第六十九話 『あまねく視通す|剱王《けんおう》』・・・だとっ!!
「・・・」
へぇ・・・イニーフィネってそれを使ってごはんを食べるんだ。そして最後に俺がそれと見止めたものを、アターシャは静かに音をできるだけ立てずに、一対のフォークとスプーンを平皿の横に置く。それというのはそのフォークとスプーンだ。そのフォークもスプーンも俺が日本でよく知るものと同じ形で、銀色の金属で作られたものだ。
第六十九話 『あまねく視通す剱王』・・・だとっ!!
「日之民のケンタ様にはお箸も置いておきますので、よろしければお使いください」
静かにアターシャは、これもまた丁寧に箸置きに置かれた二本の箸を俺のために置いてくれた。箸は見るかぎりは木製だ。わざわざこの『眼』で視る必要もない。普通に見るだけで、アターシャが箸置きと一緒に置いた箸が木製ってことぐらいは分かるってば。
「あ、箸。ありがとう、アターシャ」
「―――」
にこり。アターシャは俺に微笑む。
「・・・」
なんかアターシャのこのやわらかい笑顔って好感を覚えるよなぁ。
「アイナ様、ケンタ様。前菜をお召し上がりになりながら、今しばらく主菜をお待ちくださいませ。では失礼いたします」
お腹の上で両手を組み、一礼―――、顔を上げてくるり、とアターシャが俺達から踵を返したときだ、それは。
「アターシャ」
「アイナ様・・・?」
やや、と手押し台車に向かおうとしていたアターシャは顔を振り返らせ―――、それからすぅっと音もなくアターシャはアイナに身体ごと振り返る。
「主菜は貴女の分も含めてここに持ってきてください」
「アイナ様。私は―――」
すぅっ、っとアターシャの目が、
「・・・」
っ・・・アターシャの表情が、その目からもたらされる視線が少し咎めているかのように厳しくなったような・・・、俺が見ててそんな気がするんだ。自分は侍女だから主であるアイナと一緒に食事をしない、と言っているかのような・・・。
「アターシャ、この食事会は―――」
そんなアターシャの視線をもろともせずにアイナは。そして、アイナは自信満々で、その表情はにぃっと。アイナは円卓の椅子から背筋を伸ばす。
「―――この食事会は空腹を満たすと同時にケンタの快気祝いに催すものです。アターシャ貴女は―――・・・いえ、ううん私は共に死線を越えたアターシャと一緒に三人で食事を摂りたいのです」
「っ!!」
アイナってほんとにはっきりとものを言うよな。それは今に始まったことじゃないけど。俺がアイナと知り合ったのは本当につい最近だけど、アイナは言葉を言いよどんだり、にごしたり―――ううん、人に言いにくいような否定的な言葉以外は、言いたいことがあれば、はっきりと自分の考えを述べられる人。白黒はっきりとした、わかりやすいそんな人だ。
「―――」
例えば俺がアイナに訊いたとしよう。
俺『今日の料理は俺が作ろうか? なにがいいかな?食べたいものある? 』
アイナ『なんでもかまいませんよ。ではケンタの食べたいものを』
「―――・・・」
例えば、これのような、俺が同じことをアイナに話しても、こんなやり取りにはならないんじゃないかな。
きっとこうだ。
俺『今日の料理は俺が作ろうか? なにがいいかな?食べたいものある? 』
アイナ『では、ケンタが以前私に話してくれた黄金色のカレーなる食べ物を食べてみたいです』
思考をやめてアイナとアターシャを見れば、アターシャは以前にも増して無表情だ。
「アイナ様、私は貴女様の従者でございます。従者は主様とは同じ食卓を囲いません」
「・・・従姉さん、堅いことを言わないでください。今日ぐらいは三人で食事をしてもいいのでは?」
「―――(はぁ・・・っ)」
あらら。そこでアターシャは、少し呆れたその様子を隠そうともしなくて。たぶん違うって、アターシャはアイナに自分の気持ちを示そうとしてわざと大きなため息を吐いたんだと、俺はそう思う。
「かしこまりました、アイナ様。ですが、一つ条件がございます」
「条件ですか?アターシャ」
「はい、アイナ様」
アターシャは改めて背筋を伸ばし―――、
「ケンタ様が、私のこの食卓への同席を認めて下さるということが条件でございます」
―――俺に視線を送る。そんな長い赤い髪を靡かせるアターシャと視線が合う。
「俺?」
え?アターシャってば、そんな簡単な条件なの?
「はい、ケンタ様。あの日之民の転移者、剣聖コツルギ=ゲンゾウさまを見ていて解ります。貴方はあのゲンゾウさまのご令孫―――きっとケンタ様も元の『日本』という世界においても名立たる剣士であったのに相違ありません―――」
「・・・―――」
え?俺ってアターシャに・・・ひょっとしてアイナにもそんな風に、剣豪に見られてるのか? そんなことないよ?俺ただの学生だよ?普通のごくごく一般の学生だよ。まぁ確かに自分の家の小剱流剣術を駆使して剣術の大会には出たりしてる。けど、俺は祖父ちゃんのような小剱流剣術師範代でもないし。あ、俺子どもの頃から木刀を振り回していたから子どもの頃は幼馴染連中から『チャンバラ健太』って呼ばれていた・・・それぐらいで。
「―――名立たる剣士という者は弟子を多く取ると聞き及びます。名立たる剣士は門下の弟子とは食の席を同じく致しません。弟子と従者は似ているとは思いませんか?アイナ様。よって、アイナ様の従者であるこの私が食事会を共にするなど、ケンタ様はお許しにならない、と勝手ながらこのアターシャ=ツキヤマそのように思います―――、残念ですが」
アターシャは『残念ですが』、というけど、全然残念そうじゃねぇ。
「・・・」
残念ですが、と言ったわりにアターシャのその顔は全然残念そうに見えなかった、少なくとも俺には。むしろ、アターシャのその口角は僅かに笑っているぜ。余裕の笑み、というやつだ。
「アターシャ・・・」
しゅん・・・っ、っとアイナ。しょぼーん・・・っ、みるみるうちに、まるで青菜に塩をかけたように―――。だが、悪ぃアターシャ。俺はアイナの肩を持たせてもらう!!
「こ、言葉が過ぎました、アイナ様。で、ですがきっと、・・・そのような名高い剣士のケンタ様がアイナ様の一介の従者たるこの私の同席などを認めるわけがございません」
ちらっ、一瞬だけアターシャが俺に視線を送る。そのアターシャの視線は、別段普段とは変わらず、目配せのような意志も見当たらない。本当にちらりと俺を見た感じだ。
「っ」
きっとアターシャは俺のことを、いや・・・日本っていう国を勘違いしてるんだって。祖父ちゃんを見た所為かも。きっと日之国に『似た』日本には武士か剣士のような人間がいっぱいいると思っているのかもしれない。そうじゃないってことを俺が教えてあげないとな。
「あっいやアターシャ?俺ってただのふつーの学生だよ?」
「普通の学生?ケンタ様が、ですか?」
ふえっアターシャってば、顔をそんな意外そうにきょとんとさせて。そんなに意外かな?俺。
「うん。そりゃあ、確かに小剱流剣術はやってたし、今もやってるつもりだけど」
「またまた御冗談を、ケンタ様」
「いやいや、俺なんて・・・。俺の剣術の腕なんてまだまだだって」
そうだなぁ・・・たとえばいつも剣術の試合で当たるやつとか。俺が―――、剣術の大会で準々決勝や準決勝でやつと当たったときには、あんまり勝った記憶なんてないし。他にもいろんなやつらも。
「―――日本で俺より強い奴なんてごろごろいたしな・・・」
それこそ世界はどうよ? 何年かに一度の世界大会に出る選手なんかに比べたら俺の剣の実力なんてなぁ・・・。うぅ・・・考えてたらなんか憂鬱な気分になってきたぜ。刀の腕を磨いてもっともっと強くなりたいぜ・・・、俺。
「ケンタ様。過ぎたる謙遜は却って自身を貶めてしまいますよ」
「そうですよ、ケンタ。アターシャの言うとおりです」
謙遜じゃないんだけどな。
「―――・・・」
まぁ、あれか。アターシャに、アイナに、彼女達はそんなことを言うものだから、俺は顔を上げた。アイナとアターシャと、その顔を順繰りに見れば、確かに彼女達は、自分達が発した言葉どおりの表情だ。不満とまではいかないけど、俺は不評を買ったようだ。日本では『謙遜』『謙譲』が尊ばれる。自分の実力がまだその域に達していないとして、与えられる称号や賞状を自ら辞退する人までいる。やっぱり文化が少し違うのかもな、このイニーフィネと日本では。
「私は、ケンタ貴方の大活躍をこの目で見、またこの身体で覚えました。悪しき『黯き天王カイト』の七度にわたる黯き技をケンタは全て、まるで光の如く全ての闇黯を弾き返し、私とアターシャを、このイニーフィネ皇国を・・・いえ、この惑星イニーフィネの五世界を救ってくださいました。まさにケンタ貴方は救国の英雄ですよ?」
「っ!?」
ふぇっ、そこまでっ!? 俺ってそんなになのっ!! アイナとアターシャに俺ってそこまで見られてるのっ!?
「ケンタ―――」
「ん?」
アイナに名前を呼ばれた俺は彼女を見る。えっへん、とアイナはその自信満々の顔で俺を見ながら―――。
「―――私は皇都の宮廷詩人達に、ケンタ貴方と黯き王『天王カイト』の凄まじい戦いを『皇国創建記』の末尾に加え、『あまねく視通す剱王の詩』の節で、それを後世に遺すように命じましたっ♪」
にこっ♪ アイナは微笑む。
「~~~・・・っ」
まじか・・・。俺の名前が、二つ名が『あまねく視通す剱王』っ!? 俺がこの五世界を救った英雄だとっ!? で、それがこのイニーフィネ皇国の正史として遺される・・・だとっ!!