サンドイッチを咀嚼する。
するとどうか――表情を紫色に変えて、ぶっ倒れた。
「お、おい! 宗谷⁉」
俺はすぐさま脈を測る。不整脈だ。
「きゅ、救急車を呼べ! 脈が不規則になっている!」
静江が携帯電話ですぐさま救急車を呼ぶ。
「心臓は⁉」
俺が宗谷の胸に手を当てると、柔らかい胸板に生暖かい体温がするだけ。宗谷の心臓は動いていない。
こいつは大嫌いな奴だがそんな奴でも死んでは目覚めが悪い。
俺はすぐさま心臓マッサージをする。
二十秒ぐらいだろうか――心臓マッサージをしていると、
「ごほっ! ごほっ!」
宗谷が食べた物を吐いて目を覚ました。だが起き上がろうにも起き上がれないでいる。
宗谷の近くにいた俺には、すいい臭いがした。
「う……爺ちゃんは?」
宗谷は周囲を見回す様に、去年亡くなった彼の祖父を捜していた。
り、臨死体験するほど、不味かったのか⁉
俺は心底恐怖した。
彼女の手作りは、不味さがパワーアップしていたのだ……。
其処に静江が、
「ファラエル! 一体、何をサンドイッチに入れた!」
怒ったように彼女に問う。
「え? アサフェイダとキャロライナ・リーパのパウダーをいれてみたのだけど……」
悪魔の糞と世界一辛い香辛料を混ぜたのか……道理で死ぬほど不味かった筈である。
静江、リーナ、さっちゃん、ヴェロニカの四人は天を仰ぎ、ファラエルに向き直った。
「「「「彼を殺す気なの⁉」」」」
そして一斉にファラエルを非難する。
ファラエルは涙目になりながらも、
「で、でも、雪菜が美味しいって……」
すると今度は、非難していた女性陣――いや、その場の男性陣までもが俺に非難の視線を向ける。
もう視線だけで人が殺せるんじゃないかってレベルの殺意を感じた。
まず、静江が言う。
「ユッキー。それは本当なのか⁉」
更に、リーナの非難の目を更に向けた。
「ユッキー。それは優しさじゃないわ」
更に更に、さっちゃんが発言する。
「せやな。ここはバシっとユッキーに言って貰わなあかんね?」
俺はごくりと唾を飲み込む。
「な、何を?」
止めはヴェロニカだった。
「彼女の料理が不味いって事をよ!」
この言葉に女性陣はファラエル以外全員が頷く。
その反面、男性陣はファラエルに同情的な視線を向けていた。が、声には出さないでいた。女性陣を敵に回すからだ。
「雪菜……不味かったの?」
恐る恐る言うファラエル。まるで震えている子猫のようだ。
俺はどうすればいい?
俺は周囲を見渡す。女性陣は「いえ!」の表情。男性陣の場合は顔を反らされる始末。
俺は追い詰められた事を知る。
「………………御免。本当は…………その……不味かった」
死ぬほどは流石に言えず、若干言葉を濁し、ファラエルに言ってしまった。
「うっ…………!」
ファラエルは傷付いたのか、涙を流しながら食堂を去っていく。
「ファラエル!」
俺がファラエルを追おうとすると、静江、リーナ、さっちゃん、ヴェロニカが立ち塞がる。
「待ちなさい! ユッキー!」
「リーナ! 其処を退け!」
「駄目だぞ! ユッキー! ここは退けん!」
「何故だ! 静江!」
俺が非難の声尾を上げると、さっちゃんが、
「傷付いているからに決まっているやないか! ユッキー!」
当たり前の事を言う。
「お前らが言えと言ったんじゃないか⁉」
此方も事実を言うと、ヴェロニカが、
「ここはワタクシ達に任せなさい」
俺を説得する様に手を肩に置く。
そして四人はファラエルが去った方角に消えてしまった。