第八十八話 追憶の祖父 二
『・・・では健太、もう一度儂の所作をしっかりと見ておれ』
『うん!!』
『まずはこう―――鞘付き木刀を腰に差し、右脚を半歩前に出して腰を落として』
『―――』
祖父ちゃんは腰をおとして。僕の目の前で祖父ちゃんは左の手を木刀に右の手で持ち手を握る。
『っ』
祖父ちゃんの目・・・きつくてちょっとこわいっ。
『小剱流抜刀式・・・刃一閃』
『―――――――――っ///』
でもかっこいいっ///
『どうだ、健太? しっかりと見ておったか?』
『うんッすっげー!! 祖父ちゃんすっげーッ!! これを僕ができたら毎年、決勝で毎回敗けるあいつを倒せるよッ祖父ちゃん!!』
どうしたの?祖父ちゃん。そんなにいきなりこわくなって。祖父ちゃんのその目、目つきだよ。
『浮かれるではない健太よ』
第八十八話 追憶の祖父 二
『・・・祖父ちゃん?』
『見誤るではないぞ、健太よ。刀とは己の私利私欲で使うものではない。人を傷つけ殺すものではないのだ・・・古風かもしれぬが、剣士とは強きを挫き、弱きを助け、護りたいものを護る者。健太よ、よう覚えておきなさい。解ったか?健太よ』
祖父ちゃんが言うこと、ほんとはわからないこともあったよ? たとえば、『強き』はわかるけど、くじきってどう意味なのかな? あとまもりたいものってなに?
『うん・・・わかったよ。祖父ちゃん』
でも、僕は祖父ちゃんのはくりょくがすごすぎてつい、そう返事をしてしまったんだ。
『それを、健太が剣士を目指す限り、儂が言うたことを忘れてはならんぞ、のう健太よ』
『うんっ』
『うむ』
『祖父ちゃん?』
それから、
『――――――』
祖父ちゃんはすっくとその場に立ち上がって、道場のずっと奥を、遠くを見たんだ。なにを見てるんだろ、僕の祖父ちゃん。そこには道場の木の壁しかないのに・・・。
『それを、このお主の祖父が言うたことを忘れてしまったならば、剣士はただの刃鬼と成り果てるのだよ、健太・・・』
『・・・』
じんき?なんだろ? と、当時の十歳の俺には全く、俺の祖父ちゃんが、俺に言ったことは解らなかったんだ・・・。
「―――」
俺はすぅっとまるで時を超えるかのように、俺の周りの景色が揺らぎ移ろいでゆく。その光景はあのときの―――、
『あのっ、僕の祖父ちゃん見ませんでしたかッ?』
いや見てないね、とのその人の答えだ。あぁもう何回それを訊いたのかな。僕は何人もの祖父ちゃんの知り合いの剣術の人に訊きまわってもそれしか返ってこないんだ。
祖父ちゃんは、父さんや僕に他流試合を見に行く、と言って家を朝早くに出たんだよ、それが三日前のことなんだ。
その日は夜になっても祖父ちゃんは家に帰ってこなかった。その試合があった会場の人に、父さんと一緒に行っても、僕の祖父ちゃん小剱 愿造は、その日は試合会場には来なかったって。
『祖父ちゃん? 祖父ちゃん!? どこに行ったんだよッ祖父ちゃんッ!!』
僕は、父さんと一緒に、お巡りさんがいる交番や役所とかに行ったんだよ。それでもね、祖父ちゃんの手がかりはぜんぜんつかめなくて。
父さんが駅に尋ね人のちらしを張らせてもらって、親戚のおじさんが街中や祖父ちゃんが立ち回りそうな場所に行き、祖父ちゃんを捜してた。でも祖父ちゃんは全然見つからなくて。
『祖父ちゃん・・・』
僕はついに、とうとう僕の友達に打ち明けたんだ。
『あのさ・・・美咲、僕の祖父ちゃんが帰ってこないんだ・・・』
僕が話しかけたのは、美咲。神田 美咲っていう僕の幼馴染の一人の女の子だ。そ、その・・・僕がちょっとだけ、ちょっとだけだよ。ちょっと気になる幼馴染だ。その元気なところとか、僕の手を握ってくれるところが好き。美咲には泉美っていう中学生のお姉さんがいるんだ。たまに僕達と遊んでくれるから、僕、泉美ちゃんも好きだよ。
『ねぇ、敦司。健太のおじいちゃんがいなくなったんだって』
『そう、なのか?健太』
敦司はいつもみんなに優しい。でも、ここぞってときにはとても頼りになる僕の親友だよっ。
『うん・・・、僕もう―――祖父ちゃんに会えないのかもしれない』
『そんなこと言わないほうがいいよ、健太』
『真・・・』
この僕と敦司の会話に入ってきた斎藤 真っていうやつは、頭はいいし、とっても真面目なやつなんだ。四角い眼鏡をかけてて、でもいやみなやつじゃないよ。僕の、敦司と同じぐらいに仲がいい友達だ。
『僕も一緒におじいさんを捜すよ、健太』
『い、いいのか?真』
『あぁ』
にこり、とかっこいいよな、真のその笑み。
僕の祖父ちゃんを捜すために幼馴染みんなが手伝ってくれたんだ。
『ごめん、敦司。天音。真。美咲。己理。みんなにも迷惑かけて』
『気にするなよ、健太』
敦司のその気にするなよ、と同じような敦司のあたたかい顔。
『そうだ、健太。僕達六人はみんな仲間じゃないか、敦司が言ったとおり気にしないでくれ』
勉強があって僕は、といつも遊ぶときはしぶしぶの真だけど・・・、今は違う。ありがとう真。真も僕の一番の友達だよ。敦司もそうだけど。
『健太のおじいちゃんが見つかったらみんなで打ち上げだーっにゃははは』
美咲。あいかわらずだ。笑うと、なんかかわいい、美咲。
『あ、ありがと・・・な、、、美咲』
他にも、己理も天音も、六人の幼馴染みんなが返してくれた暖かい言葉が僕の身に沁みたんだ。でも幼馴染六人みんなで、祖父ちゃんを捜しても結局、祖父ちゃんは見つからなくて、何日待っても何カ月待っても一年待っても祖父ちゃんが家に帰ってくることはなかったんだ。
しまいには親戚達まで。
『親父・・・いや、健太くんきみのお祖父さんがきっと小剱家の刀を持ち出したんだよ、健太くん。きみは怒ってもいいんだ。そうだ、健太くんきみはしばらくこの実家を離れたほうがいい。きみは一人っ子だろう? うちには娘達がいるし、にぎやかだよ?』
『え?えっと・・・』
『うん、そうそうきみのご両親には話をしてあるから、うちに来たいときにはすぐに僕叔父さんに言ってくれるかい、健太くん』
これを言ってきたのは父さんの弟、僕の叔父さんだ。
『そうだ健太くん。もっといいとこの道場をこの私が紹介してあげよう』
僕が道場で独りぽつんとしているときに、これを僕に言ってきたのは、なんか祖父ちゃんの妹のだんなさんらしい。その人とか。
『~~~』
あ、もういやだ。こわい、みんなこわい。祖父ちゃんがいなくなって、急にみんながこわくなったんだ。怒られるわけじゃないよ。呆れた顔でいつも僕が好きな祖父ちゃんの悪口を言ったり、―――かと思えば、僕にはやたらニコニコ顔で話しかけてくるようになったんだよ。
・・・・・・
・・・
『祖父ちゃんは、あの親戚の人達が言うように、僕を、家族を、家を棄てたのかな? 僕は祖父ちゃんを尊敬し、憧れていたのに・・・祖父ちゃんはそれを―――僕は僕は・・・どうしたらいいの、父さん!!』
僕はほんとに、あの人達が言うように祖父ちゃんに裏切られたんだろうか? 僕が試合で優勝できないから愛想を尽かされたんだろうか?
『父さ―――あの人に限って、そんなことはないと思うよ、健太』
『父さん?』
『親戚のおじさん達には父さんからきつく言っておくから続けなさい健太、小剱流の剣術を。父さんはね、その、、、身勝手だけど、その父さんの剣士になるという夢を息子の健太には叶えてほしいかなって父さんは思ってるんだ。ははっ』
剣士―――
『―――』
『かっこいいだろ? 剣士の祖父ちゃん。ま、俺の父さんだけど』
『っ―――祖父ちゃん・・・。うん父さん、俺やっぱ続けるよ、剣術』
父さんのその言葉で僕は―――いや俺は。小剱流の剣術を続ける決心をしたんだよ、俺は。
『でも、、、ううん、ほんとに辛くなったら、お父さんやお母さんに言うのよ、健太』
『うん、ありがとう母さん。でも、俺頑張るよ、小剱流の剣術をずっと』
祖父ちゃんが言っていた―――
―――『見誤るではないぞ、健太よ。刀とは己の私利私欲で使うものではない。人を傷つけ殺すものではないのだ・・・古風かもしれぬが、剣士とは強きを挫き、弱きを助け、護りたいものを護る者。健太よ、よう覚えておきなさい。解ったか?健太よ』
「祖父ちゃん・・・」
今なら俺解る気がするよ、祖父ちゃん。祖父ちゃんがあのとき言っていた言葉がもう解る歳になったんだよ、俺。護りたい人を護るために、大事で大切なその人のために―――俺はその手に刀を持つ、持ちたいんだ・・・。俺はそんな立派な剱士になりたいんだっ―――祖父ちゃん!!
・・・・・・
・・・
「・・・・・・」
朝・・・? ふぅっと目を開ければ・・・、ううんまだ薄暗い。そういえば、なにかなんで俺こんなにも気分が、、、なんか変な気分だ。うれしいようなかなしいような―――分からない。
「くぁ・・・」
俺は欠伸をかみ殺し・・・、しょぼしょぼ、、、する。眠い・・・まだ、眠い、よ・・・俺―――おやすみ―――、、、祖父ちゃん・・・。
・・・・・・
・・・
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つらつらつらつら―――、来たかついに『これ』を記すときが。
「―――っ」
これより先、俺が記す、いや、記さなければならないこと―――それはいくつかある。まずは一つ目を『第九ノ巻』で―――、俺が『あの人』との再会するいきさつを記そうと思う―――。
『イニーフィネファンタジア-剱聖記-「天雷編-第八ノ巻」』―――完。