教室の隣の君へ
僕はこの作品を書いているときに思ったことは、今の僕を見てほしいということでした。
過去も未来も今の積み重ねでしかありません。今の僕、今の私。それを誰かに理解してほしくて残してほしくてという思いを込めて書き始めました。
写真というのは不思議で時間と気持ちを切り取ることができます。未来で思いを呼び起こすきっかけとなることができる素晴らしいものです。誰かの思いを残してくれるものは、そうないと思います。
「僕はキミを撮りたい。」
その言葉が僕たちの関係をスタートをさせた。その一言で僕とキミの運命は変わった。分岐した未来は僕を全く異なる世界へ連れて行って、夢は夢のまま終わらず現実との境界線は薄くなっていった。
中学3年生の2学期。卒業を間近にしたこの時期に急に席替えをすることになった。担任の気まぐれかリーダーグループの一言なのか僕にはわからなかったが、どうでもよかった。この席にもクラスにも愛着はなかったし、卒業が待ち遠しかったぐらいだ。話す友人はいたが親友と呼ぶほどではなく、思い出と呼べるものも気軽に思い出せない場所だ。ただ朝起きて母が作ってくれた朝食を食べて学校へ行く。心配させないように暗くなる前に家に帰り着き、また明日に備える。僕は心配がかからない親にとってはありがたい優等生だった。成績は特別よくはなかったが、心配されるほど下の方ではなかった。よくてクラスで10番以内ぐらい。テストの結果で一喜一憂するほど終着はなく、ただの数字として納得していた。
席替えは委員長が中心となって進んでいった。くじをノートの切れ端で作成して時計回りにそれぞれ引いていった。僕は廊下側の一番後ろの席で、早めに引く順番が回ってきた。正直、どこでもいいと適当に引いた。数字は38番。窓際の後方でアタリの席だった。クラスメイトは数字を確認する旅に友人と離れただの、前の方の席で最悪だなど、盛り上がっていた。僕は盛り上がっているクラスメイトのほうをひじを突いてぼんやり見ながら全員が引き終わるのを静かに待っていた。
全員が引き終え委員長の号令で席移動が始まった。僕は机と椅子を抱えて38番を目指して移動した。隣が誰だろうが関係なくて、またひじを突いてじっと時が過ぎるのを待っていた。静かに待っていると、僕の隣に座るだろう女の子がガチャガチャと荷物を抱えて、窓際の最後方に座った。
普通なら軽い挨拶でもするのだろうが、僕自身どうでもよかったから寝ようと腕を枕にした。顔を伏せようと態勢を整えようとしていると、隣の女の子が準備を終えたのか僕に話しかけてきた。
「平川君、卒業までよろしくね。」
「よろしく。相澤さん。」
相澤さんはクラス1の美人で、クラスの中心人物だ。誰にでも壁なく話しかける。僕みたいなカースト下位の人にも平気で話しかける。顔も整っていてよく笑うからクラスみんな、相澤さんのことが好きだと思う。僕も相澤さんのことが気になっている時期もあったが今ではそう思ってない。ただのクラスメイトだ。表面上だけだが。
「相澤さんなんて辞めてよ~。藍って呼んで。みんな藍って呼んでるから。」
「相澤さんは、いつも賑やかだよね。」
「また相澤さん呼び・・・まぁいいけど。」
「藍~席離れて寂しいよ~」
「志乃!別にそんな離れてないでしょ。同じクラスなんだし休み時間に話せるよ。」
「それでも~寂しいの!」
信田志乃さん。相澤さんと一番仲が良いクラスメイトで活発な女の子。相澤さんと同じクラスの中心人物で文化祭や体育祭で張り切っているのが印象に残っている。
「平川君さ、席変わってくれない?私と」
急に話を振られて固まってしまった。僕に話しかけてくるなんて思ってもいなかったからだ。目線を泳がせてなんとか返事をしようと信田さんの方を見た。
「えっと・・・それは、どうだろうか」
「えぇーいいじゃん。私は藍の隣に座りたいの!お願い!」
手を合わせてお願いするポーズをとる。別に変わっても良いのだが素直に頷けるほどならが、こんな僕にはなっていない。
「ほらっ、平川君困ってるから。席戻りな」
ちぇ~と言いながら素直に自分の席へと戻った。割と素直に相澤さんの言うことを聞いたので、あまり本気では言っていなかったのだとこのとき気づいた。
「ごめんね。別に悪い子ではないのだけど、強引なところがあるの。」
「別にいいよ。相澤さんが謝る事じゃないし、僕は困ってない。」
それを聞くとははっと笑って、じっとこちらを見る。僕の顔になにかが着いているのかそれとも、窓の外にUFOでも見つけたのかと外を見ても、特に変化は見当たらなかった。いつも通り、どこからか飛んでいる鳥の群がどこかを目指して飛んでいるだけだ。
と、すると僕を見ているという事になる。僕におかしいところはない、と自分では思う。制服は校則を破ることなく着られているし、髪の毛に寝癖も付いてない。
「平川君はさ、面白いね。もっと早く話せばよかった」
「面白い?僕が?なんで」
「ふふっ、私に興味がないところが。」
そう言うと手足をだらんと投げ出した。目線を上にして全力でリラックスの態勢をとる。目を瞑って何か思い出そうとしている。
「みんな私を少なからず意識しているのね。良く思われたいとか気に入られたいとか、そういう下心を持って接してくるの。しかも、私が気づいてないって思ってるのよ。信じられる?」
僕にはそう言う目線を感じた経験がない。どうとも言えずにいると、さらに続ける。
「平川君はそういうのを感じない。私と友達になりたいとか、あわよくばみたいなのを一切感じないの。そういう人いなかったから新鮮。」
相澤さんの気持ちはわからない。僕と相澤さんでは生きてきたステージが違うし、似ているところもない。そう思っていた。相澤さんは思っていたより敏感で聡明で、色々なことを考えるタイプなのだろう。そういう意味では僕と似ている部分があるのかもしれない。
なぜそんなことを僕に言ったのかわからない。僕になら言っても良しとしたのか、害はないと判断したのか、それは相澤さん自身にしかわからない。
「・・・・・・」
僕が何も言えないでいると予鈴のチャイムが鳴った。もうあとは帰りのホームルームだけで授業はない。クラスメイトたちは話を切り上げて、帰りの準備を始めた。僕も例外なく教科書や筆箱をカバンに詰めていく。相澤さんも遅れて帰りの支度をした。さっきまでの微妙な雰囲気はそのままに、学校の時間が終わる。それで明日からこれまで通りのクラスメイトだ。それでいい。僕の人生にはマンガのようなラブコメは起こらない。それがリアルで現実だ。
帰りのホームルームを終えて、それぞれが放課後の予定の消化へと繰り出してく。僕はいつも通り家へと帰ろうと教室を出ようとすると、担任が話しかけてきた。
「平川、確か図書委員だっただろう。今日は図書室に整理を手伝ってもらうことになっていたはずだろう。先に行っていろ、私は少し用事を済ましてから行く。」
そうだった、今日は委員会活動があったのだ。すっかり忘れていた。楽そうだという理由で図書委員になったのだが、あてがはずれた。ことあるごとに図書室の整理やポスター作成など仕事を割り振られるようになっていた。話が違うと思ったが、それを言うほどではない。特に働くのが嫌というわけではないからだ。
図書室の整理をもくもくと仕上げ、あらかたの目処がつくところまで行った。残りは明日にすることにして帰ることになった。明日も残らなければならないことは憂鬱だったが、1日で終わるほどの量ではないことは明白で、かなりの体力を使った。本を移動させるのは重労働で腰と腕がだるくなっていた。運動の習慣がない僕にはきつい作業で明日は筋肉痛だろうと予測ができた。
靴箱で履き替えて学校を出た。もう夕方の茜色に校庭が染まっていた。運動部は、まだまだこれからみたいで、大声を張り上げている。それを横目で眺めて家へと一歩目を踏み出した。
「あっ、やっと来た。」
えっ、と思って振り返ると相澤が壁に寄り掛かっていた。誰かを待っていたみたいだ。
「相澤さんまだ帰らないの?」
「平川君のこと待ってたの。」
僕に歩調を合わせて隣に並んだ。僕は慌ててカバンを左側に持ち替えて距離をとった。僕と相澤さんの間にはカバンと1mに満たない距離しかない。その距離感が落ち着かなくて、相澤さんがなんで僕なんかを待っていたのかを考える余裕がなくなっていた。
不自然な組み合わせで帰り道を歩く。僕と相澤さんの家の方向は同じだという事を初めて知った。相澤さんは不自然なほど何も話さない。クラスの中の相澤さんとは醸し出す雰囲気が違うような気がした。相澤さんが話さない限り僕から話すと言うことはない、ただただ帰り道を二人で並んで歩いているという不思議な感じがした。
僕たちの帰り道は川沿いを通る。堤防の道は犬を連れて散歩する人やランニングをする人、僕らと同じ学校からの帰りの人たちとすれ違う。川の上を通る電車はスーツを着たサラリーマンたちが疲れた顔をして乗っている。橋の下を通ると、電車が通るたびに風が吹いて肌を刺すようで嫌いだ。僕たちは堤防を歩く間、一言も発さずにお互いのことを頭の隅で意識して歩いた。それが不思議と居心地悪くない。僕と相澤さんは正反対だけど、正反対だからこそ似ている部分があるのだ。
「平川君は夢ってある?」
唐突に相澤さんが言った。僕はその真意が解らなくて言葉が出なくなった。
夢。将来実現させたいと思っていること。
そう辞書には載っている。僕にだって夢ぐらいある。誰にも言っていないし現実味もないことだが、誰にだって夢見る権利ぐらいあると誰かが言っていた。
夢を語る人はバカにされると気づいたのは、中学校に入ったとき。僕は仲が良いと思っていたクラスメイトの一人に夢を話すと次の日にはクラス中が知っていたという事件があった。僕はそれ以来、誰かに自分の秘密を話すことを辞めた。好きなことも嫌いなことも、趣味も全部話さなくなった。自分を開くことを辞めたのだ。それ以来、クラスメイトとの距離ができて、話すことはなくなっていった。それで良いと思っていたし、不自由することはなかった。
夢は僕にだってある。それを相澤さんが急に口に出したことは不思議で、僕は相澤さんの方を窺う視線のまま歩いた。歩くペースは少し遅くなっていた。
「どうして夢なんか聞くの」
「私はね、アイドルになりたいの。歌って踊って、キラキラしている人になりたいの。」
相澤さんは僕の問いに答える気はないように話し出した。独り言のようで僕に話しているような気はしなかった。
アイドル。崇拝や敬愛の対象となる人。
と辞書には書いてある。相澤さんがそんなことを言う人には見えなくて冗談に思えた。でも、僕に冗談を言ってもしょうがないし、言うような関係性でもない。だからこそ、不思議だった。そんな大事なことを僕のような赤のクラスメイトになぜ話すのか。信田さんにでも話せば僕よりマシなアドバイスでも、応援でもくれるだろうに。
「平川君さ、写真家になりたいんでしょ?」
僕はびっくりして、歩くのを辞めた。相澤さんは僕が止まるのを見ると、3歩先でこっちを振り向いた。
確かに僕には夢がある。ずっと写真家になりたくてお年玉やお小遣いを貯めてカメラを買ったばかりだ。休日はカメラを首に掛けて、空や花、人や店を撮って過ごしていた。カメラが好きだという事は親にも言っていない。僕はそんな夢を持っているなんてクラスメイトが知る由もない。なぜ相澤さんが知っているのか、どうやって知ったのか皆目見当もつかない。
「どうして知ってるって顔してる。」
相澤さんは笑いながら、クルクルとその場を回った。ロングストレートの髪がなびいて、不覚にも綺麗だと撮りたいと思ってしまった。カメラの意義は好きなものを切り取ることにあると思う。時間や感情、思いを切り取って振り返ることができる。それがカメラの好きなところだ。僕は僕が綺麗だと思ったものを切り取って、僕の手で残したいのだ。
今カメラがないことを後悔した。一瞬を切り取れなければ意味がないのだ。そのぐらい今の相澤さんの顔は綺麗だったのだ。
「ねぇ覚えてる?私たち1年生の時も同じクラスだったんだよ。」
確かにそうだった。相澤さんは目立っていたから覚えている。それがなんだと言うのだ。僕が何も言わないでいると続きを楽しそうに話す。
「そのときは今の平川君みたいじゃなくて、クラスメイトともよく話していた。その子と話してたの聞いちゃった。」
僕が閉ざす前の出来事だ。唯一、僕のことを話した時だ。
「それを知ってどうするの?」
本題はそこだ。別に僕のことを話題にしても興味がないからいい。どうせあと少しの付き合いだ。どう思われようが今更どうだっていい。
相澤さんがすっとまじめな顔になった。緊張しているのかスカートの裾をぎゅっと握っているのが見えた。茜色差す空が僕たちを赤く染めて、世界から僕たちだけ切り離されたように感じた。
「私のことを撮って欲しいの。今の私を平川君に残して欲しい。」
相澤さんは意を決したように言った。その声は透き通っていて僕の耳を貫いた。頭の中を声が駆けめぐって僕の心の中が揺れた。ぐらぐらして、自分の足で立っている感覚が薄くなっていく。
相澤さんを撮る。僕が相澤さんを撮る。現実味がなくて、夢の中のことではないかと疑ってしまう。けれど、相澤さんの真剣な表情を見てリアルだと感じた。僕の中の相澤さんはそんな表情をしない。そんな相澤さんのイメージは僕の中には欠片もない。今初めて見たのだ、そんな相澤さんは。相澤さんの底にあるものは想像できない得体の知れないもので満たされているのかもしれない。
「今の私を撮れるのは平川君しかいない。だから、無理を承知でお願いする。私を撮って。私の全部を写して残して。」
僕は混乱して、相澤さんのことが見えなくなった。僕が知っている相澤さんは、人気者で常に人に囲まれて、その中心で笑っている。それが僕の中の相澤さんで、こんな人ではない。僕のような人にお願いをするような人ではないのだ。僕にだけ夢を話して、自分を撮って欲しいと言う人では断じてないのだ。
「どうして僕なの。アイドルになりたいことも撮ってほしいってことも僕じゃなくてもいいでしょ。僕以外にも写真を撮ることが好きな人も相澤の夢を応援する人もたくさんいるのに。どうして僕なの?」
僕の不思議をぶつけた。僕には相澤さんのことは何一つわからない。好きなもの、嫌いなもの、得意なこと苦手なこと。何一つとして知らないのだ。そんな僕に自分の大事なものをさらけ出して、リスクとリターンが見合ってない。僕なんか役不足なのだ。相澤さんが主演の物語に不相応なのだ。よくて、クラスメイトA程度なのだ。物語に色を付加するわけでも形をもたらすこともしない。できない。そのぐらいの存在なのだ。
相澤さんは僕の不思議を最後まで聞いて、ゆっくりと目を閉じた。自分の中の答えを探しているようで、小さな動きでさえも僕を釘付けにするのだ。しばらくして、いや時間に置き換えれば10秒にも満たない時間だっただろう。ただのクラスメイト、ただの通行人Aへは主演の希望で物語を大きく動かすことになる。そんな期待が僕の周り、相澤さんから感じる。
「私と平川君は似てるから。きっと、順番が違えば反対になっていたと思うから。」
僕は決めた。僕はこうなる運命だったのだと思った。物語の分岐は自分で押すものだと思っていた。でも現実はそう上手く行かない。分岐を押すのは僕以外の誰でもよかったのだ。たまたま、それが相澤さんで僕はそれに従って飛び込んでいけばいいのだ。
「僕が今の相澤さんを撮るよ。今だけしか残らない相澤藍を撮るよ。」
僕はそう笑って言うと、わかっていたかのように手を指し伸ばした。きっと、知っていたのだ。僕がそう言うことを。僕も手を出して相澤さんの手を握った。思っていたより小さくて、そして熱かった。その体温は人間としてそこにいることを主張しているようでくすぐったかった。茜差していた空はいつの間にか様子を変え、僕たちを照らしてはいなかった。僕たちはいつもよりも遅くなったことで変わり行く空を同時に見上げて、こう思うのだ。空が綺麗なのは僕たちが生きているからだと。
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それかた僕たちの奇妙な関係は始まった。放課後の校庭や体育館、図書室、保健室、教室と余すことなく学校の中で撮った。休日を利用して海や山、森の中でも撮ったりした。僕たちは夢中になった。学校にいても、部屋にいても次の撮影を待ち遠しく思った。相澤さんを撮っていく中でいろんな事を話した。好きなもの嫌いなもの、得意なこと苦手なこと。本当に多くのことを互いに話した。ただのクラスメイトから僕たちはステップアップした。その関係を言葉にするのは難しくてこそばゆくて、名前を付けるのを諦めた。多分、期間限定だから。
その日はいつものように放課後に待ち合わせて通学路で撮った。時間帯で相澤さんの表情や雰囲気が変わっていく。それを逃さないように、逃げないように僕はシャッターを切った。きっと、今しかないから。僕たちが大人になって、いつか再会したときにこんなこともあったねと話せるように。そんな願いを込めてシャッターを切った。そんなことをお互いに思っていたらいいのにと口の中でつぶやいた。僕は貪欲になっていく。それが怖くて、恐ろしかった。でも、シャッターを止めることはできずに相澤藍を撮り続けた。
「おまえら付き合ってんの?」
ある日クラスメイト聞かれた。おそらく僕らが一緒にいるところを見られたのだろう。僕はその問いに上手く答えられず固まってしまう。僕自身でさえ関係に名前を付けられないのに。外野から簡単に名前を付けられることを身体が嫌ったのかも知れない。僕を下に見て、あざ笑ってやろうという気配を隠そうともせずに不躾にクラスメイトの男は言う。ありえないだろうと、よくて相澤さんが遊んでいると思って疑わない。そんな視線を感じた。
「そうだよ。私たち付き合ってるの。だから茶化さないでくれる?」
そう隣で言い放つ相澤さんを僕は真っ直ぐ見つめた。その言葉が持つ意味を理解できなくて、固まる。周りのクラスメイトの視線が僕を石にする。昔呼んだ西洋の妖怪に睨まれたようだった。 僕は相澤さんの真意がわからなくて、そのまま何も言えず時間は過ぎた。相変わらず写真は撮り続けて僕たちは卒業を迎えた。
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「平川君。卒業おめでとう。今までありがとう。」
卒業式が終わって相澤さんに呼び出された。僕も渡すものがあって、どうやって呼ぼうか悩んでいたので素直に付いていった。あの付き合ってる発言があった後、クラスメイトからのあざ笑うような視線は消えた。それどころか、僕に話しかけてくるような人もいた。主に、相澤さんとの関係を聞いて来るばかりだったが僕が何も話さないのを知ると散っていった。
「相澤さんもおめでとう。」
僕は短く話した。昔から口が上手くない。思っていたことの半分も伝えられていない。感謝しているのに怒らせてしまったり、謝っているのに伝わらなかったり言葉は難しい。だから短く強く僕の気持ちを込めた。このありがとうには、いろんな気持ちを詰め込んでいる。それが伝わらなくてもいい。今回は自己満足でよかった。
互いに目があって微笑む。僕はカバンから用意していたものを取り出した。それを相澤さんに渡す。アルバムだ。相澤さんは撮った写真をいらないと言った。僕は意味がわからなかったが、なんとなくそのままにしていた。数多く撮ったものを僕なりにまとめて一冊のアルバムにしたのだ。自作で初めて作ったから、歪で胸を張れるようなものじゃない。でも、作って渡さなければいけないと思った。それを受け取ってページをめくる。一枚ずつめくっていく。相澤さんの手が最後のページに差し掛かると慌てて止めた。そんな僕を不思議そうに見ている相澤さんと目があった。
「最後は部屋に帰って一人で見て欲しい。」
そう言うと、そっかと呟いて笑った。そうだ。僕は相澤さんの笑った顔が好きなのだ。無邪気に笑う顔、喜んで笑う顔、人をバカにしたように顔。全部の笑顔が好きなのだ。
「嬉しい。大切にする。」
アルバムを抱きしめて微笑む。僕はそれを見て笑った。お返しにと学校の卒業アルバムの寄せ書きページに書いてくれた。僕のまっさらなページの隅っこの方に大きくも小さくもない文字で。
それを見ようとのぞき込むとパタンとアルバムを閉じた。こっちをニヤっとのぞき込んでこう言う。
「今はダメ。あとで一人の時に見て」
さっき僕が言った言葉を真似る。僕はそれ受け取ってアルバムをカバンにしまった。
**************
僕は夢だった写真家になった。
彼女は夢だったアイドルになった。
僕たちはお互いの夢を叶えた。そして、今日会う。あのときと同じ関係で。
僕たちはある言葉を互いに大切にして、ここにたどり着いた。お互いに送った言葉が同じだったのは驚いただろう。僕たちは同じ気持ちだったのだ。
”憧れています”
互いに送った言葉は、いつしか僕たちを引き合わせて今日を呼び込んだのかもしれない。
憧れ続けたお互いは、今日も写真を撮る。撮られる側と撮る側で。あの時と同じ、いや少し違う。もうあの頃の僕たちはいない。あの頃の僕たちは写真の中で笑っている。今は、もっと凄いものを残したくて生きている。憧れを越えようとして。僕は生きている。彼女は笑っている。




