三十八話 非常事態発生
〇九二〇時。VIP席で美火得と光男。そしてもう一人――ロシア中央軍に所属する四十代男性で、黒色を基調とした赤い線が入った軍服を纏っている――フィアダール=スミルノフ上級大将が会話をしていた。他にも機動要塞から将官が何名か来ているが、誰もこの三名の会話に入る事が出来なかったのだ。
「素晴らしい機体ですわね? スミルノフ上級大将閣下」
「ミセス天聖。お褒めに預かり恐縮ですな。貴女の様な天才魔導技術者に褒められるとは……」
「ですが、天聖少将閣下の言う通り、素晴らしい機体ですな。機動性、攻撃能力、防御能力がずば抜けている。スミルノフ上級大将閣下。この機体は月基地に配備される予定なのですか?」
「ミスター名瀬。それは国家機密だ。教える事は出来ない。それにこの機体には欠点を抱えている」
欠点という言葉に、名瀬が反応した。
「と、いうと?」
光男に促され、フィアダールは言う。
「この機体は座天使以上の――上位三隊の『堕天使』と契約した者でなければ、実力を発揮出来ない。
この機体は重装甲(5)でなければ、実力を発揮出来ないからだ。故に上位三隊の『堕天使』でなければならないのだよ」
「つまり、エース級のMSA乗りでなければ、実力を発揮出来ないという訳ですか?」
「その通りだ。ミスター名瀬」
光男はフィアダールの言葉を受けて考える。
(この機体は魅力的だ。エース級しか扱えないのが欠点という事を差し引いても、欲しい……)
光男は食い入る様に模擬戦を見る。
(ここはスミルノフ上級大将閣下にお願いしてみるか? いや……)
光男は思い止まる。
(見返りを要求されかねない。それでは天聖元帥閣下に申し訳が立たない……)
光男がそう感じていると、
「そう言えば、ミセス天聖。我がロシア軍のMP隊だけで十分だと思うのだが、何故其方の訓練生を見張りに立たせているのだ?」
フィアダールが美火得に聞いてくる。
「天使側の工作員を警戒しての事ですわ。スミルノフ上級大将閣下」
美火得は小声で言う。
「だが、ミセス天聖。MP隊の五名はMSAを装備しているのだぞ?」
「用心の為ですわ。スミルノフ上級大将閣下」
美火得はにこりと笑った――その瞬間、爆発音が外から響く。
「「「何事だ⁉」」」
他の――起動要塞の将官達が騒ぎ出す。
そこに、
「静まれ!」
フィアダールが一喝。
「「「…………」」」
すると、起動要塞の将官達が静まり返る。
そこにロシア軍の将校がやって来た。
「大変です! スミルノフ上級大将閣下! 我がMP隊が全滅しました!」
「落ち着け。では、現在戦っているのは、この学園の訓練生なのか?」
「はい。スミルノフ上級大将閣下」
そこでフィアダールは一旦目を閉じてから瞳を開ける。
「なら問題はあるまい」
報告に来たロシア軍の将校は、
「は?」
間抜けな表情になる。
「此方の――ミセス天聖の計算通りのようだしな」
フィアダールの言葉に美火得は頷く。
「敵は一人の筈です。その二人なら大丈夫でしょう」
「いえ。敵は二人です」
ロシア軍将校の報告に、美火得は驚いた。
「潜伏していた工作員は、一人だけではなかったというの……⁉」
美火得は親指の爪を噛む。そんな時、フィアダールは彼女に問う。
「ミセス天聖。どうする? 中止にするか?」
「…………いえ。このまま続けましょう。どの道、我々は外に退避する事が出来ません。ならば、あの娘達を信じるしかないでしょう。一応彼女らに援軍を出します」
「援軍? 呉基地からですか?」
光男の問いに、美火得は首を横に振る。
「いいえ。呉基地の将兵は長い事戦っていません。連中の相手は厳しいでしょう。犠牲者が出るだけです。なら、妹と戦った経験のある彼女に任すのが最善でしょう。彼女も赤服ですし」
其処に、光男が代案を出す。
「それなら、この模擬戦を中止させて、外の敵を迎撃に廻すというのはどうですか? 天聖少将閣下」
「なるほど。それは盲点でしたわね。名瀬大佐。早速手配しましょう。スミルノフ上級大将閣下もそれで宜しいですか?」
「ううむ……。仕方ありませんな。それでいきましょう」
そこに起動要塞の将官達が、
『我々は反対だ! 外の工作員は岩国基地のアメリカ軍に任せればいい!』
反対の声を上げる。
だが、美火得は首を横に振る。
「いえ。その案は駄目です」
「何故だ!」
反対した将官の一人が声を荒げた。
「今やどの国も中央軍は戦いを知りません。それはアメリカ軍も同じです。ならば、アメリカ軍のエースであった故ウェイスター大佐を打ち破った妹達に任せるのがベストです」
「しかし……!」
起動要塞の将官達が言い掛けるが、
「自分達と観客の命と視察――どちらが大事ですか!」
美火得は畳み掛ける。
『分かった。貴女の判断に任せる……』
「聞いていましたね? 使主大尉。至急この模擬戦を中止してください」
美火得はインカムに向かって、そう言ったのだった。




