第九十八話 それは無理というものでございます。無理無茶無謀でございます
アイナの『公務』もてっきりデスクワークかそういうものと、思っていたよ、俺―――。
第九十八話 それは無理というものでございます。無理無茶無謀でございます
でも、、、アイナが言う、アイナ自身の公務は俺の考えていた公務とまるで違ってた。まずアイナは、アイナの祖父さんである皇帝陛下への挨拶、施療院への慰問、大司祭との意見交換、収穫祭の段取りまで―――、そんな具体的に中身があることまでするんだ、アイナって。すごい人なんだなぁ、アイナ。
「―――」
でも、でもさ。明らかに一般的な俺達の学生の年頃の仕事にしては働き過ぎだよなぁ、って。そんなアイナの公務の多さを聞いて、とても一日やそこらでアイナの公務が終わるなんて思えないんだけど?
「・・・アイナ様。二度目の公務順延は先方の方々に多大なる不信と迷惑をかけ―――くどくどくど・・・―――二度に亘る日程順延は公人として二度とおやめになるとお約束していただければこのアターシャ、公務日程の繰り下げを行なう用意があります」
「え、えぇ・・・アターシャ。以後、これまで以上に、先方の方々に気を配りますから・・・今回だけは、、、そのお願いします、従姉さん」
「本当でございますか、アイナ様」
「え、えぇ・・・はい」
アイナだってなんかアターシャの雰囲気に気圧されているし、俺も今のアイナと同じだよ。アターシャさんがこわい。
「・・・・・・」
説教・・・じゃないよ?でもアターシャのくどくどした言葉が長いなぁって思ったのは、ほんと。でもアターシャの気持ちも解るんだ俺。、・・・俺の、祖父ちゃんへの用事のことでアイナを取っちゃったもんな。
やっぱちょっとアターシャに罪悪感を覚える。
「解りました。ではアイナ様。日程の順延は半月ほどでよろしいですか?」
「たった半月ですかっアターシャ!?」
「アイナ様? そのように驚きになられましていかがなさいましか? ・・・いえ、なにか不都合なところでもございましたか?」
「えぇ、だってアターシャ・・・、わずか十日余りだなんて、そんな・・・」
「・・・」
アターシャの言うとおりだ、、、なんでアイナってば、『たった半月ですかっ!?』ってそんなに驚いてんだ?二週間もあるんだよ? 俺は祖父ちゃんに会いに行くだけだ。俺は祖父ちゃんに会っていろんな話をしたいだけ、剣士になるにはとか、どんないきさつでこのイニーフィネという世界に来たの?とか、そんな二週間もあれば、それぐらい事足りるんじゃあ・・・、、、。
「ケンタ様を日之国のゲンゾウさまに引き合わされるだけでございますよね?アイナ様」
「えぇ―――まぁ・・・」
でも、それにしては、・・・どうしたんだろ?なんか歯切れが悪いぞ、アイナ。
「アイナ様が『空間転移』をお使いになればすぐにでも―――、いえ、まさか『空間転移』をお使いになられずに日之国に入境するおつもりなのでしょうか?」
「い、いえ・・・もちろん『空間転移』を用いて、、、そのゲンゾウ師匠の庵に向かいますが・・・」
つーっとあれ?アイナってば、アターシャから気まずそうに視線を脇に逸らしたよ?
「アイナ様」
その先を促すようにアターシャは。そう、まるで尻すぼみで言葉を濁したアイナにその先の言葉を言うように促したんだよ。
「・・・えぇ、その、私―――、、、ケ、ケンタがこの五世界、いえこの空気に慣れるまでしばし、ゲンゾウ師匠の庵にてケンタとしばらく過ごそうと思っています」
「っ!?」
俺と過ごすっ!? それってアイナと同棲というやつですかっ!? ど、同棲ってことだよなっ!? えっと・・・祖父ちゃんの住んでいるところは、二人の、アイナとアターシャの話を聞く限り、庵だろ?
庵には老剣客である俺の祖父ちゃんが一人で住んでいて。そんな庵の、俺の勝手なイメージは一戸建てのこじんまりとした昔風の日本家屋だ。和風の庭があって、離れ家と、厠トイレの小さな小屋があって、そして井戸、五右衛門風呂もかな? 祖父ちゃんはそこで小さな畑を耕していているんだろうなぁ。わかんないけど。そんなところでアイナと同棲だ。
じぃ―――っ、っとアイナ。そんな俺を見る視線を感じて俺はアイナに視線を向けてっ。そんなアイナの藍玉のような目を見ながら。
「アイナと同棲っ?」
「そ、そうなりますわねっケンタ―――っ///」
アイナさんっの声が上ずっているっ!!これはアイナもきっとまじでそう、俺と同棲だ、と思ってるんだ!!
おおぉ―――っ・・・。
「―――、、、」
そ、そんな庵にしばらく、俺がこの異世界で落ち着くまでアイナと二人きりで生活、、、―――、―――、ぽぉっ、ほわほわぁ~と、そんな生活を勝手に頭の中で想像しちゃうぜっ。え、えっと―――、、、。はぁ~。
「っつ」
っ―――いやいやっよく考えてみたらっ、祖父ちゃんも入れて三人じゃ、、、ううん、アターシャもきっと一緒に来るだろうから四人か。アイナと二人きりじゃないってばっ。焦るなっ俺、もうっ―――わちゃわちゃっ。
アイナは、さっきは、言葉を発したときの様子はおずおずとした、その表情もはにかむような恥ずかしさを含んだ感じのアイナだったんだけど、言っているうちに自身の内でも呑み込めて、興が乗ってきたのかな? 今はもう堂々とした感じだ。
一方、そのアイナの言葉を聞き―――アターシャは。アターシャは静かに目を閉じ。
「んぅ―――、・・・っ」
んぅっ―――っと、まるで困ったように唸ったんだ。そのアターシャの表情も眼差しも思案しているようで、その視線を伏せる。
ふぅっ、っとややあってアターシャは視線を上げる。
「・・・アイナ様。ケンタ様が落ち着くまでの期間と申されましたが、具体的な期間はお考えになられているのでしょうか?」
「そうですね・・・アターシャ―――、っ」
今度はアイナが思案するように、、、はずかしそうに頬を紅らめながら俺を見て、にこっ、っと俺。俺はそんな微笑みをアイナに返したんだ。するとアイナは、っ、っとますますはにかんで恥ずかしがって―――か、かわいいっ。そんなアイナは、照れ隠しかな、すぐにアターシャにその視線を向けた、というわけだ。
やっぱりアイナはかわいいっ/// 照れながらの思案顔のアイナはアターシャを見ていて―――、、、。
「・・・・・・っ」
いつまでアイナと同棲だろうっ。アイナはいつまで俺と同棲したいんだろうなっ。なんてそんなアイナを見て、考え、俺はそんなことを頭の中で思い浮かべる。
ど、どど同棲かぁ―――な、なんかどきどきっするぜ。ややあって―――ちらっ、っとまた。おっ?アイナの視線が帰ってきた。
「―――は、半年ほどになりますよね?貴方がこの世界の生活に慣れ、落ち着くのは。―――ね、ケンタ?」
半年もですかっ!? アイナは俺に訊ねるような言い方で、また俺にその藍玉のような視線を向けたんだ。ふおっ、しかも少し上目遣いっ。
「お、おう。そっそれぐらいになるかな・・・?」
言っちゃったよ、俺ついつい。だってアイナがかわいいんだもんっ。俺、アイナことが好きだからっ。さっきアターシャは『半月ほど』つまり二週間ほどって言ってたけど、アイナにそんな、かわいく『半年ぐらいですね』って言われたら、『ダメだよアイナ公務でしょ』って俺言えなくなるってものだっ。
「アイナ様。それは無理というものでございます。無理無茶無謀でございます」
ぴしゃりっ。ずーんっ。
「な、なぜですかアターシャ、なぜ無理無茶無謀と。それとも従姉さんは私へのいやがらせでそんなことを、まるで切り捨てるかのように無慈悲に、無下に私の望みを断つのでしょうか?」
「アイナ様。そういうことではありません。アイナ様が今から公務を半年先送りにされれば、半年後、ケンタ様との同棲期間が終われば、お時間に忙殺されてしまいます。それはアイナ様御自身がよくお解りになられていることかと存じ上げます」
アイナは笑みを正して、その真面目になった視線でアターシャを見る。
「―――、―――・・・」
アイナは無言で、思案するように腕を胸の下で組んだんだ。
「・・・」
俺はじぃ―――っとそんなアイナを。思案顔で自身の胸の下で両腕を組んだアイナの様子を見る。ちゃんと公務のことを考えているんだな、アイナも。
「アイナ様。もしそうなれば・・・いえ、公務を半年先送りにされると、―――収穫祭の日程はずらすことができませんので、収穫祭から逆算し―――」
アターシャはやや思案顔だ。その日程を頭の中で計算しているんだろうな。
「―――今日から半年後、同棲期間最終日、ここアイナ様の自邸に戻られてすぐに皇都の皇帝陛下へ御挨拶。その足で皇都宮殿に御一泊していただき、次の日には東地区にございますフィーネ教会主教座施療院への慰問をしていただきます。それが終われば、午後になりますが、フィーネ教会大司祭さまのとの会談を後日に行なうに当たっての打ち合わせがございます」
「――――――」
おふぅ・・・、、、忙しそうアイナ。でも、アターシャさんまだまだ続きそう・・・。
「そして、日を開けず後日になりますが、大司祭さまとの会談を想定した予行演習を踏んでから、大司祭さまとの会談に臨んでいただくことになります。大司祭さまとの会談が終われば、すぐに皇都宮殿へ戻っていただき、収穫祭の準備に取り掛かっていただきます、もう収穫祭までの時間はございませんからアイナ様、夜通し徹夜になるというお覚悟をお持ちくださいませ」
「そ、そのアターシャ・・・その公務を全て数日でこなすというのは人の業ではないのでは・・・?」
おずおず、と言った様子のアイナ。
「アイナ様」
「―――、、、」
「・・・・・・」
いやでも、もし、アイナが言ったその公務を、数日で全部やれって言うんなら、アイナを働かせすぎじゃない? 休む暇、寝る暇を充分に与えないなんて労働基準法違反だぜ?
「―――」
アイナに援護射撃だぜ。アイナを働かせすぎじゃない? じぃっ―――、俺はアイナの傍らに立つアターシャに訴えかけるように、―――そんな視線でアターシャを見つめてみた。