第九十二話 俺と彼女と電話とジャム
その上下二段の二つのアイコン画像・・・。上の『アニマ』と表示されているほうのアイコン画像は同心円状に、『-』がぐるっと並んだ、ちょっと晴れ☀マークに近いかもしれない。下の『電気』のアイコン画像は充電中に現れるいつもの『雷』の表示だ。
スライドで『アニマ』のアイコンはオンになっていて、片一方の『電気』のアイコンはオフになっている。
まさか・・・これって―――
第九十二話 俺と彼女と電話とジャム
「これを見れば分かると思いますが、ケンタの電話は『アニマ仕様』になっていますよね?」
アニマ仕様ってなに?
「その、、、『アニマ仕様』って?アイナ」
アイナが言った『アニマ仕様』。アイナはなんとなしにふつうに、なんとなしに言ったように俺には聞こえたんだけど、俺にとっては聞いたことのない言葉だよ、『アニマ仕様』って。だから、俺はアイナにオウム返しのように訊き返した。
「えぇっとですね、ケンタ。話せば少々ながくなるのですが―――」
アイナ自身は、話は長くなると言ったけど、俺の感覚じゃあアイナの説明はほんの数分ぐらいものだった。
「へぇ・・・、つまり今の俺のこの電話は『電気』じゃなくて『アニムス』で動いているってことか」
「えぇ、ケンタそのとおりです」
「―――」
すげぇ、技術じゃねぇか。このイニーフィネ皇国。
機械を動かすのが、『電気』だけじゃないなんてっ。まさか、この―――、俺は両手を出し、ぱぁの要領で手の平を開く。じぃっ、っと俺は開いた両手を見つめる。
「・・・っ」
俺は自分のアニムスでこの『選眼』という異能を発動する、した―――。そのアニムスを用いて機械を起動させ、駆動させる技術―――。日本ううん地球上どこにもない高度な魔法科学力だよ!! これがイニーフィネ皇国の技術力―――っ。ほんとにまじですげぇや・・・っ!!
ううん、ほんとは心の中でうっすらと予想はついていた、アイナが言った『アニマ仕様』と『電気仕様』―――その言葉を聞いただけで、俺。
アイナが昨日―――
『高度な『科学力』を組み合わせ電気とアニムスで駆る神機をも手に入れたのだ』
この食堂でイニーフィネ皇国の歴史を俺に語ってくれたときに言っていたし―――、、、それに魁斗だって、あの隧道で―――
『この灯りはあれだよ、僕のアニムスを―――そのなんて言ったらいいのかな。アニムスを燃料にして明かりに変換する照明器具だよ。イニーフィネ皇国の魔法科学力と日之国日夲の技術を合わせて造られた照明器具って言った方がいいかな』
「っ」
―――てさ、・・・あいつは、、、俺の旧友だった結城 魁斗はそんなことを言っていた。
『あのさ、アイナ。電池がなくなった俺の電話が今使えているのは『アニムス仕様』になっているからだっていうことは解ったよ、俺。じゃあなんで朝になって俺の電話のアニムス残量が完全回復していたんだ?』
その俺のふとした疑問をアイナにぶつけたのが、さっき。
当然の疑問だよな。充電器も充電池もなくて、寝る前に三十パーセントを切っていた俺の電話。もう―――いや、アイナから電話を渡されたときにすでに、俺の電話は『アニマ仕様』になっていたのかもしれない。けど、充電もせずに電池が完全に回復するなんてありえないことと同じように、アニムスを貯める電池のようなものが消耗してるんだ、アニムスを充たす・・・、(それのことを『氣充填』って言うそうだ)・・・氣充填をしていないのに『充填池』が完全に回復しているなんて・・・なんでだろう?
その俺の疑問にもアイナは―――
『この私達イニーフィネ皇国製の電話にはすべからく氣充填機能がついていましてね』
『氣充填機能?』
なんだそれ?
『はい、ケンタ。電話を使っていないときに、大気中のアニムス―――すなわちマナを取り込み、氣充填を自動に行なう機能がついているんですよ』
おうっまじでっ!? 自動充電みたいものか!?
『―――っ』
って、アイナがそうさっき言っていたよ。あと、早く氣充填をしたいときには、『アニマドレイン』にはなってしまうものの、電話を手で握って、『私の氣を』って集中して念じるだけで、自分自身のアニムスで『急速氣充填』ができる機能も搭載されている機種もあるんだそうだ、アイナが言うには。
「っ、―――」
だから、俺の電話の充電池―――ううん『充填池』・・・、『充填池』なんてまだしっくりこねぇや。―――が回復していたんだ。驚きだった。
俺は見つめていた自分の両手を閉じた。
「さ、ケンタ朝食が冷める前に、、、ねっ―――」
すっ、っと俺は顔を上げる、・・・そのアイナの声に誘われて。俺が顔を上げ、立っていたアイナと目が合う。
にこりっ、っとアイナ。アイナ・・・っ。
「っ」
その笑顔好きだ、俺。
「―――私のおすすめはその温かいスープです。おいしいですよ、そのサメのスープ♪」
サメのスープ?
「あ、うんっありがとう」
やっぱふかひれスープなのかな?これ。そういえば、なんかとろみがついていそうな、そんな感じだ。俺は、上げていた顔を下げ、ふたたび自分の前に置かれた中くらいの深みのあるお皿を見たんだ。
その俺の様子を見たアイナはふぅっと踵を返し、俺の対面の席に、しゃなりしゃなりと優雅な足取りで戻っていく。
「アイナ様、お席を―――」
アターシャが、そんなアイナに近づこうとしたときだ。きっとアターシャは、アイナの椅子を引こうとしたんだと思う。でも、
「いえ」
アイナはやんわりとアターシャのそれを手振りで断ったんだ。
「かしこまりました、アイナ様」
アターシャはアイナに断わられてもいやな顔一つをすることもなく、お腹の上で両手を重ねて一礼―――、アターシャのそれを見届けたアイナは、ゆるりと自分の席を退き、そこに座った。一方のアターシャも食卓の後方へ、と音もなく歩いていき自身の定位置に戻っていった。
「――――――」
なんかほんとに、、、こんな世界もあるんだなぁ・・・というか、こんな世界と思ったのは、『異世界』という意味でそうこんな世界と思ったわけじゃない。というか、日本の一般家庭で育った俺としては、アターシャのような従者とか使用人とか、専門の料理人とか・・・、高そうな絨毯に、食べ物―――俺の見るもの見たものすべてが初めてで、珍しくて、なんかほんとに高貴な違う世界に入ってしまったみたいだぜ・・・。
「っ」
これぞ、違世界ってか? 違う違うここは地球とは違う『異世界』だよ、ここイニーフィネは。おもしろい。おもしろそうだぜっ。これからの俺の人生―――おれはここイニーフィネという五世界で生きていくんだ、俺は必ず剣士になってやるっ!!
くつくつっ、っと―――、っあっいやっ。笑いを吹き出しそうになったのをできるだけで堪えようと、俺は自分の前に置かれた丸いパンを見つめる。
「ふっ―――」
でもうれしいんだよな、ついつい笑いがさ、その手元のお皿の、この世界の丸いパンを見ながらさ。
「ケンタ?」
俺は丸いパンを見て笑みをこぼしたんじゃないんだ。でも、アイナはそう見えなかったっぽい。ふっ、っと俺は視線を上げ、アイナを見る。
「アイナ」
さっきも思ったことだけど、その丸いパンはきつね色で、日本のアンパンと同じような円形だけど、真ん中は窪んでいるんだ。なんていったらいいんだろ? ドーナツの真ん中の穴の代わりにそこが凹んでいるような・・・。でもドーナツの生地のようにぎしっと詰まっているような感じでもない・・・。
俺の目の前のアイナはそんな丸いパンのおかわりをしていたみたいで、だってさっきはその丸いパンをちぎりながら食べていたから。でも、今のアイナの目の前にあるお皿の上には、新しいちぎられたところもない丸いパンがある。
アイナの丸いパンのその真ん中の窪みには、まるでマーマレードジャムのような、光を反射してきらきらしたオレンジ色のマーマレードジャムだよな、それ? マーマレードジャムに見えるオレンジ色のそれが、アイナの丸いパンの凹んだ真ん中に置かれていたんだ。
「そのパンの窪みにジャムを入れるのか?」
「じゃむ、、、―――ですか・・・?」
でも、俺の、『ジャムを入れるのか?』の言葉にアイナは少し首を傾げて―――、
「・・・っ」
―――きょとんっと。あれ?アイナはジャムって知らない?
「―――え、えぇっと、ほらジャムってあれだよアイナ。果物を砂糖や蜂蜜と一緒に煮詰めて作る甘い食べ物。ほら、今アイナがパンの真ん中に載せて、食べているやつ」
「あ、あぁ―――」
アイナは『あぁ』っと、俺のジャムの説明で合点がいったみたい。
「―――コンフィテューラのことですか、ケンタ」
「コンフィテューラって?」
コンフィテューラ?
「えぇ、ケンタが先ほど言った『果物を蜜と一緒に煮詰めて作る甘い食べ物』のことです」
「ジャムな」
「はい。ケンタの生まれ育った『日本』という世界では、コンフィテューラのことをジャムというのですね」
「まぁな」
アイナは頬を綻ばせて、無邪気に笑う。
「ふふっ♪」
だから、俺はそんなアイナに―――
「どした、アイナ?」
って興味が湧いたんだよ。
「ジャムというのですか、コンフィテューラのこと♪」
アイナ?なんでそんなに嬉しそうに?? どうしたんだろう、アイナ。
「??」
「ふふっケンタ―――」
満足そうな、そんな表情とその眼差しのアイナだ。
「・・・?」
「私達の間に横たわる『異世界の壁』など取るに足らないものだと、そう確信したのです」
「食べ物だけ、だけどな」
パンに塗る食品の名前の違いだけだけど、それ。昨日の夕食のアンモナイトもゾウリジャコも、、、見た目俺にとってはかなりの衝撃だったけど。味はおいしかった。
「え、えぇ、解っていますよ、ケンタ。高々、異世界における食文化の違いを理解し合っただけです・・・、私達」
でも、食べ物って大事だし。アイナにそう言われてなんか俺もうれしい。