第九十四話 マナ=アフィーナという果物のジャム
「―――、このような状態の手の平に、十数個から数十個ほどの紫色の柔らかい『マナ=アフィーナ』の果実を載せることができますよ、ケンタ様」
「へぇ―――」
柔らかい果実ってアターシャは言ってるし、キイチゴがブドウみたいな果物なのかな?その『マナ=アフィーナ』っていう果物って。
「ちなみですが、ケンタ様―――」
おっ、まだ少しアターシャの話が続くみたい。
第九十四話 マナ=アフィーナという果物のジャム
「っ」
ごくりっ、『マナ=アフィーナ』が棘桃みたいなモンスタープラントじゃないことを祈るぞ、俺は。
「『マナ=アフィーナ』の果実はイルシオン国内では広く流通していまして、イルシオンでは主に生で食されているのですが、収穫時に時間が経ってしまいますと氣が抜けてしまいます」
??今アターシャ―――
「ん?」
気が抜けて・・・って言ったよな? 気が抜けて?俺の聞き違いか?
「氣の抜けた果実はこうしてコンフィテューラに加工―――」
気の抜けたって!?
「っ」
やっぱ俺の聞き違いじゃないぞ・・・!!アターシャは確かに『気の抜けた』ってもう一回言ったぞっ。まさか、そのマナ=アフィーナの実が炭酸飲料じゃあるまいし・・・!! しゅわしゅわって炭酸ガスが出る果物なんて聞いたことないよ、俺!?
「ご、ごめん、アターシャ。ちょっと待って!!」
アターシャは、、、
「ケンタ様・・・?」
アターシャは厭そうな顔はしていない。でも、俺が説明を止めたことを疑問に思ったようなそんなふうに見える。
「あ、いやそういうことじゃなくて―――『気の抜けた果実』ってどういうことなのかなって思ってさ。炭酸ガス?」
「・・・、」
アターシャは一度黙す。それからややっと口を開く。
「なるほど。ケンタ様、私の説明不足でございました。申し訳ありません」
「ちょっ―――」
アターシャは重ねた両手をお腹の上に置いて、腰を折り、俺に向かって深々と頭を下げる。あ、いやそこまで頭を下げなくてもいいんだけど・・・。
「―――アターシャ・・・?」
アターシャが深々と頭を下げても、その赤髪の上に乗っているブリムは食堂の床の上に落ちることはない。不思議だ。
「―――」
すぅっ、っと―――やや経ってから、アターシャはその腰を元の位置に戻す。
「ケンタ様『マナ=アフィーナ』という樹木は元々イルシオンの民が、この私達の世界惑星イニーフィネに到来してきたときに、携えていた樹木と云われております。その『マナ=アフィーナ』という樹木でございますが、それは『氣』すなわち大地のアニムス、大気中のアニムスいわゆるイルシオンの民が『マナ』と呼称するアニムスを樹内に取り込み、特にその果実にアニムスを溜めこむ性質があります。マナ=アフィーナは大地に流れるアニムスや大気中のアニムスを取り込みながら生長する植物なのです」
へぇ、そんな植物がこの異世界には生えているんだ・・・。炭酸とかアルコールのことをいう『気の抜けた』の『気』じゃなくて『氣』か。
「へぇ・・・、そんな植物が―――」
―――あるんだ、この世界イニーフィネには。ちょっと不思議だ。あ、でも、俺達人間もアニムスを消費して異能が使えるもんな・・・、人以外でそんなのがいたって不思議じゃないか。
「ケンタ」
俺の名を呼ぶ声の主はアイナだ。だから、俺はアターシャから視線を外して今度はアイナにその視線を移す。
「アイナ?」
「えぇ、魔法王国イルシオンではそのような植物のことを魔法植物と呼んでいるみたいですね」
「はい、アイナ様の言うとおりです。イルシオンの民は採り立ての新鮮な『マナ=アフィーナ』の果実を生で食すことで、マナを効率よく補給すると聞き及んだことがあります」
なまでまな・・・なんて。えっ?えってなってしまいそう。
「―――」
マナ・・・ってえっと、アニムスのことだったよな。アニムスをイルシオン人は『マナ』って呼ぶってアイナも前に言ってたから。するとあれか、『マナ=アフィーナ』ってイルシオンの人達にしたら、エナジードリンクかサプリメントのようなものなのかな? そのマナ=アフィーナの氣の抜けた果実から作ったジャムが今俺の目の前にある、この紫のジャムがそれか。
マナ=アフィーナのジャムのガラス器に手を伸ばす。俺は自分の手元にその紫色のジャムを持ってきて―――、ふ~ん、これが。しげしげ―――、
「・・・」
俺はアターシャが取ってくれたその『マナ=アフィーナ』の紫色のジャムが入ったガラス器をしげしげと見つめる。光がわずかに通るそのジャムはブルーベリージャムのように、小さなつぶつぶが見える。
「婿殿」
「っ。あ、はいアスミナさん」
俺はジャムを見つめるのをやめて、俺を呼んだアスミナさんに視線を移す。
「『マナ=アフィーナ』はその産地においても味や香りに特色がありましてね、例えばイルシオン国内の、デスピナ候領産のものは甘味が強いとか、レギーナ候領産のものは仄かな酸味があるなど―――」
「・・・」
そういえば、紅茶やコーヒー豆の産地の違いとかでもそういうのを聞いたことがあるな・・・、それと同じものかな。ここ、この世界イニーフィネでも。
「さきほどアターシャちゃんが言ったように―――我がルストロ=イニーフィネ家では、特に香りが秀でるシャーナ候領産の『マナ=アフィーナ』を取り寄せておりますわ。どうぞ、まずは食べる前に、その果実の匂いを嗅いでからその味を味わってくださいましね?」
まずは香りか。そういえば、あの紅茶に似たチャイという飲み物も、みんな口をつける前にまず匂いをすんすんって嗅いでいたよな。ここイニーフィネでは食事のときに匂い、香りというのも重要なことなのかもな。
「はい、解りました。ありがとうございますっ、アスミナさん」
にこりっ、っと、俺の返答にアスミナさんは余裕をもった笑みをうかべる。
「えぇ」
「―――」
ぱかっ、っと・・・そして、俺はガラス器の透明なガラスの蓋の摘まみを回すように開けると、それを摘まんで持ち上げた。今、ガラス器を鼻元にもっていって匂いを嗅がないよな?鼻を直接なんてきたないもんな。
俺はジャムのガラス器についてある小さな銀色のスプーンでジャムを掬い取り―――、おっ?俺が食べたことのある市販されているジャムとあまり変わらない感触だ。柔らかい。そして、そのジャムの表面にはうっすらと蜜のようなシロップのような、紫色の透明な液体が沁み出してジャムの表面に浮かんでいるんだ。
「・・・」
俺が銀色のスプーンで掬い取る前はこのマナ=アフィーナのジャムは新品でまだ誰も食べていなかったみたいで、まるで静かな凪の湖の水面のようだ。
俺は銀色の小さなスプーンで掬い取った紫色のジャムを・・・、そういえばアイナもアスミナさんも丸いパンの真ん中の窪みに置いていたな。アイナはマーマレードジャムを、アスミナさんはバターをパンの窪みの中に。
「・・・」
俺もそうしよう。俺はパンの真ん中の窪みにマナ=アフィーナの紫色のジャムを落とした。
「っ」
よしっ、俺は右手でパンを掴み―――、おっとっパンを水平にしないと、パンの窪みからジャムがこぼれちまうっ―――、いつも丸い菓子パンやチェーン店のハンバーガーをそうして食べているようにがぶりっと―――、
「―――」
ふっ、っとアスミナさんの口元が緩む。
「ぁ・・・」
そんな、自身のパンを一つまみ右手で掴んで、上品に口元に運ぼうとしていたアスミナさんと俺の視線が合ったんだ。アスミナさんの口元の笑みは、俺をバカにしたような嘲みじゃなくて、ふふっ、っというあたたかい笑みだ。
っ、、、アスミナさんの手元に滑らすように、俺の視線がすぅっと降りる。あ、もうパンがなくなってる、アスミナさんの皿の上だ。そっか。
ぱくっ、っとそんなアスミナさんが最後のパンの一切れを自身の口の中に上品に・・・、しかも最後のパンの一切れだって、一口サイズだよな・・・。
じぃ・・・。俺は手に持った丸いパンと、そのアスミナさんの様子を見比べて―――
「―――、・・・」
ううん、ちょっと待て、、、それは、丸いパンを丸かじりするのは、このイニーフィネの宮廷のマナーじゃないかも・・・、、、。俺はアイナとお付き合いすると決めたんだ。だったら―――。
「―――」
アイナはこの異世界イニーフィネ皇国のお姫さまだ。将来きっと、、、俺もこの世界の公的な場に立つときが絶対くると思うんだ。自分のことばかりじゃなくて、、、アイナの立場も考えろよ、俺。俺がそんな礼儀知らずだと、アイナにも迷惑がかかるだろうよ。
アイナにもアターシャにも、別に食事作法についてはなにも言われては、言われたことはないけれど、、、けど―――・・・今この場で、そんな感じにパンをかぶりついて食べるのは止めておいて、、、俺は。
上品に、―――アイナもアスミナさんもパンをちぎりながら、真ん中の窪みに置かれたジャムやバターにちょんちょんとパンを浸けて食べてたよな。俺がこの宮廷の食事作法を覚える第一歩だ。俺もアイナやアスミナさんのその上品な食べ方でパンを食べてみるか!!
俺は右手で掴んでいたパンを丸いパン皿の上に戻す。
「、、、」
俺は左手でパン生地を押さえ、右手で丸いパンの端をそっとちぎる。ピザをちぎりながら、それを口に運ぶのと同じ要領だ。まずはジャムをつけずにパンの味だな。それを味わおう。
ぱくっ。おっ、見た目に反して・・・えっとこの丸いパンの外側はコッペパンと同じようなこんがり焼けたあのパン色なんだけど。
めちゃくちゃ意外だよ。
「・・・」
この丸いパンの見た目の、コッペパンのような色合いに引きずられてたよ、この丸いパンの食感。白いふわふわっ、とした中身というよりは、―――なんだろ、この丸いパンは。どちらかと言えばピザの生地、もしくはナンに似たすこしコシのある歯ごたえがある食感だ。