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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第一ノ巻
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第七話 互いに名前を呼び合うということ事は

第七話 互いに名前を呼び合うということ事は


「―――っ、コ、コツルギ、・・・ケンタ・・・っ―――」

「あぁ、うん―――そうだけど―――ん?」

 俺の名前を呟いたアイナの目が明らかに驚きで見開かれていて、はぁっと息を呑む声なき声が聞こえたんだ―――

 ひょっとしてアイナは『小剱(こつるぎ)』っていう名字になにか心当たりでもあるのかも。まぁ、日本でも珍しい名字ではあるもんな。

「・・・どうかした?」

 常識的に考えれば、このアイナの仕草はやっぱり驚きに部類に分類される仕草だと思う。まぁ、でもほんとのところ、このアイナという少女は俺のなにに驚いたんだろう?

 いろいろと俺が思案していると、アイナはバッと俺に勢いよく頭を下げた。

「あっあのっ貴方ことを疑ってすみませんでしたっケンタ―――っ!!・・・っと、その前に貴方のことを私は『ケンタ』と呼ばせてもらってもよろしいでしょうかっ」

「・・・」

 なるほど、アイナの思惟(しい)が解った気がする。この彼女アイナと俺は互いに刀同士でいい勝負をした仲だ。

「あ、あの・・・ケ、ケンタ・・・?」

 おずおずと、俺が怒っていると、アイナはそう思い込んでいるのか、おっかなびっくりといった様子でアイナは顔を上げた。

「あ、うん。それは別にいいけどさ? じゃ、その代わり俺もきみのことをアイナって呼んでもいいか?」

 日本じゃ親しい人、親しくなった人、よきライバル同士、友人同士・・・などなど、親しい人とはお互いに下の名前で呼び合うことは別に不思議なことじゃないもんな。

「っつ・・・―――///」

「??」

 あ、あれ?『アイナ』って下の名前で彼女を呼んだだけで、なんでこんなにもアイナは頬を紅らめながら、はにかむような表情になったんだろう・・・? 少なくとも、今のアイナの表情はさっきまでの猜疑心をむき出しにしていた表情とはまるで正反対の部類に入るものだ。

 僅かに視線を逸らし、頬を紅らめ恥じらうそのアイナの姿。照れくさそうな笑みを浮かべるそのアイナの姿を見て、俺はむしろアイナをちょっとかわいいと思ってしまった。

「アイナ?」

「あのっ、そのっ―――っ///」

 ほら、またアイナのやつ照れ笑いになった。俺ってば、なんか変なことでも言ったかな?

「アイナ?どうしたんだ?」

「っあ、い、いえ―――っ・・・そのケンタっ」

「アイナ?」

「っ。そ、それではケンタっ私と一緒に来てくださいますねっ?」

「え?」

 なにがどう、俺に来てくれ、とつながるのか、よくわからん。

「ケンタ貴方に紹介したい方々いるのですっ」

 はい?紹介したい方々って・・・誰だろう? 俺がそれらの人物を考えているときだ、アイナは右手を差し出してきていきなり俺の右手を取ったんだ。

「え、あっちょっ・・・!!」

 そのときの俺の手を取る柔らかいアイナの手の感触に、俺は恥ずかしくもあり、またこんな柔らかい手のアイナが本当に刀を握っているなんて、と驚いたんだ。

「・・・」

 あ、彼女の手の平の固くなった豆が分かってしまった。あぁ、いやうん、それはいいんだ。そう、もちろん俺と同年代の女の子に手を取られるなんて、初めてのことだ。あ、いや―――俺には仲のいい幼馴染が五人いて、そのうちの二人が女の子だからその二人の手は握ったことはあるけど・・・でも、まだ子どもの頃にな。

 俺が、有無を言わさないようなアイナに自身の手を取られ、アイナが歩き出そうとしたときだった。すすっと一人の女の人が音も立てずにしずしずと近づいてきたんだ。

「アイナ様―――」

 それは、その声の主は、俺とアイナが刀を交えていたときも少し離れた場所で佇んでいた赤い髪をした給仕服の装いの若い女の人だ。その直毛の赤い髪は腰ほどまで長さだ。この女の人の見た目の年の頃はいくつぐらいだろう・・・あらためてこの女の人を観れば、その歳の頃は二十代前半ぐらいかな、と俺には思えた・・・?

「おつかれさまです」

 その赤髪の女性は両手を自身のお腹で交差させ、慇懃な態度で一礼をして見せた。

「えぇ、アターシャ。今から私達は彼ケンタを伴い帰館します」

 赤髪の給仕服の人の名前はアターシャ?でいいのかな?その女の人は何か言いたげそうな顔になった。

「アイナ様―――」

 この給仕服の装いを着た赤い髪の女の人の名前はアターシャというらしい、アイナが言うには。

「アターシャ・・・さん」

 その彼女が口を開いたとき、俺がぽろりとこぼれるように呟いた所為(せい)でアターシャという名の彼女は自身の言葉を止めた。口からぽろりと出るように『アターシャ』と零した俺に、目の前にいる二人の、アイナとアターシャという女の人の視線が集まった。

「あ、いやごめん・・・つい・・・」

 アターシャの話の腰を折るつもりじゃなかった。だから俺は咄嗟に謝った。

「はい。紹介しますケンタ。彼女は私の近習長(きんじゅうちょう)でもあり、侍女長のアターシャといいます」

「・・・お初にお目にかかります、ケンタさま。アイナ様のお世話役を務めさせていただいておりますアターシャと言います。以後お見知りおきを」

 アイナの言葉に半歩身を乗り出した彼女は自身のお腹の上に、交差させた両手を置いてしずしずと慇懃(いんぎん)な態度で腰を折った。こんな慇懃な態度で俺が誰かに挨拶されることなんて初めてことだ。学校を卒業して社会人になっていろいろと経験するようになる歳になれば、こういう経験もあるかもしれないけどな。

「あ、うん、よろしくアターシャさん」

 俺もアターシャという赤髪の女の人に頭を下げた。アターシャはまたしずしずと主であるアイナの後ろに退いた。

「ところでアイナ様。お言葉ですが、今一度私どもだけで一旦帰館し、私達の目の前にいる彼が本当に『コツルギ=ケンタ』氏であるということをお確かめしてから事に運ぶのが、相応しいかと存じあげます」

「え?」

 アターシャは言葉を隠すことも、俺の耳には届かないように小さな声で言うようなこともしなかった。そのアターシャの声色と目は俺を疎ましく・・・とまではいかないけれど、俺のことをなにやら警戒しているような、そんな様子だったんだ。

 アイナは自身の侍女のアターシャが俺のことを警戒しているということを、そのアターシャ本人の言葉と表情で悟ったようだ。

「アターシャ、それはどういう意味ですか? 貴女は目の前にいる彼がケンタ本人であることを疑っているのですか?」

 主アイナの、わずかにアターシャ自身を非難するような言葉と視線に対してもこの赤髪のアターシャ本人は全く動じていない。もし、俺がアターシャと同じ立場だったとしたら、上司もしくは師のような人にこんな感じで詰め寄られたら、少しは取り繕ってしまうかもしれない。

「はい。もしアイナ様の身になにかあれば、それはアイナ様御自身だけの問題とはなりません。国の、いえ、世界を巻き込む一大事となることでしょう。アイナ様が御自身にとっての素晴らしい出会いに心躍るのは、私も重々心得ておりますが、敢えて私は進言させていただきます」

「しかし、アターシャ・・・」

「今一度よく御一考してくださいませ、アイナ様。アイナ様の第一の臣下、この私アターシャはそれを強く願っております」

 そうしてアターシャは深々と腰を折り、主のアイナに頭を下げたんだ。それに、アターシャが言っていた、アイナの身に何かあれば世界を巻き込む一大事になるっていったいどういうことなんだろう・・・。それに臣下とも・・・。

「アターシャ貴女が私の身をそこまで案じてくれるということを、私はとてもうれしく思いますよ」

「有難う御座います、アイナ様。それからケンタさま―――」

 深々とした礼をし終えたアターシャは俺に向き直り、そして―――

「ケンタさまはもうすでに私のことを不快に思われているかもしれませんが、実は先ほどアイナ様と戦う貴方さまの様子を、日之国よりアイナ様専用仕様で取り寄せたこの通信端末で録画させていただいております」

 そういうと、アターシャは給仕服の内から板状の、俺がよく知る電話そっくりの一つの端末を取り出した。てか、あれ、正真正銘の電話だよな。

「あ、えっと・・・」

 その電話で録ったという俺とアイナが戦っている場面の動画をどうするんだろう。まさか、ネット上の有名な動画サイトにでもあげるのかな?

「失礼します、ケンタさま」

 今度はパシャッというシャッター音が一回して、アターシャが俺の写真を撮ったことが分かった。

「アターシャ。あとで私のメイン端末にもその動画と写真を送っておいてくれませんか?」

「かしこまりました、アイナ様」

 アターシャはアイナに恭しく頭を下げた。

「ケンタ・・・―――」

 俺はアイナのじぃっとした興味深そうな視線を受けた。

「ん?アイナ」

「貴方の名前はコツルギ=ケンタですね?」

「あ、うん。そうだけど」

 うん、それ、俺さっきアイナに言った。俺の答えを聞いてアイナの顔がみるみるうちに自信たっぷりのどやっとした顔になった、その顔でアイナは後ろに控えるアターシャに振り返った。

「聞きましたか?彼はコツルギ=ケンタ本人で間違いありませんよ、アターシャ。しからばアターシャ貴女の深憂は要らぬ心配となりましょう」

「―――ア、アイナ様・・・。それはさきほどもケンタさまにお尋ねになられたことと同じ内容です、今一度ケンタさまへお訊きになられる事柄を御一考くださいませ」

「・・・」

 アイナは視線と、その唇をツンと上向きにさせ、人差し指は頤から頬の辺りに当て―――そのアイナの理知的な様子を俺は見て、俺は不覚にも心がざわついてしまったんだ。いわば、俺にとって剣術は俺の彼女のようなもので、それしか俺の頭の中にはなかったのにさ―――。

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