第八十九話 目覚めた朝
第八十九話 目覚めた朝
ゆすゆす・・・ゆさゆさっ、あぁ、、、誰かが俺の身体を―――ゆさゆさって。
「う、うぅ・・・」
きもちいい、そのゆらゆらな揺れ心地―――、まるでゆりかごのような規則正しい揺れは俺を、・・・また寝なさいって、、、言ってくれてる・・・のかな・・・?
「すぅすぅ・・・―――」
「ンタ、ケンタ―――」
ん? 俺の名前? 俺の名前を呼ぶ優しい声は―――、俺はすっ、っと目を開き―――、
「ァ、アイナ・・・?」
目を開ければ―――アイナが俺のすぐ傍にいた。アイナのその両手は俺のベッドの掛布団の上に置いているみたい。
「おはようございます、ケンタ。朝ですよ」
って、すぅっ、っとアイナは俺の掛け布団から両手を引き、腰を屈めていた体勢からすっと立ち上がる。もう朝か、、、。昨夜というか、日付が変わってたから今日だけど―――電話をずっといじりながら俺寝落ちしたんだっけ。
・・・そっかアイナのやつ、俺を起こしにきてくれたのか。
「―――あ、うん。おはよう、アイナ・・・」
その俺が夜更かししていた所為で―――ふわぁ・・・まだ眠い。でも、起きなきゃ。アイナが起こしにきてくれたんだし・・・、うぅ、眠くて頭がぽーっとして、だから身体が重い―――。
「ふふっ」
いたずらっ気のあるような・・・そんな笑みをアイナは浮かべたよ?どういうこと? 授業をサボタージュで休むことはよくないことだけど、やりましょうか? みたいなそんな感じにも見える。
「?」
「まだ眠いですよね―――?ケンタっ」
「―――っ」
こくりっ、っと俺は半開きの目で肯いた。
「―――では」
すると、すすっとアイナは―――俺が横になっているベッドのふかふかな、それでいて軽い掛布団を捲りあげる。すると、空いた隙間から冷やっとする外気が布団の中に入ってくる。冷やっとするって言っても、ぶるっとするような冬の寒い外気じゃないよ。
「失礼しますね・・・?」
「あ、うん。―――っ」
あれ?なんでアイナ? きしっ、っとベッドが二人分の重みで軋む音。掛布団を少し捲りあげたアイナが、俺のすぐ脇に腰を掛けたからだ。そのアイナの重みでベッドが少し軋む音を俺は横になっている身体で感じ取ったというわけだ。
どうしてアイナは俺のベッドの横に腰を掛けたんだ?
「っ!!」
アイナの姿勢が横に崩れて、彼女の上半身が俺のほうへと・・・っ、それからにゅっと左腕が俺の頸元を越えて―――っ、そして次にアイナの顔が俺の顔に近づくっ///
ま、まさか・・・目覚めの―――。
「―――っしょ」
「?」
へ? アイナは左手で俺の右側の掛布団を掴んで上へと引っ張るように、だから俺の頸元まで掛布団がやってきた。それが終わると再びアイナは身体を元に起こし、今度は掛布団の真ん中を同じように引っ張り上げ、次にアイナはベッドから立ち上がって左側の布団を引っ張り上げる。
アイナは掛布団を俺の頸元まで引っ張り上げてくれると、次に手でさっさっと布団の折り目や皺を伸ばしてくれる。
「・・・・・・っ」
そ、そういうことか―――、変に邪だったのは俺だけか―――っ自分が恥ずかしい。でもアイナはそんな俺の邪な気持ちを知らずに―――ううんっ今の気持ちはアイナには悟られなくないっ(あせあせっ)
ベッドの側に立つアイナ。アイナはにこりと、そんな屈託のない笑顔で上から俺を見下ろす。俺はアイナに見下ろされているんだけど、俺を見つめるアイナのその藍玉のような眼差しは冷たい視線じゃないよ。
「もう一度ゆっくりとおやすみください、ケンタ」
「――――――」
今更ながらにアイナの服装を見れば、昨日の淡い青色のドレス姿じゃなくて、上下で別れた服を着ている。上着は淡い水色で、ボタンが着いていて羽織るような服じゃなくて、ふわっとした上着、って言ったらちょっと違うけど、そんな感じの頭から被って着る長袖の服だ。下衣は落ち着いた色合いで無地の、ゆったりとした裾の長いロングスカートみたいな下衣だ。
アイナの服装を見て―――、そんなことを思っているうちに俺の眠気はもうすっかりと覚めてしまった。くるりとアイナは踵を返し―――返そうとしたところで、俺は。
「待ってアイナ」
って彼女を呼び止めたんだ。
「ケンタ?」
すでに俺から視線を外していたアイナは俺に振り返り、またアイナと目が合う。もう起きよう。横になっていた俺は上体を起こしたんだ―――。
//////
・・・・・・
・・・
俺を起こしに来たアイナと、俺の、いや俺に宛がわれた部屋の扉の外に待っていたアターシャ。洗顔とか、朝うがい歯磨きとか、身支度を終えた俺がその二人に連れられてやってきたのは、昨日アンモナイトを食べたあの食堂だ。
普段、朝起きて身支度を整えたあとはこの食堂に来るだけでいいみたい。道すがらアターシャが俺にそう説明してくれたんだよ。朝食の都合が悪ければ、寝る前に申し出るか、事前に電話で伝えるだけでいいらしい。
「婿殿、昨夜はよく眠れましたか?」
「あ、はいっアスミナさん・・・っ」
アスミナさんに、急に声を掛けられてちょっと焦ったよ。昨日の夕食と同じで、円卓の窓際の席に座るアスミナさんだ。この食堂の出入り口からは一番遠い席だ。
「その、とても寝心地がいい寝台で俺、ぐっすりでしたよ」
俺の席の向かいはアイナで、そのアイナはアスミナさんに急に声を掛けられた俺に視線を向ける。
「そう。それは良かったわ、婿殿」
「えぇ、あっはい」
『えぇ、あっはい』なんて、俺はアスミナさんに適当に相槌を打った。アスミナさんから視線を外し、視線を手元に持ってこれば、昨日にも見た金属製の装飾がされた手洗い鉢と、ナイフとフォークがそれぞれ並べられているよ。
「・・・・・・」
昨日の夕飯と同じようにまさか・・・地球でいう古生物の料理でも出て来るのかな? 海サソリの素揚げに三葉虫のお肉のハンバーグです、とか・・・。もしかして三葉虫だったら―――さすがにその見た目を想像して、、、したらまともに食えるかな、俺。海サソリって毒はないんですかって、訊いちゃいそう、俺・・・。
「ところで婿殿―――」
あせあせっ。なんだろ、アスミナさん?
「は、はい―――っ」
アスミナさんはじぃっと俺を見て、急に話しかけられた俺は咄嗟にアスミナさんを見る。
「なにか苦手な、食べられないような食べ物などはありますか?」
食べられないような食べ物? いや、苦手というか、あまり食べないものはあるけれど、別に食べられないほど苦手な食べ物はないな。普段から食べないような食材を使った料理以外な。
「い、いえ・・・とくにないですかね」
「そう・・・♪」
ぱぁっとアスミナさんの顔がほころぶ。このぱぁっとした笑顔の雰囲気と感じはアイナが同じようにしたときとそっくりだ。
「・・・」
「でも、もし食べられないものがあれば、遠慮なく言ってちょうだいね、婿殿」
「は、はい。そのときは・・・」
こ、これは、、、アスミナさんのこれはもしかして、、、また古生物のアレとか、ゾウリジャコの姿焼きみたいな料理が出てくるってことかな・・・。
ややあって―――。
「皆様がた―――御加減はいかがですか?」
こんこんっ、っとこの食堂の扉を叩く小気味のいい音―――、
「お?」
この声は―――アターシャの声だ。扉越しに、扉の向こうからややくぐもった声で、こんこんと扉を叩いた音のすぐあとに聴こえたこの女の人の声はアターシャの声だった。
円卓に座る俺の対面のアイナの視線も食堂の扉へ、そして、俺の左側、窓側のアスミナさんもアターシャの声に気が付いて、首を扉のほうへ少し伸ばす。
「えぇ、かまわないわ―――アターシャちゃん」
ってアスミナさんは言ったんだ。
「では、失礼いたします」
きぃっとわずかな音を立てて、その扉が開けば昨夜と同じようにアターシャ率いる給仕服集団が、いくつかの手押し台車を押しながら入ってきた。
俺がなんとなしに振り返れば、そこには―――
「―――・・・」
その手押し台車の上には昨夜と同じように金属製の銀色のつるくびのような形をした水差しのようなものや、―――(あれは昨日棘桃のどろっどろっのジュースが入っていた水差しだっ)―――、二つの持ち手が付いたやや底の深いまるで琺瑯鍋のようなぴかぴかの鍋も見える。もう一つ向こうの、あれはパン皿のように底が浅い白磁の皿だな。その上には、金属のボウルを裏返しにしたような被せがしてある・・・。
「・・・・・・」
朝食だ。朝食が運ばれてきたけど、いったいどんな料理なんだろう? このイニーフィネの朝飯はいったいどんなものなんだろうな。食堂に来る途中にアイナに『朝食ってどんな?』なんて訊いてもよかったんだけど、やっぱ自分の目で見てみるのが楽しみだ。見て分からないものだったらアイナに訊いてみるか。
どんな料理が運ばれてくるんだろうな、三葉虫のハンバーグかな? それとも普通の牛肉を使ったメンチカツを挟んだサンドイッチみたいな朝ごはんかな?―――楽しみだ。わくわくっ、メイドさんが押す台車が円卓に近づいてきて、俺はくるりっと後ろに回していた頸を前に戻した。
「お待たせ致しました、奥方様」
給仕服を着たメイドさんが、先ずはアスミナさんの席にいくつかの料理が盛られたお皿を置いていく―――。