第七十一話 俺はそいつを見つけ出し、見かければ、必ずこの手で倒す―――!!
第七十一話 俺はそいつを見つけ出し、見かければ、必ずこの手で倒す―――!!
じぃっと俺がその『眼』でアイナの頸筋を『視』れば―――うっすらと真っ直ぐ一筋に視える跡が―――。
「ッ」
くそッ・・・!!
///
『す、すい・・・すいません、ケンタ―――私・・・もう・・・意識が・・・はっきりと―――しません・・・』
すぅっとアイナのその藍玉のような色をした両目から虹彩が―――徐々に褪せて、ゆく・・・。
『―――ア、アイナ・・・っ・・・そ、そんなっちょっ待っ!!』
な、なんでだよ、なんでここまでする必要があるんだよ・・・なぁ、魁斗―――!! 俺はゆっくりと、ざっざっざっと近寄って来る足音の主に振り返ったんだ。
『―――お、お前・・・!!なんで・・・なんで、アイナにここまでする必要があるんだッ・・・答えろっ魁斗ッ!! 答えろよぉおおおオオオッ!!』
『なんでそんなに怒ってるの?健太。怒るようなことってあったっけ? あ~あそれより、興ざめだよ。まさか、グラン義兄さんが庇うなんてさぁ―――最初からこうしておけばよかったんだ』
・・・―――くそ・・・、魁斗のやろう―――!!
『これが、あれさ。健太きみに僕が話した『僕はもう健太の意志なんか関係なくなったよ』ってことだよ。アイナ=イニーフィナの事を終わらせたら、今度は健太を、この今の彼女の状態で僕の仲間に加えてあげるねっははっ』
魁斗はなにか言っている。とても耳障りな何かを・・・もう、今の俺には魁斗の言葉なんて届かない。だって今の俺は
『―――だ、だめだ、アイナっやめるんだ―――』
『――――――』
『ッ!!』
徐々に。徐々に、美しいアイナはまるで美しい日之刀を抱くように、その柔らかい頸元に白刃を抱き寄せるように。
『アイナ・・・やめてくれっ―――、や、やめるんだ、アイナっ―――・・・た、たのむよ、やめてくれっアイナっ、』
ゆっくりとしたアイナのその両手両腕の動きで―――日之刀の本当に薄くてきれいで鋭利な白刃が、彼女自身の手で、彼女自身の柔らかい頸元の皮に―――
『俺の声が聴こえないのか、アイナ? 俺だよアイナっ、俺だってばアイナっ―――くっ・・・アイナっアイナッアイナァアアアアアアアッ!!』
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、俺は力の限り―――、きっとアイナに俺の声が届くことを信じて。
///
「―――ッ」
魁斗の奴―――ッ!! 普段普通にアイナの頸筋を見ているだけだったら、アイナの頸筋の『傷』なんかなにも見えない。でも俺がこの『眼』で観ようとして視れば、アイナの頸筋にうっすらと浮かび上がる一筋の跡が視える。『あれ』はあのときのものだ。確かにあのときアイナのそのきれいな首筋からは、血が噴き出ることも、つつぅーっと垂らすように血が出ることもなかった。だけど、確かに首筋の薄皮一枚、その白刃が触れていたんだよッ!!
「―――ッ!!」
くそッ魁斗のやろう―――よくもッ!! よくもアイナに、アイナの頸筋に傷をつけてくれたなッ!!
―――ぐッ。思わずホタテガイの身を突くフォークに力が加わる。
「・・・」
抑えろ俺―――。俺はその怒りを顔には出さず、だってもうアイナにはこんな気持ちを悟られるようなことをしたくないから。あんな酷い魁斗にしたのは、『イデアル』で、その中の一人のラルグスとか言う、そいつが魁斗の師匠なんだよな。そんな魁斗が得意気に語っていた『ラルグス義兄さん』とかいう奴だ。俺はそいつラルグスを見つけ出し、見かければ、必ずこの手で倒す―――!! ぷつっ、っとホタテガイの身を俺のフォークが貫通した。
ひょい、
「・・・」
ぱくっ、おいしい。でも、あいつらグランディフェルとクロノスは俺に・・・。
『俺よりアイナ様を・・・』『既存の『概念』を棄てろ、小剱』―――か。俺は、やっぱり『イデアル』のあいつらグランディフェルとクロノスに助けられたんだ・・・な。魁斗も『イデアル』の一員で、さらにアイナが追うチェスターとかいう奴も『イデアル』―――。
「―――、―――・・・」
もう俺分からないよ。なんかこう―――もやもやするんだ。グランディフェルとクロノスは俺とアイナ、アターシャを助けてくれた、でもそんなあいつらも『イデアル』なんだよな・・・。
もぐもぐ・・・ごくんっと、俺はホタテガイを嚥下し、
「なぁ、アイナ―――」
意を決して俺はアイナに訊いてみることにした。
「?」
ん?っと俺の視線に気づいたアイナは、ふきふき・・・っと右手を伸ばして円卓の上、自分の手元に置かれた手ぬぐいを取ると、そのみずみずしい唇をふきふき、唇をとんとんとその白い手ぬぐいで押さえ拭きをする。
「・・・」
上品な仕草だ。俺はそんなことを思いながらアイナのそのみずみずしい唇を見つめている。
「なんでしょう、ケンタ」
上品な仕草で自分の唇を拭き終えたアイナは、ふぅっと俺にその藍玉のような目の視線を俺に向けた。でも、アイナの平皿の上にはまだ二つのホタテガイが残っている。そして、円卓の上には、アターシャが置いていった大皿の中にも、まだたくさんのホタテガイが。
「そういえば、あいつらグランディフェルとクロノスはどうなったんだ? 俺が倒れたあと」
「―――」
『なんだそんなことか』、『訊かれたことは、ちょっと期待していたこととは違うよな』、というようなときもあるだろ? アイナはそんなときと同じような表情になったんだ。いわゆる期待外れ。
「・・・」
アイナのその表情―――まさかクロノスとグランディフェルが捕まったってことはないよな? それならそれで複雑な気分だ。
アイナはふぅっと目を細めて視線を自身の手元に下げる。
「・・・すみません、ケンタ。分からないのです、私には」
「分からない?」
「えぇ―――」
アイナは下げていた視線を戻し、ふたたび俺を見る。
「―――あの場に倒れた貴方を私とアターシャで抱きかかえ、私のこの『空間転移』の異能でここまで運ぶのに精一杯でしたので・・・クロノス、グランディフェル両名があのあとどうなったのか、私は存じ上げないのです、すみませんケンタ―――」
「・・・」
もう一度、アイナの空間転移であの廃砦には行けるだろうけど、確認とかできるだろうけど―――・・・、『あれ』は俺だったら、俺がもしアイナの立場だったら、操られて自分の大好きな人に手を、刀をあげるなんて―――『あれ』はもうトラウマ級のことだよな。そんなアイナのこともあるし、もう・・・いいかな、あの場所に、廃砦に確認しに行くことは。クロノスとグランディフェルのことだ、きっとたぶん生きているさ。
「そっか―――」
アイナの言葉に嘘はないさ。
「すみません・・・」
アイナはもう一度、すみません、と。なるほど、アイナのその表情、目を『視』て判ったわけじゃない。『選眼』を発動させずとも俺には分かったんだ。アイナは嘘を吐いていないということが。
俺は『選眼』の異能をわざわざ発動させて、アイナに『かま』を掛けるようにして、そんな感じに、『あのあと』のことを質問したわけじゃないよ。
クロノス―――、グランディフェル―――、あんた達は俺達を、その生命を賭して魁斗から護ってくれた。子どもの頃にこの五世界にやって来た魁斗をあんなに魁斗にしたのはお前達『イデアル』だ、と言ってしまえば、元も子もないけど―――俺は、それは言わない。
俺はクロノス、グランディフェルあんた達が助かっていることを望んでいるからな、と俺はアイナにそれを言うことなく、心の中で独り言ちた。
それよりも、もしアイナが、、、あのときの操心がトラウマになっていたら、俺はアイナの心のケアを優先するさ。
「~♪」
半分に切った二つ目のホタテガイをぱくっと俺。うん、美味い。ほんのり塩味で、トマトケチャップのような味が口の中を満たす。
おおうっよく考えたら、俺、ほんとに実家の道場で、あの白い靄に包まれたあの日以来なにも口にしてねぇや―――。っ、いや、あの生ける屍に溢れかえった街の家で果物を食ったっけか。
あの街の事ももうあんまり思い出したくねぇや。ひょいっぱくぱくうまうま―――。
「ふふっ♪」
俺を見るアイナの微笑みに思わず―――、
「ん?」
―――俺は視線をアイナに向けた。
「いい食べっぷりだと思いまして―――」
「そうか?」
「はい。ところでケンタ」
「―――?」
ん?なんだろう、アイナのやつ―――。
「ケンタってきょうだいはいるのですか?その兄や妹など」
「え?」
なんでアイナはそんなことを俺に訊いてきたんだろう?
「その、ケンタのことをよく知りたいと思いまして、私」
そういうことか。
「ううん、いんや俺一人っ子だよ」
ダメだ、訊けない。ここで、アイナはきょうだいっていたりするのか?って普通なら訊き返すんだろうけど、俺はアイナのお兄さんがもうすでにこの世にはいない、ということをアイナ本人から聞いて知っている。グランディフェルにチェスターの居場所を訊いていたときに、確かにアイナ本人はそう言っていた。
「一人っ子・・・へぇ」
「うん」
実は、俺にも兄ちゃんや姉ちゃんがいればよかったのになーって思ったこともある。だって他にきょうだいがいれば、剣術の稽古を一緒にできるだろうし、剣術や勉強で分からないことがあれば、訊くことだってきっとできたってな。
「―――私はてっきりケンタには妹か弟がいると思っていました」
「そうか? あれ?でも祖父ちゃんから聞いてない?俺が一人っ子ってこと」
「えぇ。ゲンゾウ師匠はそのようなことは言っていませんし、聞いたこともありませんでしたよ?」
「ふ~ん」
なんでだろ―――祖父ちゃん。