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※本人はVRゲームをプレイしているつもりですが、本当は異世界にいます。

作者: 水 百十

――2030年、ついに人類はゲームへのフルダイブ技術を実現…………しなかった。

 学生時代にラノベやアニメで夢見たような仮想現実はそう簡単に訪れない。しかし、VR技術の進歩は着実に進んだ。

 コントローラーは握るものではなく手袋型となり、手指だけは現実に近い触覚を感じることが可能になった。人工的な香りや味を感じさせる技術も進歩し、VRゴーグルの映像美は景色をガラス越しに見ているような解像度となった。

 しかし、VRゴーグルをつけている感覚はしっかりとある。ゲームをプレイするには実際に体を動かさなければならないし、ゲーム内で歩き回れるのは現実の部屋の広さ次第だ。

 体は寝ているだけで仮想の世界へと旅立てるような技術は未だに研究中である。実現しても一般の人間に普及するのはいつになるかも分からない。


 それが今の最新ゲーム機事情である。当然さっき紹介したようなものでも発売直後で値段も高い。

 しかし、俺は去年社会人デビューした大人だ。学生の頃の様に最新ゲーム機を買うことを躊躇するほど金に困っているわけじゃない。発売日の朝に電気屋に並び、ついさっきゲットして意気揚々と帰ってきたところである。

 早速箱を開け、タブレットに表示された電子説明書に従って諸々の設定をする。数年前からゲーム機本体の説明書も紙ではなくなってしまった。紙の説明書をペラペラとめくる感覚が好きだったのだが、環境の為ということらしい。


 設定が終わり、本体と一緒に買ってきたソフトを本体に入れる。販売数が減ったが、俺みたいな人の為なのかパッケージ版というものはまだ存在する。ダウンロード版が圧倒的に便利なのは分かるのだが、購入した帰り道で期待しながらパッケージを眺めるあの感覚が好きなのだ。


 マウスピース的なやつを口にはめ込む。これを付けると味覚と嗅覚を騙せるらしい。マイクも兼ねているので喋ることを阻害するほど大きい装置ではない。

 手袋コントローラー(正式名はContgloveとか言うらしい。何て読むのが正しいんだこれ)を装着してゴーグルを被る。耳元にあるスイッチを押すと電源が入った。

 ゲーム会社のロゴが表示される。10年前には全く注目されていなかったが、僅か数年で急成長し、業界トップまで上り詰めたベンチャー企業だ。


 メニュー画面が表示され、先程のソフトを選択する。VR化で人気が再燃しているMMO…………ではなく一人用のソフトだ。ファンタジー系のRPGシリーズの最新作。開発会社はいつものところだ。

 シリーズ初のVR対応作で、事前評判は賛否が分かれているらしい。まだプレイもされていなのに評判があるというのも変な気もするが、VRで主人公に自分が成り切るという事自体に抵抗がある人もいるらしい。

 俺はどんなゲームもとりあえず楽しむ人間なので、そんなことは気にせずタイトル画面から【新しくはじめる】を選択した。






「おぉついに邪神様……いや、邪神が我の力に…………!」


 目の前に禍々しい雰囲気の男が立っている。肌は紫色に近く、白目は黒色で黒目の部分が光っている。体格はそこまで大きくないが、杖を持っているから魔法を使うタイプなのだろう。

 こいつが今作の魔王か? 最初から姿が分かるのも珍しいな。主人公の俺がここにいるのはおかしいから、オープニング映像のようなものだろうか。


「邪神よ、我に替わりあの勇者を討ち滅ぼすのだ!」


 そう言って魔王らしき男はこちらに向けて指を指した。

 俺は魔王の指差す方を振り返るが、後ろには誰もいない。足元には魔方陣のようなものがあり、俺はその中央に立っているようだった。


「……………………」

「……………………」


 指を指したまま動かない魔王(暫定)。俺も何かが起こるのかと待っているが、なにも起きない。

 あれ? これひょっとしてムービーじゃなくてもう始まってる?


「…………俺?」


 そう言って俺は自分を指差す。


「そうだ! 邪神よ、この世界のどこかにいる勇者を見つけ出し、我、魔王デイモンドに替わり倒すのだ!」


 あぁ、オープニングだけ勇者じゃなくてこの魔王が言う邪神を操作する展開なのか。これ拒否したらどうなるんだろう。


「いやだ」

「………え?」

「嫌だ」

いやそんなはずは…………邪神よ、勇者を倒すのだ!」


 お決まりの会話ループか。これパターンどれくらいあるのか気になるな。


「い・や・だ」

「そんな…………我の洗脳が効いていない……? 邪神……いや、邪神様? もしかして動けます?」


 なんか急に下手(したて)に出始めたぞ。俺は足元の魔方陣から外へ踏み出した。


「ひぇ!? 邪神様! お願いだから殺さないで!」


 急に態度が変わった魔王。なんだこいつ、全然魔王っぽくないぞ。そのまま自称魔王は逃げる様に部屋の外へと出て行ってしまった。


 どうすればいいんだこれ。待ってれば話進むのか?

 暇なのであたりを見回す。話していて気付かなかったが、俺の居た部屋はいかにも魔王の間といった雰囲気で、俺が最初に立っていた位置は祭壇の様に飾られていた。




「邪神様! 我の先程の不遜な態度、贄をもって許していただけないでしょうか!」


 しばらくするとさっきの魔王が戻ってきてそう言った。よく見ると、後ろに魔王のほかに誰かいる。


「我が娘が命を捧げるのでどうかお許しを!」


 魔王の後ろから顔を出したのは、魔王と同じ肌、目をした少女だった。………というか自分の娘を犠牲に助かろうとかこの魔王、器小さいな。


「いや、命捧げられても困るし………」

「そんな! どうかご慈悲を……」

「許すよ。別に生贄なんていらない」

「……本当ですか! ありがたき幸せ……」


 いや、もう俺こいつ魔王として見れないよ。勇者としてラスボスのコイツと会ったら鼻で笑う自信ある。

 ……というかそろそろ本編始まって良くない?

 魔王の負の面(笑)見せつけるオープニングこんなに尺要る?




「んー……? コイツが邪神? 本当に? 全然そうは見えないけど。弱そうだし、変なメガネ付けてるし……」


 今まで聞いたことのない声が聞こえてきた。ここにいるのは3人だけ。声の主は魔王の娘だった。


「こらキャシー! なんてこと言うんだ! すみません邪神様! 子供のしたことですのでどうか……」

「別にいいけど……」


 思ったより魔王の娘は気が強い性格らしい。というか俺の姿はどう見えてんだ?


 そう思って俺は自分の服装を確かめる。……あれ? というかこれ現実の俺の服装じゃないか?

 マジ? 服装ってゲーム内に反映されんの? 思いっきり部屋着なんだが。相手はAIとはいえ恥っず! いやでもゲーム進めば防具とか装備するだろうし今だけか。我慢しよう。


「パパはビビリ過ぎなんだよ。こんな弱っちそうな奴、アタシの魔法でぶっ飛ばしてやる! えいっ!」


 そう言って魔王の娘は指先からめっちゃデカい火球を放った。


「うわっ!」





 近づいてくる火球に驚いて思わずVRゴーグルを外してしまった。目の前には俺の部屋がひろがる。

 ただの演出だというのに、本当に魔法を喰らうかと思った。最近の映像は本当に綺麗だなぁ……()()みたいだ。

 静かな部屋で、机のそばに置かれた目覚まし時計だけがカチカチと音を立てていた。時間を確認するとゲームを始めて既に30分近く経過していた。


「まだオープニングなのに結構時間経ってるな。待たせ過ぎなんだよあの魔王」


 俺はそう呟き、呼吸を整えてもう一度ゴーグルを被った。




「へへんっ! どんなもんだい! アタシの魔法にかかればあんな奴…………ッ!?」


 目の前にはガクガクと震える魔王と驚きで目を丸くする魔王の娘。


「あわわわわ……」

「そんな……アタシの魔法を躱した……? 一瞬完全に消し飛んだと思ったのに……」


 魔王の娘はそう言った後、スカートの裾を手でパッパッと払い、こちらに歩いてきた。


「思ったよりやるわね……それじゃあ…………よろしく」


 そう言って魔王の娘はこちらに手を差し出してきた。


「これは…………?」

「アンタが邪神とは信じらんないけど……アタシの魔法を避けた以上、信じてあげるって言ってるの」

「キャシー……邪神様にまたそんな態度を………」

「パパうるさい! アンタもほら、握手くらいしなさいよ!」


「ん!」と言いながらもう一度手を差し出す魔王の娘。


「なんかよくわかんないけど……よろしく」


 何に対してのよろしくなのかよく分からないけど、とりあえず握手をする。

 握った手の感触、リアルだなー…………いや、やっぱ今の無し。自分でもキモいと思った。




「それじゃあ邪神、まずはこの城を案内してあげるわ!」

「え……? うわっ!」


 俺は、魔王の娘に手を()()()、部屋を()()()()()




…………え? まだオープニング終わんないの?

VRゴーグルを付けている間だけ、異世界に転移していることに気付くのは少し後のお話。

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