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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第七ノ巻
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第七十三話 婿殿

第七十三話 婿殿


 扉をその子に預けたアターシャは、でも相変わらず扉の左側に立ったままだ。なんで、すぐにあの手押しの台車をこの食堂の中に入れないんだろう?手押し台車は食堂の外の赤絨毯の上に置かれたままだ。

 えっ!!

「!!」

 ささっ、っと給仕服の全員が一斉に、一糸乱れぬその動きで、アターシャの代わりにその扉を押さえた子以外の給仕服集団―――手前の手押しの台車のハンドル押していた子も、あっちの手押し台車の子も―――みんながその持ち場を離れて扉のこちら側、つまり扉をくぐり、食堂の入り口の中に早足でやってきて、すぅっと皆がみんな一列になって深々と腰を折る。もちろん彼女達の両手は自分のお腹の上で交差させているよ。

「な、なんだぁ?」

 驚いた、、、いや面食らった俺が思わずアイナを見れば―――

「・・・えぇ、ケンタ―――、・・・」

 アイナは俺を見つめ、小声でアイナ。

「?」

 小声はともかく、なんでアイナはそんな難しい顔をしているんだ? アイナはどことなく決まりが悪そうな、もしくはばつが悪そうな、そんな笑みを顔に浮かべていたんだ。

「・・・は、母です―――きっと」

 ふぅっ、っとアイナは小声で―――

「―――お母さんっ!?」

 えっ!?『母です』ってアイナのお母さまですかぁ!?

「はい、ケンタ」

 ぽつり、とアイナはこぼし、ふたたび肯いたんだ。


「どうぞ、お入りくださいませ―――」

「―――っ」

 俺はアターシャのその『お入りくださいませ』の声で我に返り、アイナに向けていた視線を扉のほうに戻す。 くるりっ、っと俺は頸ごと体勢を変えて、背後をな。

 すると、扉の側から一歩前に進み出たアターシャはそのドレス姿の妙齢の女の人をまるで先導するかのように。ううん、先導しているんだよ、アターシャはその妙齢の女の人を。

「こちらになります、奥方様」

 奥方様って―――。

「ありがとう、アターシャちゃん」

 あ、優しそうな雰囲気の女の人だ。すぅっとその、アターシャに奥方様とよばれた女の人アイナのお母さんは、上品な声色で、上品な身のこなしで、上品な足運びで―――食堂の赤い絨毯の上を踏みながら―――、俺達のほうに近づいてくる。


「―――」

 アターシャが席を案内するその女の人アイナのお母さんの、あの妙齢な様子、その感じ―――アイナに『母です』、アターシャに『奥方様』―――って言われないと、『アイナのお母さん』と判らないくらいぐらいに若く見えるぞ。俗にいう美魔女。まるでアイナのお姉さんみたいな容姿だ。あれがアイナのお母さんか―――。

 アイナのお母さんの背の高さはアイナと同じか、少し低いと思う・・・。髪の色はアイナの黒髪と違っていて色が着いている。でも、アイナのお母さんの眼の色はアイナと同じ深みのある青色で、、、そう藍玉のような両眼をしている。

 ん~・・・。でも俺が見る限り、全体的な顔立ちはあんまりアイナと似ていないかも、アイナのお母さんの顔って―――。反対か、アイナがあんまり似ていないんだ。じゃあアイナってお父さん似なのか・・・。

 アイナのお母さんの髪型もアイナと同じく下されたストレートだ。髪の長さはアイナやアターシャと同じく腰ほどはある。そしてその頸元には銀色の細いネックレス。ぎらぎらと自慢するかのようないやらしい存在感のあるネックレスじゃなくて、ほんとに慎ましく、アイナのお母さんの些細な嗜みのように思える。そのネックレスがときおりきらきらと光を反射して輝くんだ。

 俺がじぃっと見入っているのが、アイナのお母さんには分かったみたい。ややゆっくりとしたその顔の動きで―――

「!!」

 ―――俺はアイナのお母さんと視線が合った。

「―――・・・」

 にこりっ、っと―――、とても柔らかいきれいな笑み。この笑みはアイナに似ている、と思う。顔かたちじゃなくて、笑みの感じが、だ。

「―――、・・・っ」

 俺はアイナのお母さんに大人の余裕を持った笑みで微笑みかけられて。大人の笑みっていっても、いやらしい感じや、色気を覚えるような笑みじゃなくて、本当に優しそうな笑みだ。

 ドレスの色合いもアイナのそれと近しい。その薄青い色のドレスを着たアイナのお母さんは、アターシャを侍らすように一歩また一歩と進み出る。そして、円卓の前でその歩みを止めた。

「―――・・・」

 うっ・・・、えっと・・・―――。なにか言わないといけないのかなっ俺。

「・・・、・・・―――」

 じっ―――っと俺はそこに佇むアイナのお母さんに見つめられ、、、値踏みをされているような、頭のてっぺんからつま先まで上下に動くようなじろじろとした視線じゃないけれど、それでも、アイナのお母さんに俺の目をじぃっと見つめられたら緊張してしまうぜ。口の中も乾いて・・・、そっか俺、あの棘桃のピューレも、お茶も、なにも飲んでないしな、喉は緊張でからっとしてしまった。

「アイナの母のアスミナと申します」

 アスミナって言うのか―――、

「・・・、・・・あ」

 アスミナ―――・・・アイナのお母さんの名前って。―――なんか『アスミナ』って澄んだ空のような綺麗な音韻だ。

「―――ふふっ。貴方のことはアイナから聞かせていただきましたわ」

「・・・はい―――その・・・えっと―――」

 アスミナさん・・・って軽々しく呼んでいいのかな?アイナのお母さんのこと。それともアターシャが呼んだみたいに奥方様と呼べばいいのかな?

「私のことはアスミナ、もしくはアスミナさんとでもケンタさんが呼びやすいほうで、気軽に呼んでくださいね」

 っ!! しまったっ!!先にアスミナさんに言わせてしまったぜっ。ぼうっとしてて俺、自分の自己紹介するのを忘れてた!! 最初にアスミナさんのことを『母です』っとアイナに紹介されたときに真っ先に起立して自分の名前を言わないといけなかったのに・・・!! 剣術の試合のときにも、始める前にまず礼を、お互いに挨拶から始まるじゃねぇかっ、俺ってば!!

 バッ、っと俺は慌てて席を立つ!!

「あ、あのっ―――」

 視線の先はアスミナさんだ。

「ケンタ?」

「―――、・・・、・・・」

 でも―――アイナを。俺は思わず、俺の名前を呼んだ声の主であるアイナを見てしまった。ふぅ、ふぅ、ふぅ―――、取りあえず落ち着け俺―――。アイナのお母さんのアスミナさんに変なとこを見せたらダメだぞ・・・。で・・・えっとどうすればいいんだっけ―――、あっそうだ!! 前に読んだマンガで主人公が初めて会うカノジョのお母さんに挨拶する場面があったな。・・・よ、よし、それの真似でもしようっ―――あせあせっ。

「お、俺は小剱 健太でありますっ。こ、このたびは―――娘さんのアイナさんとお付き合いすることになり・・・っ―――い、いえお付き合いできましたのです、はい。お義母さん・・・じゃなかったアスミナさん―――」


///

 つらつらつら―――、今、思い出すだけでもめちゃくちゃ恥ずかしいぞ・・・。

「せ、せい・・・っ―――めーんッ!!」

 恥ずかしすぎて、わけがわからない。『剱聖記』を執筆中、ここに至り―――俺はこの場で椅子から立ち上がって木刀無しの掛け声素振りしてしまったぜ・・・。そう、あのときの俺は、アイナのお母さんアスミナさんを前にめちゃくちゃ緊張してたんだよな。初めてできたカノジョのアイナ、そのお母さんであるアスミナさんに―――つまり、付き合うカノジョに『親に会ってほしい』と言われたのも同然だろ?

 あのときは何を言ったんだっけ? 緊張し過ぎてあんまり覚えてねぇや。なんか、自分が日本という世界からやってきた『転移者』で、どうのうこうのっていうことはアスミナさんに言ったかな。

「よ、よし続きだ」

 『剱聖記』の続きを書こうっと―――


///



婿殿(むこどの)。そのように焦らずとも、落ち着いて。ね?」

「婿殿っ!?」

 婿殿って俺のことですかぁっ!?

「えぇ・・・、私、娘のアイナの伴侶となるお方のことを『婿殿』と呼ぶのが密やかな楽しみでありましたの。ケンタさんは娘のアイナと婚約されたと、アイナより伺いましたので―――居ても立っても居られず、ついこの場に―――」

 でもふぅっ、っとアスミナさんの表情がわずかに翳る。

「―――あの・・・ケンタさんご迷惑でしたか・・・?」

 そんなすこしだけ悲しそうな顔をしてアスミナさんが俺に言うものだから。

「あ、いえ、そんなっ―――俺、婿殿なんて言われたことなかったんで、少し驚いただけっす!! その・・・迷惑とかそんなんじゃないですよっ」

「まあっよかった・・・っ♪」

 ぱぁっとアスミナさんの顔が、花が咲いたようになった。

「・・・」

 あ・・・、このぱあっていう感じの明るい表情はアイナと同じだ、アスミナさん。やっぱりアスミナさんとアイナって母娘(おやこ)なんだなぁ。と、俺はしみじみ。

「気にしていないですって彼。よかったわ、アイナっ―――」

 そこでアスミナさんはアイナに視線を向ければ、

「もうっお母様ったら」

 アイナは照れたようにはにかんでいたんだ。

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