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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第七ノ巻
76/460

第七十六話 私の父と兄の名前は――――――、

 そして、汚れた手をその金属の手洗い鉢で濯いだあと、キュッキュッと自分の側に置かれた布巾でその濡れた手指を拭いている。

 そのあと、おもむろに左手にフォークを、右手にナイフを持ち―――


第七十六話 私の父と兄の名前は――――――、


「っ」

 あ。アイナと視線が合った。

「ケンタ?」

「あ、はは・・・、豪快な食べ方だなって―――」

「え・・・?」

 きょとんっ、っと俺の言葉を聞いたアイナはそんな顔になる。きっと、このイニーフィネではこの食べ方は常識なんだろうな。俺達が茹でたカニやエビを手で解体しながら食べるのと同じように。

「いや、気にしないで」

 ははっ、っと俺は愛想笑いを浮かべ―――

「は、はぁ・・・?」

 そうしてアイナの視線が、俺の手元に移る。

「あれ?全然食べてないじゃないですかケンタ?」

「ケンタ様?」

「婿殿?」

 アイナのその言葉に、アターシャやアスミナさんの視線まで俺に集中だぜ。二人の手元を見れば、アイナ同様にイカもどきとアンモナイトがきれいさっぱり解体されているぜ・・・。

「あ、うん食べるよ」

 よ、よし、俺もアイナを見倣(みなら)って―――、俺は手をイカもどきの上に掲げ・・・

「ひょっとしてケンタは、、、この(ヤジリ)イカは苦手な食べ物なんでしょうか?」

 ぴたっ、と食べようとまず円卓の上にもっていった俺の手がアイナのその言葉でピタリと止まる。

「鏃イカ?」

 ヤリイカなら聞いたことがあるけど、鏃イカっていうのは聞いたことがない。

「えぇ、はい」

 ・・・じゃあこっちのアンモナイトはこのイニーフィネではなんて言うんだろ? 俺は右のお皿に盛られたアンモナイトを指す。

「じゃこっちは?この右のお皿の、この巻貝を背負ったタコは」

「それは巻角ダコといいます。ほら、形が似ていませんか?そのタコが背負っている殻は羊の巻いた角に―――」

 見たことはありませんか? と、アイナは握った両拳を上げ―――、かっかわいいっ

「―――へぇ」

 アイナのかわいい仕草とその様子。両つの拳を自分の頭の左右に持っていったんだ。まるで二本の巻角を現すかのようにして。そのアイナの様子がかわいいと思うのと同時に、羊はこのイニーフィネという世界にもいるんだなぁっと俺は思った。

 そっか、アンモナイトはこのイニーフィネでは巻角ダコというのか。た、確かに。う~ん、えっと、じゃあこっちのイカみたいなやつ―――、喉元まで出かかっているんだけど・・・なんだったっけなぁ―――えっと。う~ん、ベリリウム・・・えっと違う・・・、ベラドンナは・・・違う毒草だ。えっとベルモット惜しい、なんか違う。

「―――」

 ベレン、、、ベレム・・・―――あ、そうそうベレムナイトなっ!!やっと今図鑑に載っていたやつの名前を思い出したよっ!!


「ケンタ―――」

 すっ、っとアイナは円卓のその場に静かに立ち上がり、綺麗で優雅なその動き―――っ。

「アイナ?」

 こくっ、っと彼女はわずかに頷いて。

「えぇ―――、少々お待ちを」

 にこりっ

「・・・っ」

 いい・・・っ、俺に投げかけるアイナの微笑み。そんなしゃなりしゃなりとした足取りで、俺の対面にいたアイナは丸い円卓の縁を、窓際のアスミナさんが座る席の、アスミナさんのその背中の後ろを越えて、俺のところまで歩いてくる。

「?」

 ゆっくりと。後ろ? アイナは俺のところまで歩いてくると、食卓の椅子に座る俺の背後に静かに立ったんだ。

 振り返ってその眼を、視線を後ろに回せば、さらにアイナは一歩前へ進んで俺の背凭(せもた)れに―――っ

「―――っ」

 それ以上近づけば確実に俺の背中に、肩甲骨の辺りに―――、きっとアイナの、その心地いいぬくもりと、彼女の息遣いまでも感じそう・・・っ/// アイナっ・・・じわっ、っごく―――自然と俺は唾液を嚥下した。

「失礼しますね、ケンタ」

「!!」

 すぅっと、俺の両脇から出てきたアイナの両手? アイナはその両手を俺の両脇から、俺の手前、円卓の上、俺のお腹側にその手を回してきた、というわけだ。

 ひょいっ、っとアイナはその手を伸ばして、しゃばしゃば―――、その手洗い鉢の中にアイナは手指を浸して洗うと、キュッキュッっと乾いた布巾でその手指を拭いたんだよ。

「―――」

 その様子を見ていたら、アイナがなにをしようとしているのか俺だって分かるよ、アイナのその洗浄した指は俺の皿へと伸びたから。

「こう―――するんです、鏃イカの食べ方は」

 アイナは俺の皿の中にある件の鏃イカ=ベレムナイトをその手に取り、左手でその胴体を抑えると、右手で頭足部の付け根、これがもしイカだったらその両目の付け根部分の細い部分と柔らかい胴体を繋ぐ部分に当たる。―――アイナはベレムナイトの頭側部の付け根を持ち、ゆっくりとその中身を引き出すようにずるっと引っ張る。

 とても手際がいい。あっという間に、そのベレムナイトの甲羅を取り外し、イカの耳も取り、中から矢石か鏃のように見える固いところをその身から取り出すと、―――きっと固いんだな、それ―――アイナはころっと小気味のいい音を立ててそれをアラ入れの中に入れた。


「・・・むかし、子どもの私が鏃イカに悪戦苦闘していると、兄さ―――」

 まるで、ふぅっと、そよ風が吹くようにアイナは。

「―――」 

 アイナ・・・、そっかアイナのお兄さんは、もう・・・。

「―――兄は私が小さい頃、こうしてよく殻を外してくれたんですよ」

「―――・・・っ」

 きっと仲がいい、兄と妹だったに違いないよ、アイナとお兄さんは―――。チェスターか―――、そいつの所為でアイナは。

「・・・」

 続いて、アイナはベレムナイトのお皿を左に避け、アンモナイトが入った俺のお皿を取る。アイナは、まるでアンモナイトを、俺達がカニやエビの殻を剥くのと同じ手つきで解体していったんだ。

「す、すみませんっケンタ―――っ」

 俺がなにも言葉に出さないせいかもしれない。

「つい素手で私。い、い、やでしたよね―――っ」

 ただアイナのその流れるような洗練された動作に魅入ってしまっていただけなのに、その俺の沈黙を、アイナは違う意味に受け取ったのかもな。

「っ―――」

 アイナはハッと気が付いたように。俺の目の前の皿からしゅっと自身の手を引っ込め―――俺はっ。アイナのその動きは、まるで俺の前から逃げてしまうかのように、そんな動きに見えたんだ。だから、俺はっ―――、咄嗟にぎゅっ、っと、

「―――っ」

 あたたかいっ、アイナの手は。

「ケっ、ケンタ―――っ」

 アイナの手が逃げて俺の袂からいなくなる前に、俺は自分の左手をサっと動かしてアイナのその右手をぎゅっと握ったんだよ。

「ううん、嫌じゃねぇよ、、、俺」

 力を加えず、優しくいたわるように。祖父ちゃんのときみたいに俺の前からいなくならないでくれよ・・・アイナ。さびしいだろ。

「ケンタ・・・っ」

 アイナのその右手からすぅっと力が抜けたのが解る。

「―――、、、」

 今なら訊けるかもっアイナに。訊いてみることができるかもしれない。今まで遠慮して、まるで禁句か腫物に触れてしまうみたいで、アイナに訊けなかったことを―――。

「なぁ、アイナ―――」

 俺はぽつり、と。きっと優しい人だ。アイナのその言葉や態度で、きっとアイナとは齢の離れた人だったと思う。アイナのお兄さんは―――、

「は、はい・・・っ」

「お兄さんの、、、そのアイナのお兄さんの名前はなんて言うんだ?」

「―――」

 僅かな沈黙の後―――ぎしっ、っとアイナは今までにも増して、俺の背中に体重を預けるようにして―――椅子の背もたれがぎしっ、っとわずかに鳴き、それ越しにアイナの身体からの圧と、その心地いいぬくもりを俺は肩の下、背中の上部で感じたというわけだ。

「兄さま・・・いえ、私の兄の名前はリューステルク=イニーフィネといいます・・・」

 ふぅっ、っとアイナは言葉をこぼしたんだ。声を振り絞って出したような辛い様子とか苦しい印象とかはその声になく、アイナのその言葉尻からそれは感じ受けなかったよ。

「・・・どんな人だったんだ?アイナのお兄さん」

「はい。とても優しい兄でしたよ、ケンタ。私は兄のあとをついて回るような子どもでしたので・・・ふふっ。でも、兄はそんな私を邪見にはせず、いつも少し先で私を待っていてくれましてね―――」

「っ・・・」

 俺はアイナのその静かな語り口調の家族の思い出を聴いていて―――。ったく、俺なにアイナのお兄さんに嫉妬なんかしてんだよってさ。

「―――どこへ行くにも私は兄のあとを、それにアターシャも一緒になって―――」


「―――・・・」

 想像できる。想像できるよ、俺。きっと小さい頃のアイナは、お兄さんのあとを追いかけていくような子で、・・・でもそんなお兄さんは、妹のアイナが自分に追いついてくるまで優しく待ってあげる・・・そんな人じゃないのかな―――。

「っつ」

 っ―――そんなリューステルクという人と、もう一人アイナの親父さんを、チェスターとかいう奴はその手で。

「父ルストロと兄が公務で国中を回るとき、私が寂しそうにしていると兄は、私を一緒に連れていけるようにと、よく取り計らってくれましたよ。そして、どうしても私の同伴が無理なときは、当地のお土産なんかを私のために私費で購入してくれまして―――」

 そうか・・・アイナの親父さんの名前はルストロっていうんだ―――・・・。

「―――、―――、―――・・・」

 そのアイナの思い出話の最中なんかは、アスミナさんもアターシャも一言も口に出さずに、ときおり涙ぐむアスミナさんに、アターシャは席を立ち、白いハンカチを懐から取り出して渡していた。

「―――ほんとうにあの『大いなる悲しみ』が起きる前は、伯母さまのウルカナ様もいて―――」

「―――ウルカナ様?」

 まさか、アイナのそのおば様ももうこの世にいないのです、とか―――そんなことをアイナは言うんじゃないだろうな? そんなのつらすぎるぜ。

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