第六十八話 得体の知れないモンスタープラントの果汁を飲んでみよう
第六十八話 得体の知れないモンスタープラントの果汁を飲んでみよう
「しかし、完全武装した採集人は素早くその果実を捥ぎ取り、遁走。トゲモモの木は動くものに反応して棘が飛ばしますので、採集人は素早く果実を捥いだあと、防御に徹しつつ直ちにそこから離脱しなければなりません」
淡々と、アターシャ。アターシャの話を聞くかぎり―――俺思うよ、やっぱりそのトゲモモって思い切りモンスタープラントじゃねぇか・・・!!
「―――、・・・じゃ、じゃあさ、そのトゲモモ?そんなに収穫がやばいっていうんなら伐採したらいいんじゃないか?」
トゲモモの木を切ってしまえば果実の棘桃がいっぱい手に入るわけだし、伐ったぶんのトゲモモはまた種を植えて植林すればいいんじゃないか?なんか伐るっていうのはかわいそうだけど。ほら日本でもよくやっているしな、山に植林事業って。
「ケンタそれはできないんです」
ってアイナが・・・、ちょっと残念そうに。
「え?」
なんで伐採できないんだ?トゲモモって木だろ?
「トゲモモは『古き大イニーフィネ』より以前から在る生きた化石とされていまして伐採はできない決まりなんですよ、ケンタ。果実の採集量も決まっていますし」
「へぇ」
シーラカンスだ。シーラカンスやカブトガニのような保護が必要な希少生物か。
「それにですね、ケンタ様。トゲモモは人には懐きませんので―――」
懐きません?
「―――・・・っ」
ぞくぞく。植物が『人に懐きません』ってどういうことだよ?アターシャさん。犬や猫じゃあるまいし、『懐かない』って。(ぞくぞくっあせあせっ)
「―――ですから安易に植林することや栽培することはできないのです」
「あっでもアターシャ」
アイナは前に垂れてきたその長い黒髪をふわさっと右手で正しながら、アターシャに口を開いた。
「はい、アイナ様」
「この前、トゲモモの養殖・植林に成功したという報道はありませんでしたか?」
「はい、ありました。ですが、人に植えられてしょぼんとしまっているトゲモモに棘はつかず、果実もつけず、ただの物言わぬ静かな普通の植物のようになってしまったそうです」
「・・・っ!?」
しょぼんとしているって、草木を見てそんなことが分かるのっ!? しかも普通の植物のようにってアターシャ。いや、ううん物言わぬ静かな植物って・・・それが普通の植物だよな? 俺、なんか間違ってるかな? あっ、魁斗といたあの廃砦の周りに咲いていた草木は普通の植物だったよな。
「そう・・・」
そのアイナの力のない声に俺は廃砦の思考を止め、アイナに視線を移す。・・・あ、ちょっと残念そうアイナ。
「・・・」
「ケンタ様も棘桃の蜜『至高の甘蜜』はお飲みになられますか? それとも―――日之民が嗜む緑茶も用意してありますので緑茶になさいますか?」
アターシャはカートの上に鎮座してある鉄器?のようにいぶされた色合いの茶器を右手で示す。
「緑茶っ!?」
それ緑茶だったのか。初めに見たときはなんかそれだけが、和風のものだと思ってひときわ俺の目についていたんだ。
「はい。緑茶でございます」
断然それだ!!あぁ、俺、今とてもお茶飲みたくなってきたかも。魁斗との件もあったし、ここのイニーフィネに来てから全くお茶を飲んでねぇや、俺。アターシャの口から緑茶なんて聞いたものだから意識して、あぁ俺久しぶりにお茶飲んでみたいぜ。
「あ、えっと俺は―――」
それに・・・『それ』が好きそうなアイナには悪いけど、そんな奇怪な植物のジュース・・・、奇怪で、意思を持つというそんな得体の知れない植物の汁をジュースにした飲み物よりも、俺がよく知るお茶を飲みたいぜ―――。
「アターシャ。ケンタの杯にも甘蜜を注いであげてください」
「っ!!」
うえ゛っアイナさんっ!? アイナにやんわりと命じられたアターシャは俺の杯?その白磁の杯を左手に取り、右手には銀色に輝く金属の水差しを取り―――
「かしこまりました、アイナ様」
流れるような手慣れた動作で傾けて。その鶴首のような水差しの口から―――どろっどろろっ。
「~~~~っ・・・!!」
あ、あ゛ぁ~、俺の杯が―――、俺の緑茶さんが注がれるはずだったスペースがぁ~。
「―――」
あ~あ・・・。アイナの鶴の一声で俺の白磁の杯にどろどろとその濁ったピューレのような黄金色のドロドロが注がれていくよぉ~~~。ううん、決して飲みたくない?っていうわけじゃないよ?俺は―――でも・・・。
あ~杯が得体の知れない黄金色のどろどろに占領されてゆく・・・ぜ。白磁の杯に注がれてゆく黄金色の水位がゆるゆるもりもりとだんだんと競り上がってく・・・。
「どうぞ、お召し上がりくださいケンタ様」
「・・・」
八分目だ、ちょうど。コトッ、と静かな音を立てて円卓の上に置かれた俺の杯。すっ、とその杯からアターシャのきれいな左手が離れる。そして、俺の目の前に黄金色の得体の知れないモンスタープラントの実でできたピューレが。
「う、うん。ありがとうアターシャ」
「いえ、お気になさらず、ケンタ様」
「・・・」
ほ、頬なんか引き攣っていないよ、俺?
「今日は私達しかこの食卓を囲っていません。礼儀作法にとらわれず、さ、ケンタお食事を楽しみましょう・・・♪」
楽しいのか、アイナは。アイナはイニーフィネの皇女だし、公人と一緒のときは礼儀作法に則った食事をしているのかもしれない・・・。
「おうアイナ」
にこにことした笑顔のアイナ。
「―――(すぅー)、いい香りですね、とても」
アイナは先ず口を杯につけずに、すぅーっと味わうように鼻で匂いを嗅いだんだ。もちろん黄金色の。そのアイナの仕草はまるで、とてもいい香りのコーヒーはまず香りを味わってから、の通の人のその仕草のように。
仕方ない。いつまでも食わず嫌いしていたって仕方ないって、アイナはあんなにあの黄金色を楽しんでいるんだ。俺も腹を括るぜ・・・っ!!
剣術の試合のときに、よく自分自身に掛けるように、心の中で呟く、、、俺は勝つ、俺は勝つ、俺は勝つ・・・という自己暗示のような願掛け―――
「―――、―――、―――」
きっとあの黄金色のジュースはおいしい。おいしい。おいしい。おいしい・・・。噛みつかない、噛みつかない・・・。窒息しない、、、。
えっと、まずは、
「~~~」
す、すぅーっと俺も。香りを吸い込むように鼻をくんくんとひくつかせ―――。
「っ」
ん?あ、意外っ。匂いはとてもいい清涼感のある甘い香りだ。柑橘系とも違うし、ナシやリンゴとも少し違う。シロップ漬けの桃の缶詰の匂いに爽やかさがプラスされたようなそんな清涼感のあるいい匂いだ。
「・・・失礼致します」
その間にコトコトっとアターシャは、円卓に備え付けられた椅子に座る俺とアイナの眼前にいくつかのお皿を並べていく。お皿はどれも白磁で、日本で言うパン皿から小鉢のような皿が二つ三ついくつか。
「前菜になります」
「―――」
トンっという円卓と杯がぶつかり合う音もなく、アイナは件のトゲモモジュースが入った杯を円卓の上に静かに戻した。
これが、このアイナの仕草は前菜が運ばれてくるときの礼儀かもっ、あせあせっ!!
「っつ」
俺もアイナの真似をしよう。俺も焦りつつ、アイナのその仕草を見倣って、そのトゲモモジュースの杯を静かに円卓の上に置いた。
「まずは前菜から参ります―――・・・」
やっぱり正解。するとアターシャはそれを、俺達が杯を円卓の上に置くのを待っていたかのように、右手を平たいパン皿に指し示す。
「・・・」
ホタテ?これはホタテガイかな? どこをどうを見てもそのパン皿に盛られたものは、スーパーで売ってある、あの貝殻から取り外されてボイルされたホタテガイの形と同じものにしか見えない。
「そちらの平皿に盛りつけましたものは日之国産の貝柱つきのホタテガイを湯通しし、塩を少々加えたものです。そこに赤茄子を煮込んで仕込みました赤茄子の餡を用いて絡めました、貝柱の赤茄子にございます。貝の身に少々独特のくせがございますので、お好みでこの小皿に添えました数種の香草をお好みで御嗜みくださいませ」
「―――」
見ればトマトケチャップのような色合いの赤とホタテガイの白、ホタテガイはパンを食べるときに用いる平皿の上に三つ盛られてあってそれが乗るキャベツのような緑色の広い葉物野菜。そのキャベツのような葉物野菜は平皿に敷かれていた。平皿から漂ってくる匂いもトマトケチャップのそれだし、盛られているのはホタテガイだ。
「・・・」
めちゃくちゃ普通の、日本でも食べるようなごはんだ。異世界の、イニーフィネの食事ってさっきのトゲモモの黄金色も含めて、地球の食材とあんまり変わらないのかもしれないな。
カチャリ・・・。
「・・・」
へぇ・・・イニーフィネってそれを使ってごはんを食べるんだ。そして最後に俺がそれと見止めたものを、アターシャは静かに音をできるだけ立てずに、一対のフォークとスプーンを平皿の横に置く。それというのはそのフォークとスプーンだ。そのフォークもスプーンも俺が日本でよく知るものと同じ形で、銀色の金属で作られたものだ。