第八十四話 向こうの、奥の部屋は?
第八十四話 向こうの、奥の部屋は?
「・・・」
ほらやっぱり・・・あれだけ念じても、灯りはちっとも点かねぇじゃねぇか。誰かに見られたらすっげー恥ずかしい光景だな、おい。
もしこれを、『点きやがれぇえええっ』なんて、日本の電気街で、もしくは家電量販店の照明コーナーで同じことをやったら、―――売り物の行燈か電気スタンドを胸に抱きしめながら『点きやがれぇえええっ』なんてやったら、周りの人達に、かなりの変人がいる、なんてそう思われてしまいそうだ。
じゃあ・・・どうやってこの行燈を点けるんだ? しげしげ―――
「あ・・・」
拍子抜け。スイッチだ。行燈の台座のところになにやら、行燈の色と同じ木目の色合いの丸いボタンのようなスイッチがあるじゃねぇか。ふぅ、これか。
すぅっ右手を出し、俺はその人差し指で、その木目調のボタンスイッチを押し込むように、ほれっ―――ぽちっとな。
ぱぁっ―――っと、行燈に光が灯る。
「―――、・・・」
深夜の工事現場にときどきお出ましするあのタイヤの付いた白いぎらぎらしたような明るい光を放つ照明車のような白光じゃなくて、この行燈から放たれる光は、行燈の囲い越しのせいもあり、あたたかくて柔らかい光だ。
そんな灯りなのに―――、ほんとに不思議だ。そう不思議なことに、いや俺はほんとにこんな電気スタンドほどの大きさのこの行燈がこんなにも部屋の隅々まで光を届けるなんて思ってもみなかったんだ。でもこの行燈には電気コードも付いてないし、いったいどこで充電するんだろう・・・?これ。
「ま、いっか」
アイナのこの自邸はほんとに不思議なことだらけだから、これも些細なことかも。案外、ひょっとしてアイナの言っていたとおり、大気中のアニムス・・・は『マナ』って言うんだっけ?太陽光発電みたいに、大気中のアニムスを燃料にして、光エネルギーに変えてるのかもな。
俺は行燈から視線を外し、、、こっちの手前の和室には布団が入れてある押入れはない。ただ、丸いちゃぶ台と藍色の座布団が数枚、それと行燈があるだけだ。じゃ―――
「向こうの部屋に?」
―――布団があるのかな? 俺はもう一度、傍に置いた行燈の取っ手を掴むと、腰を上げて向こうの部屋とこちらの部屋を隔てる襖へと―――すぅっ、っと俺はその襖を横滑りさせた。
そっちの部屋がよく見えるように行燈を顔の前に翳して―――、奥の部屋も畳の和室かな・・・? どれどれ―――えっ?
「―――っ」
てっきり奥の部屋も純和風の部屋だと俺は勝手に思っていた。でも俺の目に飛び込んできたのは、その光沢のある床と木の机だ。それと机に就くための椅子もある。
フローリングだ。フローリングの床と言っても、合成樹脂製やプラスチック製の床材じゃなくて、磨きこまれてあって光沢がある木の床だ。体育館の床や道場の木の床の感じに近い。行燈の柔らかい光を反射して、つるつるの木の床は、俺の影もうっすらと分かる。
木の机はそのまま木の床の上にあるんじゃなくて、床材を傷つけないようにするためかな? 床材の木の色に合うような茶色の布マットか絨毯が敷かれていて、その上に木の机が設置されているんだ。
そうそう、木の机と椅子はどちらかと言えば、洋風じゃないよ。和風の雰囲気を醸し出しているような渋い色合いの木の机だ。
それと、俺の右側にはベッドまで。てっきりそのまま床、もしくは畳の上に敷く日本古来の寝所のような部屋かと思っていたぜ。でも、この木のベッドだ。
そしてベッドの掛け布団の色もこれまた渋めな茶色系。布団の生地に幾何学模様の縫い付けがある。ほら、あれだよ、アイナの部屋の絨毯にあったような、あんな感じの模様、三角、四角、丸が合わさったような模様だ。
「・・・」
この渋めの茶色系・・・誰が選んだんだろう?アイナかな?それともアターシャかな? ま、いいや。俺、落ち着いた色は好きだし、このチョイスは嫌いじゃない。
「あっ」
俺の紺の道着だ。こんなとこにあったのか。その道着は俺が元々着ていた剣術の練習のときに着る道着だ。この紺の道着で魁斗と戦った。
それがベッドの足元の向こう側のスペースに掛かっていた。このベッドの同系色の木製の衣装掛けにハンガーでかかっている。
そして視線をその奥にもっていけばモダンなガラスの引き戸。そのガラスの引き戸の奥は室内バルコニーになっている。
えっと―――、、、まずは廊下から扉を入れば、純和風の六畳の畳が敷かれた和室がある。その奥、突き当りの、そこで、藁半紙の色合いの襖を横滑りで開けば、今俺が行燈を持ちながら立っている所だ。そこから先このモダンでレトロな部屋は、渋い色合い木の床のフローリングだ。
この部屋の入り口に立つ俺から左に見ると和風の机と椅子。丁寧にちょっとレトロ調の円錐形の傘が被ったライトのような照明までその机の左側にある。うん、これは解るよ点け方。だってその照明には引っ張る紐が付いてるんだもん。
そして右には木のベッドだ。アイナのお姫さまベッドのような天蓋はなくて、カーテンもない。シンプルだけど、でもたぶん高そうな木製のベッドだ。
次に真っ直ぐ見て、この部屋の奥にはガラスの引き戸の扉がある。ベッドとガラスの引き戸との間のスペースに衣装掛けだ。衣装掛けは、倒れてガラスを割らないようにかな?床に固定されてるみたいなんだ。
あぁ、そうだ。このガラスの引き戸はただの一枚の、窓ガラスのような透明の一枚ガラスじゃないぜ? 格子状の桟に、―――このガラスはすりガラスとも違っていてさ、なんて言えばいいのかな、そうだ。くもりガラスのようになっているんだ、だから外からは見えないようになっている。
そして、その格子が入ったガラスの扉の向こうが室内バルコニーだ。なにかな、なにか飲み物でも飲みながら外を眺められるようにかな? 日本ではレトロ調に見なされる、座るところがふかふかな茶緑色の椅子が一つ。その向こうは分厚そうなカーテンが引かれているから分からないけど、常識的には思えば、その向こうは窓だよな?
立ちっぱなし―――、ふぅちょっと疲れた。
「よし」
俺は部屋の真ん中、机寄りに行燈を置くと、ベッドまで歩み寄って尻を落とし―――
「ふおっ!!」
ぼよ~んっ、っと。うおっ・・・このベッドすっげー反発力っ♪ 俺の家の自分のベッドとは段違いのきもちよさだぜっ♪
あ~―――、そのまま俺は両手両腕を上げて万歳のかっこうでベッドに背中からダイブっ♪ ベッドの横幅は俺の身長より少し短い。体勢と向きを変えよ。俺はまるでブリッジをするように、頭は部屋の奥側のガラスの引き戸へ、足は襖のほうへ、ベッドからはみ出してだら~んっと。ふんふんっぶらぶらっ♪
「~~~♪」
あ~、反り返って背中がきもちいい~♪ そのまま―――俺は寝転んだ体勢の上目遣いで天井を―――天井も、天井へと続く壁はその途中、頭の高さほどで木の床材と同じものから、その頭の高さほどより上は漆喰のような白壁になっている。天井もそれと同じ、きれいな白だ。天井には一つの丸い球が―――、
「たぶん、照明だな」
きっとこの部屋のどこかにこの行燈と同じようなスイッチがあるはず。
「でも、今はいいか」
あとは寝るだけだ、点けないでおこう。寝る前で、暗さに慣れた目を明るい光に晒すと、あんま眠くなくなるんだよな・・・。これはもう自分の体験で実証済みだ。寝る前、部屋の明かりを消してベッドに潜り込んだ状態で電話の液晶画面をいじっていると、眠気がなくなって寝れなくなるんだよな、俺。
「んで、余計に朝が辛くなると・・・ふわぁ」
せっかく眠気さんが来てるんだ、もう寝ようぜ。よっっと―――ごろごろ・・・ずりずり・・・俺はまた寝転んだまま体勢と身体の向きを変え、頭は枕元、足はその反対側へと―――俺は起き上がらずに、まるで芋虫のようにベッドの上をもそもそと動き、その位置へと―――
「っ!!」
え? なんで!? ぴたっ俺の動きが止まる。それはたまたま視界に入った机の上に、俺のよく知る、俺の物が静かに置かれていたからだ。
むくりっ、俺はベッドの上で起き上がり、ベッドの端に腰を掛けた。俺の視線はベッドの向かいある机だ。よりもっと正確に言えば―――俺の視線は机の上に置かれていたあの自分の木刀に釘づけになったんだ。そしてもう一つの、、、あの塊のように見えるのは、魁斗の、ううん魁斗から奪い返した誰かの氣導銃だ。一枚のタオル生地の上じゃなくて、ご丁寧にも氣導銃は、折り畳まれた柔らかそうな白いタオルのような布の上に置かれていた。
うん、まずは俺の木刀だ。
「―――っ」
机の傍まで歩いていって俺は木刀をまず手に取った。
「・・・・・・」
手に馴染むこの心地いい重さ・・・、にぎにぎ・・・ぐっ、っと、そして使い慣れ、使い慣らした、まるで手の平に吸い付くような柄とその手触り、その感触―――
「・・・これで俺、魁斗と―――」
戦ったんだな―――。あの『黒い魔剣』のようになっていた『聖剣』を振るい、、、ううんそれだけは飽き足らずに『天王黒呪』を発動させた魁斗と―――