第十一話 罠
リーナが雪菜を心配していた頃、彼と別れたファラエルは岐路に着き、潜伏先のアパートの中で、ミリエルと相談していた。
中は簡素なベッドに冷蔵庫。最低限の必需品にカーテンしかない。それと通信機があった。
「どう思う? ミリエル殿……」
「三日後の昼に……ですか? まあ、まず間違いなく罠でしょうね。ファラエル殿」
「ですが、私はあの少年が嘘を吐いている様には見えなかったのですが……」
ファラエルの独白に、
「ファラエル殿。これまでの間で、情が湧きましたか? いけませんよ? そんな事は……」
ミリエルは、注意を促す。
「そうではない! 相手は堕天使! そんな事は有り得ないぞ!」
それにファラエルが激怒。だが、直ぐに冷静さを取り戻す。
「そうではなくて、あの少年が嘘を吐いている様には見えなかったのだ……!」
ありのままを言う。
だが、ミリエルは、
「母親が嘘を吐いているのかも知れません。ファラエル殿。我等を罠に掛ける為に」
飽く迄疑う。
「自分の息子なのにか⁉ ミリエル殿!」
信じられない様な声を出すファラエル。
(普通、有り得んだろ?)
「ファラエル殿。我々は何と戦っているのかを思い出してください」
「思い出す必要もない。ミリエル殿。相手は堕天使。不浄な者達だ」
天使の間では、堕天使はどんな汚い事も平然とする――そういう認識なのだ。
ミリエルの言葉は、天使側にとっても当たり前なのだ。寧ろ、ファラエルの言葉は背任と捉えられても仕方が無い。しかしミリエルは注意しなかった。軽いヒントに留めている。
「そうです。ファラエル殿。故に我等は相手がどんな者でも容赦はしない。そうでしょう?」
「それはそうだが……」
「まあ、いいでしょう。とにかく、ファラエル殿。明日、あの少年に了解したと伝えておいて下さい」
ミリエルの発言にファラエルは、
「行くのか⁉ 罠だと知りながら……⁉」
驚きを隠せないでいる。
ミリエルは溜息を吐きながら、
「ここで断れば、自分達が『怪しいです』と言っているようなものですし、罠なら喰い破れば良い事です。幸い敵になるような者は一人しかいません。返り討ちにしてやりましょう」
カップ麺を手に取り、啜りながら自分の考えを言う。
ファラエルもカップ麺を手に取り、
「まあ、確かに。だが、相手は熾天使級の『堕天使』という事だから、油断は禁物だぞ? ミリエル殿。まあ、座天使ファラキアルと座天使ベルキアルもいるから何とかなるだろうが……」
ミリエルに一応注意を促す。
そしてファラエルは、
「しかし、このカップ麺というやつは、簡単で手頃の価格なのに中々美味い。堕天使共も侮れないな……」
ズレた感想を言いながらカップ麺を啜るのだった。
寮の食堂の時計が二〇〇〇時になった頃、リーナは心配で中々夕食が喉に通らなかった。
雪菜がまだ帰ってこないからだ。
そこに、リーナの後方で誰かが密談をしていた。
「おい。……日後に雪菜のMSAにコンピューターウイルスを仕掛ける」
不穏な会話をしている声が聞こえる。宗谷の声だ。
「なるほど。これであいつのMSAの……ないでやんす」
「これであいつはお終いだ。くく……楽しみだな」
後ろを盗み見ると、宗谷と久糊。そしてやけに細長い顔と黒髪――俗にいう馬面で長い黒髪をリーゼントにした長身の少年が含み笑いをしていた。名は馬場焚間。宗谷や久糊と同じく陰険な男だとリーナは記憶している。
(ユッキーの専用機にコンピューターウイルスを仕掛ける積もり……⁉)
リーナの危惧している通り、彼等は二年二組の中でも過激な連中だ。雪菜の専用機に何かするのは目に見えている。
リーナは早速、宗谷、久糊、焚間の三人組に問いただそうと彼等に近付く。
「おい。何をしている? ヴラウン訓練生。さっさと行くぞ? 三日後の作戦会議だ。さっさと食え」
ベルゲンはもうとっくに食べ終わっていたが、リーナは雪菜の事が心配で、喉に食事が通らなかった。
「え? いや、あの……ちょっと待ってください……!」
しかし、ベルゲンに咎められ、リーナは早食いを始め――完食した。
「じゃあ、いくぞ?」
「いや、あの……何でもないです……」
ベルゲンに言われ、リーナは宗谷達に問いただすのを諦めるしかない。
そこに雪菜が現れる。
「腹減った~!」
リーナは一瞬ほっとしてから、雪菜に近付こうとする。
「ユッキー。ちょっと……」
「何をしている! ヴラウン訓練生! ウェイスター少佐殿を待たせる積もりか⁉」
雪菜に近付こうとしたリーナをオーダートが待ったを掛ける。
だが、リーナは諦めずに、
「ユッキー……もとい、天聖訓練生も作戦会議に誘おうかと……」
オーダートに言う。
だがベルゲンは、鼻を鳴らしながら、
「『堕天使』と契約していない者を戦力に加える事は出来ん。何と三日後契約するのか分からないが、不確定要素を戦列に加えるのは愚の骨頂だ」
飽く迄、雪菜の存在を否定する。
なのでリーナは、
「天聖訓練生は赤服で、『堕天使』と契約していない身で、大天使と契約している者を倒しました。それに天聖訓練生は、天聖元帥閣下の息子です。戦力にならないとは思えません」
ベルゲンの説得を試みる。
だがベルゲンは、
「過去の英雄――その息子に幻想を抱くな。いくぞ……」
雪菜の存在を無視し彼の父親を侮辱して去っていく。
「そうだ! さっさと来い!」
最早、リーナは諦めた。この二人は実際に雪菜の戦闘を見ていない為、軽んじているからだ。
その様子を静江はまるで親の仇を見る目で――睨んでいた。
(ユッキーに対してのその発言――覚えていろ……!)
リーナの意見を聞いていれば、今後の結果は変わっていたかも知れない。