第九話 祖父の行方
第九話 祖父の行方
俺が知りたい、アイナに訊いてみたいことは山積みだ。その中で俺は。
「アイナは俺をどこに連れて―――」
俺をどこに連れていくつもりなんだ? と言いかけて俺は、そもそもアイナの俺に対する行動原理そのものから訊いたほうがいい、と思って俺は自分の言葉を一旦止めた。
「―――ううん、ごめん言い方を変えるよ。アイナにとって俺ってなんなんだ? いったいどういう存在だ?」
いや、ひょっとしてアイナは俺のことを・・・って最後まで考えるのを俺はやめた。
「っ!! そ、それをケンタは面と向かって私に言えというのですかっ///・・・。そのっ・・・私に言わせて楽しむつもりなのですね・・・ケンタはっ―――///」
「・・・」
ほらな、なんでそこでアイナは恥ずかしそうに視線を落とし、頬を紅らめるんだ?まるでこの態度は俺を好いているのかなって思わせるような態度で・・・。―――でも、俺はそのことについて訊くに訊けない。さっき『アイナにとって俺ってなんなんだ?』と、言えたところまでが限界だ。最後の言葉―――例えば『アイナって俺のことひょっとして好き?』なんてアイナにこぼしてしまって、もし俺の考えが間違っていたとしたら、ほんとに気まずくなるし、どこまで俺ってやつは自惚れているんだよ、みたいなっ!!
「・・・そのっ―――私は・・・、いえ、・・・やはり」
ややあって徐々に落ち着きを取り戻したように見えるアイナは俺の目の前でおずおずとした態度で口を開き始めた。
「私は幼き日より追っている一人の者がいます。その者は私にとっては仇敵であり―――」
「アイナ・・・?」
そこで、アイナは口を一文字に鎖した。その顔に表す表情はとても苦渋に満ちたもので、悲しみと怒り、そして遣る瀬無さと言ったあらゆる負の感情に満ちたものだ。ひょっとして俺はアイナに訊いてはいけないことを言ってしまったのでは、とそう思ってしまったんだ。
「ケンタ、やはり私は貴方に隠し事はしたくはありません」
「う、うん・・・えっとそれは?」
俺のその言葉はまるで、アイナにとっては俺が話の続きを促したように見えたかもしれない。
「幼き日の私は仇敵を討ち取る剣士を目指し、事実剣士となった私は己自身で決めていたことがあります」
仇敵を討ち取る―――つまり仇討なんてなんか穏やかなことじゃないよな・・・。この国は日本の江戸時代みたいな風習があるんだろうか?
「・・・」
でも、次のアイナの言葉で俺は心底驚くことになるんだ。
「剣士となった私は、祖父母によって決められるような政略的な伴侶よりも、自分の征く道で、真っ当な手段で私に完勝した善き者を伴侶にすると決めていました―――」
「―――へ?」
アイナのその独白を聞いた俺は本当に呆けていたと思う。でも、アイナの口は止まることなく紡がれていく。祖父母によって決められる結婚相手ってつまり許婚ってこと?
「私が剣術の果し合いで完敗した強く善き相手―――それが、貴方コツルギ=ケンタです」
「え、あ、う、うん・・・?伴侶?」
なにこの展開、伴侶っていったいどういうこと?
「はい。そして私に更なる大きな幸運が訪れたのです―――きっとこの幸運は『女神様』から私への贈物かもしれませんね」
女神様からの贈り物って・・・意外とアイナってロマンチストかも。そこでアイナは俺の顔を見ながら、にこりと淡いきれいな笑みを浮かべた。それはまるで、俺に続きを促してほしい、と言うような沈黙だった。
「―――」
だから、俺は。
「幸運?アイナにとってのか?」
「はい。ケンタが私に自身と貴方の祖父の名前を教えてくれたとき―――私は私に勝った貴方の正体を知り―――☆彡」
そこでアイナは自身の言葉を止め、敢えて話すのを止めたというよりもむしろ感極まって言葉が止まってしまった、というものに近いかもしれない、俺がアイナの様子を見た感じでは。
「?」
「―――じっ実を言いますと・・・貴方がコツルギ=ケンタと知ったときの私の心中には喜びが満ち溢れ、まるで心が躍るような気分になったのです。私は話に聞いていた貴方に一度逢ってみたかったのですっ」
「え?」
なんだろう?それアイナってば。すなわち許婚みたいな結婚相手は嫌で、自分に勝った相手を伴侶にすると自分の意志で決めていて、それでアイナにとって、アイナに勝った俺が自動的にアイナの伴侶になり、その『俺』がアイナ自身では大きな幸運だったということ? それと俺に一度逢ってみたかったって? ん?どういうこと?
「アイナって?え?俺とアイナって一度も会ったことはないよな?」
「はい。ケンタと逢うのは今日が初めてです」
「じゃあ、なんで?誰かに俺の話でも聞いたのか? まさか剣術の関係者とか?」
うん、その剣術の関係者っていうのが、一番濃い線かな。やっぱアイナって外国の人っぽいし、ひょっとして剣術の世界大会の関係者と俺の家とかそういう筋かな?
「ケンタ、貴方のことをよく私に話して聞かせてくれたのは、私の刀の師匠であり、ケンタのお祖父さまであるコツルギ=ゲンゾウ殿です」
「―――!!」
アイナの口から出たその『人物』の名を聞いて驚きを通り越し―――俺にとってその人物の名は身体が凍りつくほどの衝撃的なものだった―――
小剱 愿造―――それは、俺が十一歳のとき突然俺の前から姿を消し、失踪してしまった俺の祖父だ―――。
小剱 愿造―――その人は俺の父方の祖父であり、俺の幼き日失踪するまでの俺の小剱流剣術の師だった人だ。
「―――・・・」
その人がちゃんとこの今俺がいるアイナの国で生きていて―――しかも、俺の目の前にいるアイナの師匠・・・だ、と!? 俺や親父、母さん、家族を日本に遺してどこかふらりと、まるで掻き消えるかのように忽然と姿を消した俺の祖父―――。そうして遺されたのは、子どもの頃の『僕』とあのどうしようもないような金の亡者の親戚のおじさんやおばさん達―――。祖父が忽然と、しかも小剱の家宝の刀『一颯』も消え失せていて、親戚連中の矢面に立った俺の父さんと母さん―――俺も、子どもの頃の『僕』も傍で、文句と口撃ばかりの親戚連中と、そんな人達にぺこぺこ頭を下げ続ける俺の両親を見ていて『僕』もとても嫌な気分になったのを、今でも鮮明に思い出せる。
どうしてあんなにも小剱流剣術に直向きだった祖父が、急になんの前触れもなく、家宝の古刀『一颯』と一緒に消え失せ、剣術以外の全てを棄てて、しかも俺を遺し、失踪したのか。どうして、どういった理由で外国に行き、アイナという彼女を弟子に取ったのか、それを、祖父に問いただしたい―――!! ま、まさか弟子にしたアイナを後妻にするつもりだったとか・・・?そんな、まさかな・・・。
「―――・・・」
祖父が失踪した理由、アイナという弟子をとった理由―――どちらにせよ、俺は祖父ちゃんと話をしなければならない、と口を一文字にして、ぎゅっと右拳を握り締めたんだ。
「私の刀の師であるコツルギ=ゲンゾウ殿は孫である貴方のことを―――ケンタ?」
そんな俺を、アイナは喋るのを中断し、怪訝な顔で見つめていたんだ。
「―――あ、うん。なんでもないよ、アイナ」
だから、俺は自身の気持ちをアイナに悟られることのないように、すぐにその一文字に鎖していた口元を緩め、努めて明るく振る舞おうと思う。アイナに祖父へのわだかまりのようなことを喋っても、ううん、俺と祖父の過去を何も知らないであろうアイナに憤懣のような言葉をぶつけるように言うつもりはない。でも、これぐらいは、祖父のことを知っているような口ぶりのアイナには言ってもいいよな?
「それよりアイナ。祖父ちゃんは元気か?」
「はい。それはもう、元気ですよ。ケンタ」
「そっか・・・」
俺は、首を上に向け、この街の青い空を見上げた。
「何を隠そう、貴方に一番に会ってもらいたいのはほかでもない、私の刀の師匠であるコツルギ=ゲンゾウ殿なのですっ」
アイナはとても楽しそうにまぶしい笑顔で、またこれから自身にとって愉しそうなことが起こる予感を、外に滲み出させるような顔をしていた。
「―――」
でも俺はというと、祖父が突然失踪してからというもの、俺は祖父に対して微妙な気持ちを抱いて今まで木刀を握って―――俺は祖父が失踪してから今までの六年間を生きてきた。祖父ちゃんは俺を棄てたのか、小剱の家を棄てたのか、と当時の小学校高学年だった俺は、祖父に棄てられたと思って憎しみすら覚えたんだ。あんな突然消え失せた祖父の教えである小剱流剣術を『僕』は辞めてしまおうと幾度となく思った。でも、父さんに、もし(父さんから見て)『親父』=『祖父』にも止むに止まれぬ事情というやつがあったのかもしれない、と、そう俺は父さんに言われ、心の片隅にその気持ちがくすぶり続けた俺は、剣術を止めなかった。それになにより俺は自分の家の小剱流剣術が大好きだったから、祖父失踪後もただひたすらに俺は木刀を振り続け、いつしか父さんの段位を越えていたんだ。