第二十一話 三馬鹿
翌日の朝――SHR前に、宗谷と久糊。そして焚間は学園長室に呼び出された。
学園長室には美火得と斎がいる。
まず、美火得が口を開く。
「何故、貴方達が呼び出されたか、分かりますか?」
「「「いえ。まったく」」」
((まさか、コンピューターウイルスの件がバレた?))(まさか、コンピューターウイルスの件がバレたっすか?)
三人は同じ事を考えながらもしらばっくれる。
だが斎が、三人に警告する。
「君達は『明星壱号機』にコンピューターウイルスを仕掛けたね? 君達のやり取りを聞いていた者がいたのだよ。言い逃れは出来ないと思いたまえ?」
(くそ! 盗み聞きしていた奴がいたのか……!)
心の中で悪態を吐く宗谷は、
「何の事だか分かりません。確かに『明星壱号機』を皆より早く見せて貰いましたが、コンピューターウイルス何て代物云々は知りませんね」
飽く迄嘘をつき通す。
そこで斎は秘策を使う。
「君達の指紋が『明星壱号機』に付いていたのはどういう事かな?」
(なるほど。そういう手か……)
斎の考えを読んで、反論を言おうとした宗谷だが、その前に久糊が言ってしまう。
「そんな馬鹿なっす! 俺達は手袋をして作業をしたんすよ⁉ 指紋なんて出る筈が無いっす!」
「「馬鹿!」」
宗谷と焚間は同時に、久糊を叱責するが遅かった。
「教えてくれるね? どんなコンピューターウイルスを使ったのかを」
斎の問いに、
「嫌ですね……!」
宗谷は完全拒否。
「雪菜の野郎は気に喰わない!」
「そうっす!」「そうだ!」
久糊と焚間も同調する。
それに対して美火得は、
「そうですか。残念です。貴方達の命が失われるのが……」
淡々と言った。
それに対して宗谷は美火得に聞く。
「学園長。それはどういう意味ですか?」
「貴方達は、天聖元帥閣下の機体にコンピューターウイルスを仕込み掛けたという事ですよ? だから、銃殺刑になっても仕方のない事です。まさか我が学園に敵の工作員が紛れ込んでいようとは……」
美火得は天を仰ぐ様に三馬鹿に話した。
「「「銃殺刑⁉」」」
使の宣告を受けた三人は驚愕し、膝を震わせる。
((俺達、死ぬのか⁉))(オイラ達、しぬんっすか⁉)
しかし、宗谷はいち早く立ち直り、
「俺様達は天聖元帥閣下の機体にコンピューターウイルス何て仕込もうとはしていません! 学園長! 信じてください!」
無実を主張する。
((銃殺刑何て冗談じゃない……!))(銃殺刑何て冗談じゃあないっす!)
宗谷達の心情は見事にシンクロする。
「あたしはこう言った筈です。仕込み掛けた、と。工作員でないと主張するなら、コンピューターウイルスの種類等を教えてくれますね?」
「それは……」
美火得に言われ、宗谷は迷う。そしてチラリと斎を窺う。
(使主教官が守ってくれる筈……)
「早く話せ。三人共、銃殺刑になりたくないだろう?」
味方がいないと悟った宗谷達には、最早抗う事が出来なかった。
三人が説教を喰らっている頃――〇八一五時。月艦隊司令官用のとある私室で、金髪碧眼の眉が太いのが特徴的で、何処かライオンを思わせる中年男性――『彼』は、悔しがっていた。
三年掛けて練った作戦が失敗したのだ。それは悔しがるだろう。
上の命令で、実行した作戦だった。だが、それも徒労に終わったのだ。暗殺は失敗し、神器は敵の手に渡ってしまった。
(智天使ミリエルめ……!)
彼が神器に執着した為、計画は失敗したのは間違いない。
結果、暗殺計画は未遂に終わった。宇宙から攻撃する作戦は、却下されたので何かしらの理由があるのだろうが、上司に却下されてしまった。理由を尋ねても教えて貰えなかったので最重要機密のようだ。
『彼』はミリエルを恨む。
『彼』が立案し、実行した作戦が失敗したとなると、『彼』の真の上司であるウリエルはどう思うか……。
『彼』は考えただけでぞっとする。
『彼』は、短い金髪の髪をかき上げる。
『彼』が震えていると、ドアが開く。
「ご機嫌は如何ですかな? ウェルトー中将」
『彼』――ボーグ=ウェルトーは、俯いていたが顔を上げる。
声の主は、英雄だった。
「天聖元帥閣下……。それはどういう意味ですか?」
「貴方が立案した天聖少将に対しての暗殺作戦が失敗したので、どういう心境か問うただけですよ?
ウェルトー中将」
(何故その事を……⁉)
だが、ボーグは表情に出さずに英雄に反論する。
「天聖元帥閣下。」言って良い事と悪い事がありますよ。ワタシの立案した作戦? ふざけるのも大概にして欲しい」
英雄が指を鳴らすと室外に待機していたMP隊が英雄の後ろから室内に入り、ボーグに向かって銃口を向ける。
「貴方が天使であるというネタは既に上がっているのだ。大人しくして貰おう」
「くっ……⁉ おのれ! この堕天使風情が……! 調子に乗るなよ!」
ボーグはMSAを起動させる。機体は『ペネトレイション』だ。それを見てMP達は慌てて英雄の後ろに退避した。
「ここで貴様らを殺してここから逃亡すればいい事なのだよ! 『霧風』では私に勝てまい! 世代差というものを見せつけてやる!」
ボーグがそう言い放つと、英雄はMSAを展開させる。『明星弐号機』なだけあって、形は『明星壱号機』とほぼ同じだ。
「金色のMSA……⁉ まさか、もう『明星計画』は――第十世代型は開発されていたのか……⁉」
動揺したボーグを余所に、英雄の一方的な攻撃が始まり、決着は直ぐについた。
〇八二五時。私室からMP隊がボーグを連れ去った後、英雄に近付いてくる人物がいた。光男だ。
「終わりましたな……」
「ああ。これで当面の危機は去ったと思う。名瀬よ」
(全く、本当にこれで危機が去ってくれれば、どれ程楽か……)
心の中で英雄がそう考えていると、光男が話し掛けてきた。
「これでこの月基地から天使の工作員を排除出来ればいいのですが……」
光男は話を続ける。
「しかし、天聖元帥閣下。貴方の御息男には驚かされますな? 学園内だけとはいえ、未だに無敗にしてあの大天使長ルシフェルの契約者とは……」
「いいや。あれは大海を知らない。井の中の蛙だ。名瀬よ」
「ですが、御子息は直ぐにでも戦力になります。あのウェイスター少佐を追い詰めた――天聖少将閣下の妹君も敵わなかった智天使を撃退したという話ではありませんか……」
光男の言に英雄は言う。
「だから問題なのだ……。名瀬よ……」
「どういう意味ですか? 天聖閣下」
英雄は溜息を吐く。
「若い頃から持て囃されれば、天狗になる。それでなくとも、こき使われるだろうな。
人類は現状維持しているだけで、余裕がある訳ではない。雪菜――我輩の息子の名前だが、軍人になれば、あいつは何れ不幸になる……我輩の様に、な……」
「そう言えば、天聖元帥閣下の婚約者が第二次火星防衛戦で戦死されたのでしたな?」
光男は黙祷する様に一度目を閉じ――開けて英雄に向き直る。
「奥方である天聖少将閣下も、それを危惧しているのですか? 天聖元帥閣下」
「ああ。あいつが一番それを憂いている」
英雄はもう一度溜息を吐いた。