第六十一話 海鮮料理などは、いかがでしょうか?
きょろきょろ―――、え?足がふわっとした? んっ・・・?
「??」
あれ?地面がない―――
「ケンタ様、そこから下り階段でございます」
「え?―――おわっ!!」
あっぶねぇ・・・階段を踏み出しそうになったぜ・・・ふぅ、・・・。なんとか、たたらを踏むように堪えてみせたぜ・・・!! アターシャの俺を呼び止める声がなかったら、俺完全に階段を落ちてたよな・・・、あぶねぇ。
第六十一話 海鮮料理などは、いかがでしょうか?
「ふぅ・・・ごめんごめん、アターシャ」
「ケンタ様・・・い、いえ―――お怪我がなくてなによりでございます。ですが、ケンタ様お加減のほどは? いえ、どこかお気分がすぐれないのでしょうか?」
「ケ、ケンタ・・・?ほ、本当に大丈夫ですか?」
アターシャもアイナもほんとに大丈夫?みたいな顔で俺を見る。
「あ、いや、ははは―――・・・」
「―――、・・・」
アイナってばちょっと悲しそう?
「っ・・・!!」
というか、一瞬視線を落とし、伏し目になったアイナのその表情を見て、俺にはそうアイナが悲しんでいるように見えたんだ。ん―――そういえば、アイナは遠慮なく自分に言ってほしいみたいなことを言っていたっけ・・・? あぁ、いや気を遣ってとか、俺自身我慢してるとか、そういうことじゃないんだ。
「ごめん、アイナ、そうじゃなくて―――」
俺は不思議な燭台の灯りに向かって右人差し指を立てて示す。
「これ。不思議な灯りだよなぁってよそ見してた。これから気を付けるわ」
「?」
ん?と言いたげでアイナは俺が差した指の先を追い、納得したような顔になった。
「あんな不思議な灯りって俺が居た世界、その日本にはなくてさ。はははだから」
「あ、あぁ―――そうだったのですね。で、ではケ、ケンタ―――・・・どうぞ、私の手を。こ、これでしたら貴方が存分にご覧になっても危なくはないかと―――・・・」
おずおずっ、といった調子でアイナがその右手をゆっくりと俺に伸ばす。っ、ちょっとはずかしいし、アイナきみも内心はずかしがっている、というか面映ゆいって感じかな?なんかそんな印象を受けるアイナだった。
おずおず―――。対面のアイナはおずおずと俺にその右手を差し出す。
「ケンタ。さ、私の手をお取りになって―――・・・」
おずおず、俺も。自分の右手を―――あ、これじゃ並んで歩けねぇ。じゃ左手だな。
「お、おぅ・・・」
やわらかい、きれいな手。しかもあたたかい。アイナがとても刀を持っているとは思えないようなきれいでっみずみずしい手だ。きっとハンドクリームで手入れをしているんだな。俺も左手を伸ばしてそのアイナの手を取ったんだよ。
「ケンタの手―――」
しげしげ、アイナは俺の手を食い入るように見つめ―――、俺は特にハンドクリームとか使っていない。
「うん、荒れたきたない手だろ?」
「い、いえ、そう自分を卑下しないでください、ケンタ。そうではなく・・・この豆ができた手は―――」
うっとり。にぎにぎっ。
「っ」
ふえっアイナさんっ!!
「―――ケンタのこの手は剣術の鍛錬の証ですので、私は、す、好きですよ、このケンタの手も貴方のことも・・・―――っ///」
「っ///」
アイナ・・・。俺も好きっ・・・てのは、心の中では言えるけど、口に出すなんて、恥ずかしくてそうかんたんには言えねぇ・・・わ。
ダメだな、俺。
「―――っ///」
やわやわきゅっきゅっ、っとその代わり、アイナの手を握る俺は、その手に緩急をつけて優しく余分な力なんて加えず、優しくいたわり揉むようにしてアイナの手を何回か握り返したんだ。
「っ/// え、えっと・・・ケ、ケンタのお察しのとおりこの照明は電気とアニムスで―――」
「へぇ―――」
やっぱそうなんだ、と俺は。そして、・・・俺は彼女達の先導で階段を下りていき、廊下を歩きしばし経った頃―――
ぴた、っと俺と手を繋いでいたアイナの歩みが止まった。そういえば、誰ともすれ違うことはなかったな、この廊下で・・・。ま、いっか、おいおいそれも、なんで人がいないのか、それもアイナに訊くか。
「つきましたよ、ケンタ」
今までの廊下で見かけた扉よりは豪華な、その表面に装飾のなされた扉だ。あれは女の人の装飾だ。扉に大胆に彫られたものではなく、きめ細やかに繊細に彫られた彫刻に似ている。全身像でその彫刻の女の人は水瓶を持ち、その横には食べ物を添えようかという巫女?―――そこで俺は気づく。
「・・・あ」
たぶん、あの彫刻のモデルは―――うん、きっと女神フィーネだ。
「ここがわが家の食堂になります」
アイナのその声で俺はふと我に返る。
「!!」
がちゃっ、アターシャは先んじてドアノブに手をかける。この食堂にはあの鍵はないんだ? きぃ・・・、とわずかな音を立ててその開き戸が開けば―――
「どうぞ、お入りくださいませアイナ様。ケンタ様」
「おぉう・・・」
白だ。そしてノーブルだぜ・・・。その食堂の壁は白一色で、ところどころの壁に二つ三つ刺繍画が掛けられている。その刺繍画というのは・・・なんだろう・・・、なにかとても言い表せないけれど、風景画だったり、こっちの刺繍画はイニーフィネの何代か前の皇族の人の立ち絵かな? そんな感じの人物が馬に乗っていて何人かの従者を率いている絵だ。それとも絵師が描いた完全な架空の人物か? 刺繍画ということもあり、その人の顔の細部、目鼻立ちや衣装の柄やきめ細やかなところまでは分からない。じぃ―――っと俺は。
「―――ん?」
でもっ、あの人が乗っている馬って二枚の翼が生えていないか? それぐらいは見て分かる。背中に羽根が生えた馬?・・・つまりファンタジーものでよく出てくる天馬か?
天馬に乗っている人は髪の毛が長いし、胸もあるように見える。女の人かな、でも女神フィーネではなさそうだし―――、
「あの絵画が気になりますか、ケンタ?」
「えっ」
そんなに俺ってあの絵をじぃっと観ていたのか? そんなときに俺はアイナに声を掛けられたんだよ。
「あっいやっあの羽根が生えた馬に乗っているのは誰かなぁって・・・? 髪の毛長い人だよな? あの絵のモデルって女の人? それとも単なる空想の人物か?」
アイナは少しいやらしいような、くふふっ、っという笑みでその顔を彩る。
「ふふっ気になりますか?」
「あぁ。まぁ―――でも、むしろあの天馬?のほうかな。日本・・・ううん地球にはあんな羽根の生えた馬なんていないからさぁ―――」
「―――。アターシャ」
「?」
「こちらへ来てください」
「はい、アイナ様」
すすっと、歩く音も立てずに、アターシャはアイナに歩み寄る。
「アターシャ近う、貴女のお耳を・・・、」
「??」
俺に聴かれないようにかな? アイナは近づいてきたアターシャの耳の近くでこそこそとなんか囁いている・・・。アターシャ少し恥ずかしそう?ううん、違うな、なんだか笑いを堪えているような表情で。
「―――、で」
「んっ・・・アイナ様っお手やわらかにっ。っわざと、こそばゆくされていませんか?」
「ばれましたか、従姉さん」
「アイナ様」
「私達しかいないんだし、少しぐらいはいいんじゃない従姉さん?」
あ、これがひょっとしてアイナの素?アイナはアターシャのことをまた『従姉さん』って言ったよ? 確かアターシャは『ツキヤマ』で、アイナは『イニーフィナ』だったよな? じゃアターシャってアイナの母方のほうの?
「―――、・・・はぁ、アイナ様・・・」
「!!」
!!たっ溜息だ。あのアターシャが溜息を吐くなんて、俺が視るのははじめて。
「っ♪」
ちょっとうれしいかも、俺。俺がいてもこんな素を出してくれるなんてっ。
「?」
ん?アイナと視線が合う。なにかあるのかな? アイナはアターシャからその視線を移し、そんな俺と視線が合った。
「ところでケンタ―――」
「ん?」
と、俺は。やっぱアイナのやつ俺になにかあるみたい。
「ケンタ貴方は、海鮮料理はお好きですか?」
アイナが俺の目を見て微笑みかけながら、俺に言う。
「―――」
海鮮料理―――って俺が今想像しているものでいいんだよな? 和食だったら真っ先に思い浮かぶものは生魚やタコ、イカなどを使った刺身とか握り鮨。洋食だったら鮭のムニエルとかタラコソースやアサリをトッピングしたパスタとか―――、他にもいろいろ。
「海鮮料理って魚とか貝を使った料理で合ってるよな?アイナ」
ほらここはイニーフィネっていう地球とは違う世界だし―――一応な、一応訊いておこう。あと、まさか、川や海に浮かべた櫂船の上で食べる『櫂船料理』だったらどうしよう、とか。
「えぇ。ケンタの想像どおりですよ。海で捕れた新鮮な食材を使った料理のことです」
ほっ・・・よかった。俺の想像通りだ。どうやらこの惑星イニーフィネと地球でもそこの常識は一緒みたいだ。まさか、クラーケンやダイオウイカのような馬鹿でかくてモンスターみたいなイカの姿煮とかじゃないのを祈るだけだ。なんかダイオウイカって臭いらしいし・・・。
「だったら海鮮料理好きだぞ? 魚介出汁の汁物っておいしいよな」
カツオ出汁の味噌汁とか、火を通したアサリのアサリ汁の貝の酒蒸しに、食べたことないけど、よく動画とかでやっている漁師町に伝わるサザエのつぼ焼きに、獲れたての新鮮なイカをすぐに捌いて、地しょうゆで食べるイカの刺身とか―――を、よく現地を訪問したタレントが食べて『んうっまぁーい』とか言ってるやつだ。
じゅるり・・・ごくっと―――いけねぇ・・・想像したら思わず唾液が。