第七十話 そうそう―――お食事会のお話でしたね、従姉さん♪
「~~~・・・っ」
まじか・・・。俺の名前が、二つ名が『あまねく視通す剱王』っ!? 俺がこの五世界を救った英雄だとっ!? で、それがこのイニーフィネ皇国の正史として遺される・・・だとっ!!
第七十話 そうそう―――お食事会のお話でしたね、従姉さん♪
魁斗との戦いは単なるケンカ・・・とはいかないけど・・・魁斗は俺やアイナ達を殺す気だったし。
「・・・」
ま、いいっか。アイナのやつあんなにもころころと笑顔にさせて楽しそうだし。そんな、俺と魁斗の多少派手なケンカを叙事詩にするのはやめてくれっ、なんて言うのはせっかくのアイナの好意的な気持ちをなにも考えない無粋な行為だ。
「えっと、そうそう―――お食事会のお話でしたね、アターシャ従姉さん♪」
「―――」
アターシャの眉がピクっと僅かに動く。食事会の話はこのまま消えると思っていたのかな?そうかもしれないアターシャにとっては。でもアイナは忘れていなかったみたいだ。
「アターシャ貴女も、そのような時代と時代が変わるような激しい戦いにその身を置いていたのです。その勝者我らが『あまねく視通す剱王』ケンタをねぎらうための食事会ですよ? 一緒になさい」
ぴしゃり。
『あまねく視通す剱王』健太ってちょっとむずがゆくてはずかしい・・・、俺。
「っ///」
「し、しかし―――アイナ様」
「じぃ・・・従姉さん」
わざわざ『じぃ』っていう声を出さなくても―――っと俺は思ったけど。なんかかわいいな、アイナ。だから『じぃ』っという声も気にならない。アイナはそのジトっとした視線でアターシャを見ること数秒―――
「はぁ・・・アイナ様」
がくっ、と。ついにアターシャは自分の肩の力を抜いたんだよ、やれやれ、と言ったふうに。つまりアターシャはアイナの熱意に根負けしたかたち。
でもハッとアターシャは。すぐにアターシャはなにかに気が付いたようにハッと顔を上げたんだ。
「っ!!ケンタ様のご意向をまだ伺っていない以上―――私はアイナ様とケンタ様のお食事会の同席は致しかねます」
「・・・」
でも、アターシャそれって、きっときみの台詞は『ふり』だよな? 『押すなよ』って言っていてほんとは押されたいってやつと同じ。じゃあもうそろそろ言ってもいいかな?俺。言うよ?アターシャ。
「従姉さん・・・」
しゅん。アイナも心持ち元気がなくなったように見えるし、そんなアイナと俺の視線が交錯する。
「―――」
あぁ、解ってるよ、アイナ。俺がなにをすべきなのか―――。何を言うべきか、なんてぐらいはなっ・・・!!
解ってるよ、アイナ、と俺は口を開く。
「あ、うん俺はいいよ、アターシャ。アイナも。一緒に三人で食事しよーぜっ」
魁斗を飛ばすことができたのは、もちろんアイナとアターシャのおかげだ。俺一人だったら、たぶん―――俺は力尽きていたよ。だからこの食事会は団体戦試合に勝ったあとの、みんなでやる打ち上げだぜ。
「ぁ・・・」
アターシャの、―――っという息を吸い込む声なき声が俺の耳に聴こえた。
「聞きましたか、アターシャ。だそうですっ♪」
反対にアイナの顔にはぱぁっと花が咲く。
「―――・・・ケ、ケンタ様が、そ、の同席を、認めてくだされば・・・、私はアイナ様と・・・食を囲む席を・・・同じくし―――・・・」
「・・・」
まだ続けるつもりなのか?アターシャ。と、俺は思っていた。でも、徐々にアターシャのその言葉は威勢をなくして尻すぼみになっていき・・・そしてアターシャの口からついにその言葉は消えた。
「さ、アターシャ。主菜を持ってくる際には、貴女の分の食事を持ってくること、いいですね?アターシャ」
「は、はい・・・畏まりましたアイナ様」
言葉をわずかに言いよどんだものの、アターシャは自分のお腹の上で両手を交差し、深々と一礼―――、すぅっとその動きにはよどみなく、折ったきれいな腰とその顔を恭しく面をあげたんだ。
「―――」
面を上げ、無言のアターシャはアイナから視線を移す。
「??」
俺? アターシャが移した視線の先は俺で、
「―――(じぃ―――)」
「っ!!」
ひぃっ!! 無言のアターシャは憾みがましい顔で、そんな眼差しで俺を見つめるんだよ!!こわいよっ。 でも、勘違いしないでほしいのはアターシャのその表情は『ちくしょうッ』とか『このやろうッ』、『赦さねぇぞ』といった本気で恨んでいるような顔じゃない。
少しでも存在する自分自身の恥ずかしい本心を誰かに悟られて、その人物に気を遣わせた、もしくはその人物は自分の気持ちを知っていて、でも自分は立場上、その人物の厚意を無下にできない。そして、その人物は楽しそうにしながら、そうなるように物事に取り計らった。『自分は手の平の上でころころと転がされた』、きっとこれだよ。
いやでも俺っそんなつもりはなかったよっ!!ほんとだよっ(あせあせっ)
「お、おうらみ申し上げます、ケンタ様―――っ///」
ちょっとかわいい。たぶんアターシャは俺より少し年上だろうけど。
「・・・っ!!」
ほんのわずかに、はにかむような笑みを含んだその顔には頬に紅味が差す。もちろんのアターシャの顔だ。
「あっ、だって団体戦の勝利を祝う打ち上げってみんなでするものだよな?」
さらば魁斗。そういえば、・・・クロノスとグランディフェルってどうなったんだろう?
「―――、・・・っ///」
ぷいっ。アターシャは何か言いたげだったけど、終いにはぷいっと横を向き、俺から顔を反らす。それは、えっと・・・『し、知りませんっ』って言っているのかもな、アターシャ。
アターシャは俺達に一礼―――手押し台車はそのままに、そそくさとしたその様子でこの食堂から出ていった。
「・・・」
そして、俺はアイナと二人きりになる。じ、実は俺―――だから、もう我慢できそうにない。
「―――(ぐぅ)・・・っ!!」
あせあせっ、空腹で腹が鳴いたぜ。じわっと唾液が。実はもうお腹が減り過ぎてぺこぺこで、俺の目の前でいい匂いと一緒にゆらゆらと湯気を立ち上らせる、じわっ・・・ごくりっ・・・の、この前菜のホタテガイのケチャップ料理を食べたかったりするんだよ、俺。
円卓の上にはアターシャが置いていった少し広い大皿が置かれていて、その一面に湯通しされた緑の葉物野菜が所狭しと敷き詰められている。さらに、その葉物野菜の上にホタテガイが、爪楊枝か串のようなものが刺さった状態で並べられている。それがおかわり用だ。
もちろんそのホタテガイはあれだぜ?俺とアイナの前菜と同じ料理だ。赤茄子の餡―――(俺には赤茄子の餡はどこをどう見てもトマトケチャップにしか見えない。匂いもそうだし)―――は別の取り皿にどろどろと盛られた状態で、香草が入った小皿の横に赤茄子の餡・・・たぶんトマトケチャップは置かれてある。
「ふふっさぁ召し上がれ、ケンタ」
「おう、いただきます」
俺は胸の前で手と手とを、両手を『いただきます』と重ね合わす。
「ん?ケンタそれは・・・」
「うん、『いただきます』」
「えぇ、私も知っていますよ。ゲンゾウ師匠に教えていただきましたから」
「へぇ・・・」
あのすけべ祖父い・・・。ちがうちがうっごめんなさい、祖父ちゃんっ。アイナも俺と同じようにその左手と右手の手の平を、自分の胸の前で合掌―――、おしぼりで手を拭き拭き・・・。
「いただきます」
「―――」
と、アイナはその藍玉のような目を閉じてそう言った。
「・・・」
えっと確か―――右手にナイフ、左手にフォークだったよな。ちらっアイナの手元を見れば、確かにそのような持ち方をしているよな?
っ。うつくしいぜ!! アイナの容姿―――もそうだけど、今は容姿のことじゃなくて、その食事作法のことだ。きれいな所作でアイナは。
「んっケンタ食べないのですか?」
ホタテガイの身にフォークの尖った先端が―――ぷつっ・・・。同じくナイフの刃が近づいてスっスっ、っとアイナは器用に左のフォークで貝の身を刺し抑え、右のナイフでスっスっ、っと押して引いて貝の身を切り分ける。
「あっいや食べるよ・・・っ」
アイナのそれを見ながら、俺もおそるおそる―――カチャカチャ、、、。
「っつ!!」
お、おふぅ・・・。アイナはやさしい。アイナの『あら?』というあたたかい視線―――。
「―――」
アイナの視線の先―――俺のナイフとフォークが白磁の皿とかち合ってカチャカチャと立てた不協和音だ。やっぱりアターシャが持ってきてくれた箸にしよう。
「っ」
よし、これなら―――ひょいっと俺は右手に持ったこの木の箸で、ぱくっと。もぐもぐ。
「♪」
うん♪美味い。この塩茹でのホタテのケチャップ料理って意外といけるじゃねぇか♪ なんかフライドポテトが合いそうかも。
「ふふっ」
ん? その優しい、ふふっ、という微笑はアイナのそれだ。彼女はその優しくあたたかい微笑みを浮かべて、箸を用いてひょいっと口に運ぶ俺を見つめていたんだ。
「どした、アイナ?」
「いえ・・・―――」
と、アイナは俺が目覚め、一緒にいられるということを。こうして俺と一緒に食事を摂れる喜びを、と。そんなことを言ったんだ。
「っ///」
そのアイナの顔には、言ってしまいました面映ゆいですっ、の言葉通りはにかんで頬に赤味を差したアイナ。ぱくぱくっ、っとアイナは恥ずかしまぎれと四つ切りにしたホタテガイの身を口に運ぶ。
「っ」
ぱくぱくっとアイナはホタテガイを食べている。
「―――」
じぃ―――、俺はそんなアイナの一点を見つめた。言っておくけど、頸だ。アイナの頸元だからなっ!!俺が見つめたアイナの一点は。