第五十九話 では、お食事にしませんか?
第五十九話 では、お食事にしませんか?
「あ、アターシャ・・・貴女ひょ、ひょっとしてずっと・・・?」
「え、えと、は、はいアイナ様。その―――」
珍しい、アターシャが言いよどむなんてさ。
「―――ケ、ケンタ様が、椅子に座したまま寝入っているアイナ様を、じぃっと見つめながら、唾液を呑みこんでいるところなど私は見ていませんよ?」
「え?ケンタが?」
アイナは目をきょとんとさせて―――、
「っつ!!」
ひっひぇっ!! それを言うか、きみは。
アターシャの言葉が忠実すぎるんだよっ。
「ちょっアターシャ!!」
咄嗟に俺、アターシャに。今のを聞いたアイナに俺ヒカれたりして・・・、そんなのいやっすよ!!
「すみませんケンタ様。貴方様の御慈悲にかけてどうかご容赦を」
ご容赦をって、アターシャはお腹の上に重ねた両手を置き、また一礼。まぁ、アイナにヒカれなかったら別にいいんだけどな。
「・・・・・・」
「そ、それからケンタはどうしたのですか、アターシャ?」
ふえ?アイナ?ひょっとしてきみは興味津々だったりするのか? 俺のその・・・あれだ。
「はい、アイナ様。ケンタ様は寝入っているアイナ様のお顔をじぃっと慈しむように、また愛するように見られたあと、御自身の頬を両手でぱんっと挟み込むように叩いたのでございます。その様子はまるで己の心を戒めるような行動でございました」
「・・・そ、そう・・・」
「??」
あれ?なんかアイナってば、残念そう?ひょっとして。い、いやいや俺の勘違いかもっ。
「ケンタ様はアイナ様を大切に想い、愛されているのですね。このアターシャ、アイナ様の侍従長として大変うれしく思います」
「っ///」
そ、そんなことを臆面もなくっ。
「―――っ」
いや、なんか俺も、恥ずかしがってはにかむアイナを見たら、もう、なんか俺まで恥ずかしくなってきてっ/// アイナと築いたそういういい雰囲気もその感情はそのままに、いい感じで治まって―――。
そうすると次に浮かんでくる事柄と言ったらあれくらいしか浮かばない。ここに運ばれたいきさつとか、このベッドからあるこの建物はどこなのか、とか。
「!!」
そうだ。これは俺が目を覚ましたときにも思ったことだけど―――やっぱりちょっとアイナ達に訊いて知っておきたいよな。
「そういえば、さ。あれから俺ってどれくらい眠ってたんだ?」
俺はベッドに上体を起こしたままで二人に訊いた。俺に飛び掛かるように抱き着いていたアイナはすでにふたたび椅子に座りなおしている。
あれからっていうのはもちろん、魁斗を日本に転送させた反動で俺が気を失ったとき、からだ。まだまだその余韻に浸っていて?恥ずかしそうにしている?アイナを、俺ははじめに見て、それからアターシャにもその視線を送った。
「え、えと―――、ケンタ貴方は丸二日間、眠っていたんですよ?」
おずおず、とアイナはアターシャに視線を送り、こくりとアターシャ。それからアイナは俺に、俺をまっすぐ見てそう言った。
「丸二日っ!?」
まじかっ!!そ、そんなにも俺は眠っていたのか・・・。
「はい、本当ですよ、ケンタ。宮廷医術師や聖術師達が貴方を看てもどこにも異常はないとのことでしたが、今までまったく目を覚まさず・・・」
しゅん。アイナのやつ・・・、ほんとに俺のことを心配してくれたんだな―――。
「・・・」
俺は今のアイナのしゅんとしたその様子を観てそう思ったんだ。だってアイナは、そこでだんだんと伏し目がちになって、視線を伏せていく・・・
「貴方が一向に目を覚まさないので、本当に心配しまして―――」
「お、おう・・・」
宮廷医術師って医者のことだよな。聖術師って・・・なんだろう、傷とか体力とかを回復してくれる職業の人達のことか?
じわっ、っとアイナは・・・えっ―――なっ、涙だよなっ今の!? な、泣いてるっ!?
「っつ!?」
「―――でもやっと、だから私、その―――今の私はケンタ貴方が目を覚ましてくれてとてもうれしいです・・・、・・・」
アイナはその目尻にきらりと光るものをその綺麗な手で押さえた。
「アイナ様―――」
そこでアターシャは一歩進み出て手に持つ純白のハンカチをアイナに差し出した。
「あ、ありがとうアターシャ」
そして、アイナはアターシャからその純白のハンカチを受け取り、それを目尻に押し当てるようにして―――、アイナ―――っやっぱりほんとに、きみは。
「――――――」
上品で気品あふれるその仕草は、やっぱり俺はアイナがお姫さまであるということを再認識したんだ。それにさっきも『宮廷』医術師や聖術師と言っていたもんな・・・。宮廷ってさ。
「今は、あれから―――ケンタ貴方が倒れて三日目のちょうど、、、今は昼頃かしら?アターシャ」
ほっ、よかった。もうアイナは悲しそうじゃない。さっきの涙を拭いた純白のハンカチを、アイナはアターシャに返しながら、今の時間の確認もかねてだと思う。アイナは俺から視線を外してアターシャに視線を送る。そっか、アイナもうたた寝してたもんな。それでかな。
「はい、アイナ様。今のお時間は―――」
ささっ、アターシャはごそごそまごつくような動きは一切俺達には見せず、さりげなく、その給仕服の長袖の裾をちらりと一瞥―――、んっ?
「・・・?」
あれは腕時計か? そんな銀色の時計のようなものが、アターシャの左腕に巻かれているのが俺の目には見て取れた。
「―――、お昼の一時十三分になります」
「分かりました。だ、そうですケンタ。ところで、ケンタ―――」
「―――」
お昼の一時十三分?やっぱりこの惑星イニーフィネは地球と近い時間の感覚っぽいな。だって、あの生ける屍に溢れた街での時間の感覚も普通だったし、それにその翌朝、魁斗と泊まった廃砦での朝の様子も、別に俺は違和感を覚えなかったし―――それにアイナのさっきの言葉、『お昼の一時十三分』―――つまり、この五世界イニーフィネでも昼は一時頃ってことだ。地球は二十四時間が一日―――、じゃあ、この惑星イニーフィネの一日って何時間ぐらいなんだろう?
「・・・、・・・ンタ? ケンタっ!?」
「!!」
ハッとして顔を上げる。どうやら俺はアイナに呼ばれていたっぽい。
「だ、大丈夫ですかっケンタっ!?」
そんな血相を変えなくてもいいのに、アイナ。俺は大丈夫だってば。
「・・・え?あぁ」
「そ、その・・・呆っとされて私の呼びかけに答えてくれませんでしたので・・・」
「あ、いやうんごめん。大丈夫ちょっと、な。考え事を、はは」
アイナってば、ちょっと心配しすぎかな、はは。
「・・・考え事? ひょっとしてケンタ貴方は無理をして、もしかして私達のどこかに至らないところでもありましたか?」
「ううん、そうじゃなくて―――」
「ケンタ。私は貴方に救われました。いえ―――」
アイナは一瞬だけ視線を手元に落とす。でも、すぐにその藍玉のような眼で俺を見つめ―――
「―――私の婚約者の貴方が・・・その、もし―――なにかを無理をされていて、それを私に言ってもらえないのは―――」
ありがとう、俺を、俺のことをそんなに―――
「ありがとな、アイナ」
ここでアイナに『ごめん』は違うだろう。
「ありがとう?ですか?」
「うん。アイナは俺のことをこんなにも想ってくれてるんだなぁって、思ったからさ。だからさっきの『ありがとう』―――」
「―――」
あぁ、アイナのこんなまっすぐな目をした顔を見ていたらもう俺止められねぇわ・・・。
「―――俺うれしいよ、アイナ―――。俺はアイナにこんなにも愛されてるんだぁって、さ。俺を好きになってくれてありがとう―――、アイナが傍にいてくれるだけで、なんか心地いいなぁって俺・・・」
にひっと俺は満面の笑みをアイナにこぼす。でも、最後はちょっとクサいせりふだったかも?
「―――っ///」
―――だって俺の最後のせりふにアイナが恥ずかしそうな笑みを浮かべて照れてしまったから。
「ごめん。やっぱちょっとクサかったな」
「い、いえ、・・・そのような、ことは、、、け、決してなく―――」
「(ぐぅ)―――あっ・・・」
俺の腹の虫がちょうどいいところで鳴いて・・・あ、いやううん。起きたてのお腹は空腹をあまり感じないことが多いけど、起きてしばらく経った俺は空腹を感じていたというのは間違いない。たぶん、アイナの口から出た『丸二日間、眠っていた』という言葉も俺を意識させたに違いないよ。
「―――と、ところでケンタ。もう昼も過ぎようとしています、お腹が空きませんか?」
気を遣わせてしまったかな・・・アイナに。
「あ、うん。そういえば腹空いたな」
さっきの俺の腹の虫のぐぅっと鳴いた音はきっとアイナの耳に聴こえたはずだ。でも、アイナはさりげなく切り出し―――だから俺もそれに乗っかる。いや、アイナの話に乗っかろう。
「では、そろそろお食事にしませんか?」
「え、ほんとに!? いや、もう俺ほんとは腹減ってさ」
いえーい飯だ飯だ!! アイナのベッドの上で上体だけを起こしていた俺は、ふかふか
の布団を捲りあげたんだ。もちろんアイナのベッドから降りるためだ。