第六十二話 消えたおまえは―――
「だったら海鮮料理好きだぞ? 魚介出汁の汁物っておいしいよな」
カツオ出汁の味噌汁とか、火を通したアサリのアサリ汁の貝の酒蒸しに、食べたことないけど、よく動画とかでやっている漁師町に伝わるサザエのつぼ焼きに、獲れたての新鮮なイカをすぐに捌いて、地しょうゆで食べるイカの刺身とか―――を、よく現地を訪問したタレントが食べて『んうっまぁーい』とか言ってるやつだ。
じゅるり・・・ごくっと―――いけねぇ・・・想像したら思わず唾液が。
第六十二話 消えたおまえは―――
「・・・」
金網の上で、ちょっとかわいそうだけど、しょうゆと貝の汁がじゅわわぁっと沸騰しながらサザエの口からそれがぽとぽと垂れて、金網の下で燃えている薪にじゅうじゅうと。また白く純白の半透明なイカをタレントがその、少し赤みがかった地しょうゆにつけてちゅるりって食べて。カニ飯には紅色のカニの足がたくさん入っていて、またカニの甲羅を器代わりにするんだよなぁ~、カニみそとか。
「―――、―――・・・」
ごくっ―――うっ想像したら、また唾液がじわっと。
「アターシャ。ケンタのあのとろけた顔を見ましたね? ケンタの快気祝いです、今日は海鮮料理でいきましょう」
「はい、アイナ様。では―――少々お待ちを」
アターシャは俺達に一礼―――くるりと身体を反転させると、またこの食堂の扉の前で一礼する。―――アターシャがそのドアノブに手を掛け、きぃっとその白亜の開き扉を開けると、ぱたっと、静かにドアノブを最後まで手で添えるようにして閉めたんだ。
快気祝いに海鮮料理のフルコース?
「なぁ、アイナ? アターシャって―――・・・」
アターシャって食事をここまで運んでくるんだよな、と俺がそこまで口に出さずともアイナはにこっとほほえんで。
「えぇ、ケンタ―――」
わずかにうなずくんだ。その言葉は俺がある程度の察しがついているときの言い回しに聞こえた。
「そっか」
やっぱりアターシャはこの、俺達がいる食堂に海鮮フルコース料理を持ってくるために厨房に行ったんだな。ほら、あれかな? 女中さんや客室乗務員がタイヤの付いた食事台をころころと押してくるように、アターシャもその手押しの食事台に料理が盛られたお皿を運んでくるんだろうな。
「立ち話もよろしいですが、あちらの椅子に腰を下ろしたほうがよろしいかと」
彼女の言葉の端々や、その一つ一つの仕草は品を感じさせるものだ。ほら、椅子まであのさりげなく俺を先導するような手の動きとか。
「―――今まで忙しくお互いのことをよく知るためのお話の場すらありませんでした。お料理が運ばれてくるまでゆるりとお話をしましょう? ね、ケンタ?」
できたばかりの彼女と、お話か。確かに。なんか俺らってこうしてちゃんと話をすることってなかったよなぁ。
だから彼女のアイナの誕生日も血液型すらも知らないんだぜ、俺。
「うん、そうだな。話でもしよっか、アイナ」
生ける屍、魁斗にグランディフェル、そしてクロノスの登場。目まぐるしく事態が変わっていってさ。
「はい」
俺はアイナに促されてこの食堂の真ん中に鎮座する円卓を囲む一つの椅子に座った。おっふかふか―――、その椅子は木でできているものの、座部にはふかふかの座布団とは違うな、でもなんかそんなふかふかふわふわのクッションが敷かれ、背もたれも柔らかいから気持ちよくて、これが木でできているなんて信じられねぇ。・・・そこいらに、例えば学校の体育倉庫の中に転がっているような粗末な木の椅子なんかよりもずっといい感触だ。
「・・・・・・っ」
そして―――うおっ!!顔を上げて天井を見上げれば、天井は高い、とても高いぜ。少なくとも日本家屋の天井とは段違いの高さで、そこに落ち着いた昼光色の光を放つ、シャンデリアがっ!? ギラギラしたような青白いLEDのような光でもなく、夕刻の朱い明かりとも違う、昼間の太陽の自然光のような色合いだ。
「・・・・・・っ」
俺とお話がしたいと言ったわりにアイナは、さっきからじぃっと、そしてときどきちらっちらっと俺を見てくるだけだ。
「・・・・・・(じぃ) 、ふふっケンタ―――っ」
いい―――、そ、そんなかわいい笑顔を向けられると、俺・・・っ。アイナがそんなだから俺も照れるぜ。
「っ―――」
俺と視線が合うと、アイナはにこりと微笑む。円卓を隔てて俺の対面にアイナ―――、アイナから見て対面は俺になる。
なにぶん、こんな状況で待つだけというのは―――間が持たねぇよ。例えばほら、二人で歩いてどこかに向かっているときとかだったら、さりげなくアイナの手を取って握ったりできるんだろうけど。
あとは例えば、アイナと相がかりの稽古をしていたとしよう、俺は木刀でアイナを打つなんてぜってぇできそうにねぇから、ただがむしゃらにアイナの木刀を受け、往なし、避けたりするのでいっぱいになるだろうから、こんな変な気分にはならないんだろうけど・・・。
この沈黙―――、俺からアイナに話しかけてみるか・・・―――。
「お、おう・・・そうだアイナ」
「ケンタ?」
にこりっ、とアイナは穏やかな笑みを浮かべる。しまった、アイナに話しかけても、その内容を考えてなかったぜ。
「―――・・・」
えっと・・・そういえば―――アイナはごくたまにだけど、アターシャのことを『従姉さん』って言うんだよなぁ。―――・・・それも訊いてみたいけど、―――宮廷内の、なんかそれは訊きにくいし、なにかちょうどいい話題になるようなっ―――、俺の祖父ちゃんの話?この屋敷内にはたぶんいないよな?いたらすぐに俺のところに来てもいいぐらいなのに・・・。 それともこの食堂に来る途中に見かけなかったこの屋敷の俺達以外の人のこと? う~ん。
そうだ・・・!!
「なぁ、アイナ。そういえば、気になってたことがあるんだけど―――」
たぶん、これならアイナに訊いても大丈夫な話題だよな。やっぱ訊くのは自分自身のことにしておこう。
「なんでしょうか、ケンタ」
俺がアイナに訊こうと思ったのは、『あれから』のことだ。
「あれからどうなったんだ? ほら、俺が魁斗を日本に飛ばした反動でぶっ倒れたそのあとだよ」
「貴方が倒れたあのあとのことですか・・・?」
「おう、知りたいなって」
「えぇ、かまいませんよ、ケンタ」
そしてアイナは語り出す―――
「・・・あのときの『黯き天王カイト』との最終決戦で―――」
「・・・・・・」
えーっ、アイナの『黯き天王カイト』って。幼馴染の魁斗なんかにちょっと大げさだよな。―――ってクロノスも『天王カイト』って言ってたっけ、そういえば・・・。ま、いっか。いちいちアイナに指摘しないけどな。
「―――ケンタ貴方は強大な女神フィーネ様の力を借り、その『選眼』という異能を―――、と、その前にケンタはこの五世界の『異能』についてどこまでご存知なのでしょうか?」
「??」
ん?なんで?なんでこのことに『異能』のことが関係あるんだ?この五世界の異能をどこまで俺が知っているかって・・・? 俺と魁斗の最終決戦のことを話し始めていたアイナは突然話の内容を変え、俺にそんな『異能』のことを訊いてきた。
だから俺はちょっと戸惑い―――
「えっ・・・と」
『異能』の話と、俺がアイナに訊いた『俺がぶっ倒れたあのあと』の話ってなにか関係があるんだろうか? まぁ、いいか。アイナのことだ、きっとこの二つにはなにか繋がりがあるに違いない。アイナは無駄なことをしたり、まどろっこしいことはしないような、そんなまっすぐな性格の女の子だし? この五世界の異能についての話が、きっと『ぶっ倒れたあのあと』のことに繋がってくるんだろうさ。
「―――・・・」
五世界の異能かぁ・・・。でも、俺の異能の知識って、あの魁斗から聞かされたことしか知らないんだよなぁ。魁斗はあんな性格の歪んだ奴だったし、ひょっとして俺に嘘を吹き込んだ可能性ってのも充分ありえるか・・・。
俺と魁斗は廃砦で焚火を囲いながら話をした。俺が魁斗から訊いた話は―――、確かえっと。
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『この惑星イニーフィネには五つの世界勢力があってさ。一番大きいのが先住者イニーフィネ人の国『イニーフィネ皇国』だよ』
『あぁ、さっきお前が言っていた『女神』を信仰する人々のこと?』
『うん、そう。そして、その他の四つ勢力は先住者じゃなくて、昔この惑星イニーフィネにやってきた『来訪者』なんだ。僕らの現代日本のような世界『日夲』からやって来た人々『日之民』の『日之国』。とある中世の世界からやって来て、僕らが『月之民』と呼ぶ中世人が住む『月之国』。彼らの惑星イルシオンが滅びる直前に魔法王国イルシオンから逃れてきた魔法の民イルシオン人。そして、少数の機人が人間を支配する機械の国ネオポリス。この異世界は五世界って言われてて、イニーフィネ皇国、日之国、月之国、魔法王国イルシオン、それとネオポリス合わせて計、五つの勢力が在ってさ』
『・・・へぇ。この異世界イニーフィネは五世界で、イニーフィネ皇国と・・・えっと、それはまぁ覚えやすいんだけど、他のなんだっけ、日之国とかイルシオンとかって急にいろいろと言われてもなぁ・・・』
『うん、わかるよ。まぁでもおいおい覚えておけばいいんじゃないかな。あと僕ら日之民は超能力のような『異能』を、月之民は『氣』を、魔法王国イルシオンの民は『魔法』を使えるから』
『超能力を使える? 魁斗お前大丈夫か?』
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「・・・」
って―――魁斗おまえは。