第九十話 よかった、俺がよく知っているごはんで
「お待たせ致しました、奥方様」
給仕服を着たメイドさんが、先ずはアスミナさんの席にいくつかの料理が盛られたお皿を置いていく。
第九十話 よかった、俺がよく知っているごはんで
「アイナ様、お待たせ致しました」
「いいえ、アターシャ」
お? 俺の向かいのアイナの席にはアターシャが、その手押し台車の上に乗せられたお皿をアイナの席へとことこととわずかな音を立てながら置いていく。
「従姉さんも一緒に朝食を食べませんか?」
「っ、アイナ様。このアターシャその申し出を大変嬉しく思います」
「・・・」
いやいやっ顔が笑ってないからっアターシャ。嬉しく思うと言うわりにアターシャの顔には、その表情には『うれしい』なんて言う感情が微塵も出ていないんだよな。
「でしたら、一緒に食べましょう、従姉さん?」
「私は貴女様の従者でございます。従者は主とは一緒に食卓を囲いません」
「ちぇ、従姉さんのいけず」
「申し訳ありません、アイナ様」
アイナの席に一通りの料理を並べたアターシャは両手をお腹の上にぺこりっと、きれいな動作で腰を折って下がっていった。
「―――」
アイナとアターシャのこのやり取りって昨日も見たよな・・・。なんか板についている様子だし、この食べる食べないのこのやり取りっていつも普段からやっていることなのかな。
「しっ失礼致します、ケンタ様っ」
!! あ、いつの間に俺のところにもメイドさんがきたっ。
「あ、うん。ありがとう」
俺がそんなアイナとアターシャのやり取りを観ている間に、メイドさんの一人が俺の席にもアイナやアスミナさんと同じようなお皿を置いていく。そのメイドさんは被せがしてあるいくつかのお皿を俺の前に置き終えると、俺にぺこりと一礼すると少し慌てたように、ささっと足早に下がっていく。・・・、俺、ひょっとしてあのメイドさんに避けられてるのかな?
「―――、・・・」
しかも噛みそうになって。あのメイドさん俺の名前を焦りながら『しっ失礼致しました、健太様っ』って言ったぞ・・・。もうみんな少なくともこの屋敷の人達は俺のことを知っているのかもな・・・。嬉しくない?ううん違う、じゃあ嬉しい?それもちょっと違うような複雑な気分だ。だってあのさっきの給仕の子もそうだけど、みんな俺のことを、昨日アイナやアターシャも言っていたように、みんなが俺のことを『剱聖』とか『剱王』とかって思っていそうで、さ。
このイニーフィネのみんな、人々はめちゃくちゃ強くてやばい奴らの集団『イデアル』なんていう組織に入っている魁斗のことを、とんでもなく強くて黯い氣を纏う規格外の強さで、二つ名は『黯き天王カイト』って、そんな感じにあいつを呼んでるみたいだし、、、。
「・・・・・・っ」
でも、あの魁斗だぜ? 俺が知る魁斗は、いつも敦司や俺のあとをついてくるような、そんなおとなしいやつでさ。そんな幼馴染が『黯き天王カイト』って・・・この五世界ではそう呼ばれてて―――。俺は確かに『黯き天王カイト』・・・いや、魁斗に勝ったよ?でもそれは俺から見れば、魁斗とやり合ったのは、ただの幼馴染同士の意見の相違のけんかの延長みたいな心情でさ。ほら、誰だって一回ぐらいはないか? 親友、もしくは仲のいい友達との全力のけんか。別に子どもの頃によくした取っ組み合いとかじゃなくてもいい、おおきくなってからの意見の相違の口喧嘩、言い合い―――そんなものだよ、俺の認識ではな。
そんな『とんでもなく強くて黯い氣を纏う規格外の強さの奴』=魁斗を倒した俺も、、、そういうふうにめちゃくちゃ強くて規格外な奴、、、例えば『剱聖』にでも見られているのかなぁ・・・、俺。だとしたら、なんか、複雑な気分になるよ。ちょっとプレッシャーみたいなを感じるし。だって―――、
「―――」
―――俺はまだまだ、『剱聖』なんて、そんな域には達していないから。ただ、学生の都道府県対抗剣術大会の代表チームの一人に選ばれるのが『やっと』の程度の、な。それを俺が昨日アイナとアターシャに話しても・・・、二人がそれを信じてくれる様子を俺はあんま感じなかったし―――。二人の期待を、ううん、それだけじゃない。この俺に良くしてくれるイニーフィネの人々の期待を裏切ってしまうのが、正直言えば・・・こわいよ、俺。
「―――ッ」
だったら―――俺がそうならないためには―――、アイナやアターシャ、みんなをがっかりさせないために俺がする・・・ううん、しないといけないことは―――っ。
「ッツ」
ッ―――強くなりてぇ・・・もっと―――俺はっ!! 祖父ちゃん・・・ッ!!
「っ」
ぐっ、っと俺は拳を―――円卓の下で、みんなの視線から見えないところで俺は、二つの拳を握り締めた。
「・・・」
んっ、いい匂いだ。そんなとき、鼻をくすぐるそんないい匂いがしてきたんだよ。その匂いにつられて真正面と左を見れば、アイナとアスミナさんだ。さっそく二人はお皿の金属の被せを取って、だからこの朝ご飯のいい匂いが漂ってきたんだ。
「っ」
くんくんっ、小麦の焼けた香ばしいいい匂い・・・、なんか焼きたてのパンのほわほわするいい匂いだ。じゅるりっ、おっと口の中から唾液がっ。
「・・・・・・」
俺は難しいことを考えるのはやめて手元に視線を移した。さっきのメイドさんが持ってきてくれた金属の被せがしてある白磁のお皿が三つある。一番大きいお皿はパン皿のように浅く広いお皿だ。それが俺の胸のすぐ前真ん中に置かれてある。次にやや深くて、そう汁ものを入れるようなそんなお皿が一つ。その次のお皿は一番大きなパン皿より広くはないけれど、やっぱり浅いお皿だ。
ぱかっ、っとまずは、胸の前に置かれた一番広くて浅いお皿にしてある銀色の被せを取った。
「っ」
おっ。やっぱパンだ。そのパンはお皿いっぱいの大きさで丸い形だ。色はこんがりきつね色。日本のスーパーとかで売ってあるアンパンのような真ん中にいくにしたがってふっくらと厚くなっていくようなそんなパンの形じゃない。その丸いパンは縁が厚くて、真ん中はへこんでいる。
「―――」
どっちかって言うと形はなんとなく、アンドーナツか・・・そうだなぁ、縁がふっくら厚い丸いピザ生地に似てるかもなぁ、このパン。きつね色の表面はカリッとしていそう。その証拠にこの丸いパンの表面はつやつやした光沢があって、さらに模様っていうのか・・・装飾って言えばいいのかも、それがパンの表面に刻まれている。その模様は外側から真ん中に向かう渦巻き模様で、真ん中の窪んだ部分にはなんか桜か梅の花びらに似た模様がある。
銀色の被せを、まるで鍋の蓋のときと同じように、裏返してそっと横に置く。っと次は、と。次に俺は底がやや深くて、たぶん汁ものかスープが入っていそうなお皿に視線を移す。被せられた銀色を取ればいいんだよな。銀色の被せのつまみをっと。
「おっ」
ぱかっ、っと。やっぱりスープだ。それも俺がよく見たことのあるふつうの色合いのスープ。青とか紫とマゼンタ色の食欲を削ぐような色合いじゃない。銀色の被せを取ってみれば、湯気がうっすらとゆらゆらとゆらめくスープだったんだよ。まるでふかひれスープのような、薄い茶色で鼻をくすぐるいい匂いの、な。
「♪」
次の、あの丸いパンが盛られていた皿より、少し小さいお皿だ。ぱかっ。
「あ、目玉焼き」
周りが白身で真ん中は黄色いほんとに普通の目玉焼きだ。目玉焼きの右側にはパセリかなにかの緑色の香草が置かれている。
よかった、俺がよく知っているごはんで。このお皿に乗っている料理が、もしかしたら三葉虫かグソクムシの姿焼きだったらどうしよう、かと俺、ひそかに内心ではそう思ってたんだよ。アイナには言わなかったけどな。
「えぇ、ケンタ―――」
「アイナ?」
目玉焼きを見ていた俺はアイナに話しかけられて・・・、見ればもうすでにアイナはその丸いパンを手でちぎりながら、
「―――そのトカゲ鳥の卵の目玉焼きってとてもおいしいですよっ、ケンタ」
「―――っ」
ト、トカゲ鳥―――っ。な、なんなんだ、そいつは・・・!! つまりトカゲ、、、だろ?
「それはもうニワトリの目玉焼きよりも、旨みがありましてね、それにとても味が濃いのです、っ」
にこっっなんてアイナ。いや、トカゲ鳥とかいうやつの卵より、ふつーにニワトリの卵の目玉焼きでいいってば・・・っ。
「―――・・・」
アイナからトカゲ鳥と聞いてほわわぁん、っと俺の頭の中に浮かんでいるもの、子ども頃によく捕まえたカナヘビとか、てらてら艶がある名前は知らない茶色のどこにでもいるトカゲ。ちなみに魁斗は捕まえたトカゲの尻尾をちぎるのが好きな奴だったから、よく真に注意されていたっけ。
・・・アイナの言ったトカゲ鳥、、、そんなそいつらって、トカゲに羽が生えてるんだよな? 羽はトンボやセミのような『翅』じゃないよな? ハトやニワトリのような鳥の『羽』でいいんだよな?
「あ、あのさ、アイナ」
おそるおそる・・・俺。
「はい、ケンタ」
「そのトカゲ鳥って、、、その、どんな鳥なんだ?」
「―――?」
きょとん、っとかわいくアイナはやや首をかしげて―――、
「!!」
あぁっ、っと合点がいったように、まるで相槌を打つような表情になったんだよ。アイナは円卓の上の白い布巾を取り、きゅっきゅっと指を拭きふき。次にアイナは首をやや下にして、視線も下へ、そのゆったりとしたロングスカートのポケットから電話を取り出しんだ。
アイナはトカゲ鳥なるそいつを電話で俺に教えてくれるのかもしれないな―――。