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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第九ノ巻
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第九十五話 目玉焼きは卵の味

 この丸いパンの見た目の、コッペパンのような色合いに引きずられてたよ、この丸いパンの食感。白いふわふわっ、とした中身というよりは、―――なんだろ、この丸いパンは。どちらかと言えばピザの生地、もしくはナンに似たすこしコシのある歯ごたえがある食感だ。



第九十五話 目玉焼きは卵の味


 ふわふわっ、とした軽い食感じゃなくて、表面はカリっ、さくっ。中身はすこしだけ、いつも平日の朝に食べていたふわっとした食パンと違ってて、中身はきゅっと詰まったコシのある歯ごたえだよ、このパン。

 それに、すぅ~♪っ、っと鼻を近づけて吸い込めば、この焼けた小麦の香ばしいいいにおい。よく食べていた菓子パンや食パンよりもずっと香りがいいんじゃないか?

「―――」

 ちょんちょんっ、俺はちぎったパン一切れを、その紫色のマナ=アフィーナというジャムにつけ―――、あっそういえばアスミナさんにこのマナ=アフィーナのジャムの香りを味わえってさっき言われたっけ。

 くんくんっ―――、俺はジャムをつけたパンを口に入れる前に、それを鼻に近づけた。気取ったふりをして、紅茶やコーヒーの匂いを嗅ぐように、顔を左右に二、三度振る。あ、そういえばこの異世界イニーフィネってコーヒーってあるのかな?紅茶に似たチャイはあったけど。

「、、、」

 なんだろうなぁ・・・。このマナ=アフィーナのジャムはほんのりと甘い香りだ。別に俺的には嫌じゃない匂いだ。

 けどなんだろうな・・・この匂い。こんな甘い匂い俺は一度も嗅いだことないや。道端によく植わっている金木犀の甘い匂いとも違うし、チョコレートやカカオの甘い匂いとも違う。爽やかな柑橘系の匂いでもない。でも、きつくて鼻が曲がるようなとてつもなく甘い臭いというものでもない。ん~、、、まぁ、いいや。ぱくっ

「っ」

 ん!? 味は、、、とても知っているぞ、俺この味。俺がジャムの中で一番好きなブルーベリージャムによく似ているじゃねぇか。

「~♪」

 ちぎりっ、ぱくぱくっ、っと俺は。そしてときおり、アイナがさっき言っていたサメのスープが入った深みのある皿を手に取って、くくっと傾ける。とろみのついた、アイナが言っていたサメのスープもとても美味い。

 ごくりっ・・・そ、そうだよ。こいつを忘れていたぜっ。アイナに見せてもらったトカゲ鳥なる生きた始祖鳥の写真の。

「・・・・・・」

 そいつの卵の目玉焼き!! 俺ってすごいんじゃないか?初めて始祖鳥の卵の目玉焼きを食べた地球人になるんじゃね?

 ―――つぷっ。箸の先が黄色いその黄味の表面を裂いて通ってしまう。その箸はもちろんアターシャが日之民の俺にと用意してくれた二本の箸だ。

「!!」

 でろっ・・・、やべっ黄身ごとそのまま持ち上げるように食べようと思っていたのに、ミスったぜ!!半熟の黄身が漏れ出しちまった・・・っ。

 始祖鳥の目玉焼きが入っていたパン皿よりも少し小さくてやや底が深い皿が黄色に染まる。ほんとにふつうの、誰もが食べたことのあるニワトリの卵の目玉焼きの半熟卵のような塩梅だ。

「そういえばケンタは目玉焼きには、なにもかけないのですか?」

 その声の主に俺は視線を向けた。

「アイナ?」

 アイナはもうすでに食べ終わっているみたいで、なんて言えばいいのかな? 俺にはアイナのその様子が優雅に見えて、アイナはその白いティーカップをコトッと円卓の上に置く。食後の紅茶っていったところかな、アイナ。

「はい。その目玉焼きに例えばお塩や香草など」

「・・・」

 目玉焼きにつけるものか。そういえば俺は目玉焼きにはあんまり、なにか決まった調味料をかけるなんてあんま意識したことはないかもな。そういえば父さんは塩、母さんはマヨネーズだったかな? 俺も父さんや母さんに、目玉焼きの横についてあるような温野菜ついでにマヨネーズを勧められたときにはそれをかけることもある。でも、卵かけごはんのとき俺は醤油だ。

 よしっここはちょっと冗談っぽくかっこつけていこう。箸を持った右手と反対側の左手で、俺はその左手を前に出す。左手を顔の前に翳して顔半分を覆う。指と指の間の半影からはアイナのそのきょとんとした顔が見える。

「あぁ。俺は卵本来の味を楽しむ派なんでね・・・っ」

 なんて、アイナに冗談交じりで、俺は。

「―――っ」

 はぁっ―――、アイナは驚いたように少し目を見開いたんだ。

「・・・え?」

 もしや、俺の戯言を真に受けていらっしゃる?アイナさん。はぁっ、なんていう息を呑んだようなアイナの声なき声が俺の耳に聴こえたんだ。

「わ―――」

「??」

 アイナ?どした『わ』なんて?

「わ、私の負けです・・・っ」

 アイナは凛とした声を、引き絞るように。

「え?」

 アイナ、負けってどういうこと? 俺達ってなんか勝負してたっけ?してないよな?

「私の負けですっ従姉さん・・・くっ」

 アターシャと、か。くっ、っなんてそんな悔しそうにアイナってば。でもアイナのその、ちょっとわざとらしく『くっ』なんて言ったところと、その仕草がかわいい。・・・なんてな。今更ながらにアイナの口から出た『従姉さん』ってアターシャのことだよな。

「え?アターシャ?」

 それから俺は振り返って後方に佇んでいる、アターシャを見た。

「厳密に言えば、私の勝利でもありませんよ、アイナ様」

 そのアターシャのその顔によろこびとか、やったぜ、なんていう感情は見えないよ?アターシャの内心はどうか解らないけど。

「まぁ・・・そうですね、アターシャ。ケンタは目玉焼きに『なにも』かけなかったのですから」

「はい、アイナ様」

 いまいちアイナとアターシャ、その二人の話が見えないな。

「二人ともどういうこと?」

「じ、実はケンタ・・・怒らないでくださいね」

 怒らないでくださいね? いやいや、俺がアイナを怒るなんてこと絶対ないからっ!!

「え?あ、うん」

「貴方がその目玉焼きを食べるときに、ケンタがどの調味料をかけて食べるのかを、従姉さんと予想し合っていたのです」

「へぇ・・・」

 俺が目玉焼きを食べるときにかけるもの?その予想になんの意味があるんだろう、二人とも。

「ケンタ様。アイナ様は、ケンタ様が『醤油』という調味料をその目玉焼きにかけるであろう、とそう思われました」

 俺はふたたびアターシャに振り返る。

「う、うん?」

 俺が醤油だって? 俺は目玉焼きには醤油はかけないけど、確かに醤油はいろいろと味付けには使うか。

 目玉焼きに全員が醤油ってわけじゃないけど、塩派の人だっているだろうし、マヨネーズ派とか、ハーブソルトの人だっているだろうけど。かちゃっと俺は箸を目玉焼きが盛られていた白磁の皿の上に揃えて置いた。始祖鳥の卵はコクがあって濃厚でとてもおいしかったです。ごちそうさまでした、俺は口には出さずに両手をそっと胸の前に合わせておいた。

 すると、アターシャは一歩踏み出し、俺の席へとやってくる。

「失礼いたします、ケンタ様」

 ぱっぱとアターシャは手際がいい。あ、邪魔になるかも、俺っ。

「あ、うん。ありがとう、アターシャ」

 俺は反射的に胸を仰け反らす。これでアターシャが、俺が食べ終え空になったお皿を持っていきやすいようになったかな?

 アターシャは空になったいくつかのお皿を手際よく手に取って下がっていく。俺はアイナに―――

「なぁ、アイナ」

 アイナは口に付けていた白磁のティーカップを卓上に下しつつ―――、

「ケンタ?」

 その仕草がとても優雅だ。

「なんで・・・、あ、いやアイナがその、俺が目玉焼きに醤油ってなんでそう思ったのかなぁ、なんてさ?」

 醤油は日本の、、、日之国の食べ物だよな。ここはイニーフィネ皇国だろ? アイナはコトッと卓上にその白磁のティーカップを置く。

「えぇ・・・実はケンタ貴方の祖父であるゲンゾウ師匠はいつも―――、いえ、私が見ているのは剣術の御指導を乞いに赴くときだけですが―――、」

「―――・・・」

 アイナのやつ、ずっと祖父ちゃんのとこにいる・・・ううん住み込みじゃないのかな。

「―――ゲンゾウ師匠の食卓にはいつも醤油という褐色の液体調味料が用意されているので、てっきりゲンゾウ師匠の孫であるケンタも醤油を嗜むのかな、とそう思いまして・・・」

 言葉の最後のほうでは、すこしだけ自信なさそうにアイナは俺にそう言って。そっか―――、、、そういうわけだったんだな、アイナが醤油を知っていたのは。

 でも、それよりも、だよ。

「祖父ちゃん・・・」

 祖父ちゃんだよ。なんでもかんでも、なんにでも醤油をかけて食べるところはちっとも変わってないな、俺の祖父ちゃん・・・。塩分を摂りすぎてんじゃないだろうな、ちょっと心配だよ、心配になってきたよ、俺・・・―――。俺が小さい頃、うっすらと覚えてる気がする。父さんはいつも祖父ちゃんに、『醤油をあんまかけないでよ、親父』って―――、その父さんの言葉に祖父ちゃんは『わかっとる、わかっとる』なんて、めんどくさそうに。それで、醤油の量を減らしてくれたのかは、俺は小さくて覚えていないけど、さ。

「祖父ちゃん・・・、、、大丈夫かなぁ」

 祖父ちゃんに、もう一度―――会いたい。会って、俺は話をして、どうやってこの世界に来たとか・・・、それから祖父ちゃんに手合せしてもらいたい。俺も成長したよ、ってさ。

「ケンタ―――」

 ん? ふぅっ、っとそのアイナの声に俺は顔を上げる。

「アイナ?」

 声の主のアイナを見れば、アイナはじぃっと俺を見つめてて・・・? なんでそんな遠いところを見るような目で俺を見ているんだろう。

「どした、アイナ?」

 だから俺はもう一度アイナに訊いてみたというわけだ―――。

「あ、いえっ」

 アイナに訊き返すように言えば、アイナはその遠いところを見るように俺を見つめる眼差しをやめて、いつもの表情に戻った。

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