第三話 天使襲来
一五三〇時。月基地は多数の天使反応を捕らえて10まである艦隊の内、第1~第9艦隊を発進させ、月基地から一〇〇キロ前方に離れた所へ防衛線を張っている。
その艦隊の旗艦――形は横から見ればほぼ長方形で、主砲であるビーム砲が三門に副砲である電磁投射砲が側面の双方に一門ずつ。陽電子砲が一門と後方にミサイル発射管を完備した、セラフィム級宇宙戦艦『舞鶴』の艦橋は大忙しだった。
まず、天使の数が思っていたより多い上に、熾天使級が混じっていたのだ。また、進軍速度が今まで以上に速かったので、防衛線構築に苦労していた。
その為、防衛線構築するのに手間取っていたという訳だ。
「判明している天使の数、およそ十五万! 猶も増大中!」
索敵班の男性オペレーターの声に、艦橋はざわつく。
「全艦砲撃開始!」
中肉中背で髭が似合う渋い顔をした高級将校用の白い軍服を着た中年男性――この旗艦の艦長でもある名瀬光男大佐は白髪混じりの髪とぱっちりとした目を帽子で隠し、己の髭をもてあそびながら艦砲射撃による攻撃の指示を出す。
ビーム砲等の主砲が放たれてから、雲霞の如く展開していたMSA部隊が、天使達に襲い掛かる。
ここでこの旗艦の主。長身で狼の様な鋭い目をした三十代後半の男性で、将官用の黒主体で赤い線が入った軍服を着込んだ長身の青年――天聖英雄がその鋭い瞳を更に鋭くし、大型モニターを凝視して気付く。
「おかしい……。敵の進軍速度が止まった」
副官でもある光男は事もなげに言う。
「我が軍が押しているだけなのでは?」
だが、天井の前方に配置されている大型モニターを見て英雄は訝しんだ。
「いや、前方には主天使級の集団もいる。これではまるで時間稼ぎをしている様な……」
英雄の言に、副官の光男も顎に手を当てる。
「迂回挟撃か包囲機動を狙っている……という事ですか?」
光男は感想を述べるが、英雄は首を振って否定。これは………………まさか……⁉ 佐藤少尉! 777部隊の指揮官を呼べ!」
通信オペレーターである小柄な二十代の女性士官――青い軍服に身を包んで、そばかすが頬にある佐藤春江少尉は「了解」と短く言って通信チャンネルを開く。
英雄は受話器を手に取る。
≪何だ? 元帥殿?≫
777部隊――アメリカ最精鋭部隊の指揮官であるベルゲン=ウェイスター少佐が画面に出た。
目が鋭く、厳つい顔をした中肉中背の金髪青年だ。『ペネトレイション』を身に纏っている。
「ウェイスター少佐。一個分艦隊を率いて、地球に向かって欲しい。貴官の上官であるウェルトー中将には我輩から言っておく」
≪おいおい。何故俺達が地球に向かわなければならない? 元帥殿?≫
「恐らくこれは敵の遅滞戦術――陽動だ。敵は警戒網を抜ける為に、大規模な侵攻をして来たと思われる。今回はそのお陰で、哨戒部隊をもかき集めているからな」
だがベルゲンは肩を下げて、
≪地球には守護艦隊が存在する。別にオレらが行かなくても、奴らが敵の侵攻を止めるだろうぜ?≫
地球に向かう事を渋る。
しかし英雄は冷静に、
「敵は恐らく精鋭である可能性が高い。その場合、地球軌道守護艦隊では勝てないだろう。何せ連中には実戦経験がない。だから貴官が適任なのだよ。分かったかね? ウェイスター少佐」
説得の為に駄目出しをする。
これにベルゲンは舌打ちし、
≪了解した。行って来てやるよ。元帥殿。だがな? ここの熾天使はどうするよ?≫
疑問を英雄に聞く。
「我輩が相対する。ウェイスター少佐。貴官は安心して行くがよい」
≪ははは……! 過去の英雄がご出陣とはな……⁉ これは笑える!≫
「貴様、黙っていれば、総司令に何だ! その態度は!」
今まで黙っていた光男が遂に怒りの声を上げるが、
≪ああ? 何様だ? ジャパニーズが? 殺すぞ? この船乗り風情が……!≫
ベルゲンの脅迫めいた言葉に、光男は鼻白む。
だが英雄は、
「囀るな。小僧。さっさと行け。それとも月艦隊のトップエースの名は伊達なのか?」
ベルゲンを嘲るような言葉を吐く。
ベルゲンはこれを受けて激怒する。
≪ロートル風情が言うじゃねえか……!≫
ここで通信が途切れ、ベルゲンの顔がスクリーンから消える。
そして英雄は春江の方を向き、
「至急、第二艦隊司令ウェルトー中将に通信を……」
彼女に指示を出すのだった。
一六五〇時。777部隊の母艦――主砲であるビーム砲が二門。後方にミサイル発射管が一つ。側面に電磁投射砲を一門ずつ装備したドミニオン級宇宙戦艦『ジョーズ』は二隻の――電磁投射砲が一門と後部ミサイル発射管を装備したプリンシパティウス級駆逐艦を二隻引き連れて、地球方面に向かっている。
その艦橋に、白主体の赤い線が入った軍服に身を包んだベルゲンはいた。
「ったく! これで天使がいなかったら、あいつを殺してやるぞ!」
あいつとは月艦隊総司令官――英雄の事だ。
(まあ、奴の仮説が分からないでもないが……)
ベルゲンがここまで来たのは、勿論英雄の仮説をある程度理解しているからである。
でなければ、ここまで来ない。
――艦橋に赤い軍服を着た美青年二人が入って敬礼をする。
「「ウェイスター少佐殿。自分達も同行させて貰います」」
赤毛の小柄で温厚そうな美青年はイノセンス=ディザスター。
金髪の小柄で精悍な顔立ちをした美青年はオーダート=ディザスター。
共に赤服組であり、階級は中尉。座天使と契約している者達だ。
この兄弟は火星撤退戦で生き残った猛者であり、ベルゲンが信頼する者達の中でも最も腕利きである。
この二人には月面艦隊の残りを命じた筈だが……。
「イノセンス。オーダート。何故貴様達がここにいる?」
「ウェルトー中将の命で、同行せよと言われたのです。ウェイスター少佐殿」
「どうか御許可を。ウェイスター少佐殿」
「…………仕方あるまい。許可をする」
上官に平気で突っかかるベルゲンだが、ウェルトー中将には頭が上がらない。何故なら拾って貰った恩があるからだ。
嘗てベルゲンは赤服組でありながら、居場所が無く戦場を転々としていた。それをウェルトー中将が777部隊の指揮官に抜擢してくれたのだ。
「前方に天使の反応です! これは……地球軌道守護艦隊と交戦中!」
オペレーターから聞いたベルゲンは、すぐさま行動を開始する。
「我が艦隊は後方から支援していろ! 絶対前に出るなよ? 死ぬぞ! 全部隊を発信させろ! 一個小隊は艦隊の護衛にまわせ! それと向こう側の司令部に通信して、此方の事を知らせておけ!」
ベルゲンの命令に艦長は、「了解」と答える。
「イノセンス! オーダート! 貴様達は付いて来い! ハッチへ急ぐぞ!」
「「待ってください! ウェイスター少佐殿!」」
ベルゲンに追いついた兄弟は彼と共に艦橋を出る。
「しかし、おかしいな……」
「何がですか? ウェイスター少佐殿」
ベルゲンの言に、彼に追いついたオーダートが質問した。
「何故、地球軌道守護艦隊は、援軍を求めなかった?」
ここで艦長から通信が来た。
≪ウェイスター少佐殿! 駄目です! 通信が向こうの司令部と繋がりません! どうやら通信障害が発生しているらしく……≫
「分かった。貴様は任務を全うしろ!」
≪は!≫
艦長からの通信を切ったベルゲンはありのまま二人に話す。
「どうやら、通信障害が発生しているらしい」
「ジャミング⁉ そんな馬鹿な! 妨害電波を出す新種の天使が現れたって事ですか⁉」
「信じられません!」
(確かにな……)
イノセンスとオーダートの言葉に、ベルゲンも心の中で同意して言う。
「とにかく発進だ! どうやらあまり悠長に構えている場合ではなさそうだ!」
「「は!」」
三人はハッチへと急いだ。