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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第六ノ巻
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第五十八話 やっ、おはよう

第五十八話 やっ、おはよう


「っ」

 アイナはそんな突っ伏しもせずに、少し首を反らすようにしてきれいな頸を強調するかのように、アイナのきれいな(おとがい)は少し上を向いている。今のアイナの寝姿は、木の椅子の背もたれに背を預け、座ったまま寝ている。そんな姿勢だったんだ。

「・・・」

 そういえば今は、アイナは刀を持っていないんだな。アイナが腰に差していたあの日之刀を見たかっ・・・いや、もっと間近で手に取って見せてもらいたかったんだ、実は。俺って刀剣が好きだから。いいよなぁ、刀剣ってかっこいいよな。そういえば、あの女神フィーネの『聖剣』はどうなったんだろう?

 ま、今はいいか。それよりも―――じぃ・・・。

「・・・」

 アイナの今の服装は、あの街、そして廃砦で着ていたようなかっこいい外套(がいとう)の服装じゃなくて、白を基調してところどころに青い装飾がなされたドレスのようなきれいな服装だ。

「―――(ごくっ)」

 お姫さまアイナだ。これがアイナの普段着か―――。そしてアイナの両手は、手と手を重ね合わせていて、いわゆる合掌。アイナはその重ね合わせた両手を、自身の太腿と太腿の間、股にその両手を挟み込むようにしている。重ねられたその両手はドレスのような、その柔らかい服の布生地を巻き込み、股の間へ、というような寝姿勢だ。


 長時間同じだとつらいそんな寝姿勢で、木の椅子に背を預け座ったままのアイナはすぅすぅと寝息を立てている。

「っつ」

 食事や花摘みもあるだろうに。さすがにそのときは、たぶんここにいないにしても、それ以外の時間は寝ていた俺のことをずっと看ててくれたなんて、アイナのやつ―――。俺が気を失ってからいったいどれくらいの時間が経ったんだ? それなのにずっと俺を―――、ずっと看てくれてたってことだよな?

「っ///」

 くぅっ・・・なんかっめちゃくちゃアイナのことが愛おしくなってきた。すごい、まるで胸が締め付けられるように苦しくて。

「すぅ・・・すぅ・・・すぅ―――」

 アイナは相変わらず、すぅすぅっと穏やかな寝息を立てている。寝たふりをしているとか、そんな感じでもない。

「―――(ごくっ―――)」

 ごくっと俺は自然にじわっと出てきた唾液を嚥下(えんか)する。すぅ、すぅと静かな寝息を立てるそのアイナのその姿があまりにも綺麗だったからだ。藍玉のようなきれいな目は閉じられ、その代わりに黒くて長い睫が。アイナの黒髪は、今まで俺が見たことのない髪型にされていて―――つまりはあれだ。今まで俺が見たことのある限りでアイナの髪型は、その後ろでシニヨンに結われていたその髪型だけだ。今はそのシニヨンの髪は下ろされていて、背中側でアイナのその長い黒髪が映える。とても綺麗で光を跳ね返すそんな艶々したアイナの黒髪―――。

「じぃ・・・」

 思わずそこも見つめてしまう。はたしてそこはどこかというと。俺がじぃっと観ているところは、アイナの口元を彩るみずみずしいその血色のよい唇だ。

「っつ」

 すぅっと俺は無意識に自分の唇に右人差し指を―――ってやばい奴かも俺っ。一瞬でもアイナの唇と自分のその唇を重ねてしまうなんて―――っ。アイナのそのぷるぷるとした血色のいいみずみずしい唇に触れたいと思った自分の心を戒めるように、俺は。

「っ―――」

 俺は自重の意味合いもかねて自分の身をベッドのほうに引き戻す。

「ッ」

 パンっパンっ!! 俺は両手をぱぁの要領で開き、その手の平で自分の頬を挟むようにパンパンっと叩く。しっかりしろ俺っ!!アイナに嫌われちまうぜっそんなだと!!

「痛ぅ・・・はは―――」

 ちょっと勢いよく叩きすぎた。両頬が痛いぜ・・・


「!!」

「んっ・・・うぅ―――」

 アイナが身じろぎ―――そして、その両目の閉じられた目蓋に力が入る。アイナの眉間にもわずかに皺も寄る。


「ッ」

 しまった!!せっかく寝入っていたアイナを起こしてしまったか!? なにやってんだ、俺、アイナを起こすなよ!! 自分の頬を自分で挟み込むように手の平でぱんぱんと叩いたせいで、ちょっと騒がしくしすぎたみたいだ。

 アイナが僅かに身じろぎをしたのは、まるで寝ているときに寝返りをするのと同じ要領だ。

「・・・ん・・・っ―――ん、うぅん・・・」

 アイナの寝顔がまた穏やかなものに変わり―――そして

「・・・」

 もう一回寝に・・・戻るか? それとも―――、あ~もう寝に戻るのはないな。だってもう―――。

「・・・・・・」

 アイナの目蓋がゆっくりと開かれ―――そして、その藍玉のようなきれいな目が開く。

「あっ、ごめんアイナ。起こしちまったか?」

「――――――」

 ハァっというアイナの声なき声が俺の耳に届いた。そんなに目を見開くほどに、驚くものなのかな?俺が起きたぐらいで、アイナってば大げさだな―――

「ははは・・・っ」

 俺はそれが少しおもしろくて、苦笑交じりで―――

「ケ、ケンタ―――・・・」

 できるだけ重くならずに、重くせずに、俺は爽やかに。

「やっ、おはよう、アイナ」


「っ・・・!!」

 タンっ。と、アイナは自身が座っていたその椅子から勢いよく、まるで跳びあがるかのように身を乗り出したかと思ったら、すぐにタンっと足元のふかふかの絨毯を蹴る。蹴るって言ってもボールとかを『蹴る』というのと同じ動作じゃない。地面を蹴って駆け出すのと同じ仕草だ。ふかふかの絨毯のおかげで音もほとんど立っていないけどな。

「おっと・・・っ!!」

 俺は反射的に両腕を出し、跳びついてきたアイナをベッドの上で受け止める!!ひしっ!!

「ケンタっケンタっケンタ―――っ!!」

 あたたかいよな・・・、アイナの体温。やわらかいし、ここちいい。

「よしよし・・・」

 俺はアイナに回したその両手でよしよしと、その背中をさすってあげる。きれい、アイナの黒髪。さらさらさらっとまるで細かい流砂のようにアイナの艶々とした黒髪がその背中から流れ落ちていく―――。

「―――っ」

 えっ!? それともう一つ彼女から流れ落ちてものはというと。

「・・・」

 涙―――、アイナのその藍玉のような目から一筋の涙が流れて、それがぽたっとベッドの掛布団の上に落ちて染みていく―――。

 アイナのその黒髪の頭がすぐ俺の頸元で、うっいかん、アイナのいい匂いが俺の鼻孔をくすぐるぜ・・・。

「うれしい・・・私―――。ケンタ貴方が目を覚ましてっ・・・」

 と、彼女は安心したような顔を上げて俺にそう言った。

「アイナ・・・」

 そのアイナの上気した顔、うるうると、うるんだ藍玉のような眼。―――震える口元。みずみずしいその血色のいい唇。そこから漏れるその吐息。

「ケンタ・・・、私―――っ///」

「アイナっ///」

 俺―――、俺はじぃっと、慈しむようにアイナを見つめ―――、俺達の距離は徐々に近づき―――


「っ!!」

 ・・・ん?誰かいる・・・?―――ひえっ、やっぱりっ。見られたっす!!めちゃくちゃ恥ずかしいぜっ///俺っち。

 だから、ぴたりっと俺の動きが止まる―――当然だ。ま、まさか初めから見てましたよね?、と。ふと、俺の視界にアイナの背中越しにもう一人。この部屋の入り口である開き戸のこちら側に、俺とアイナもよく知る赤髪で給仕服の彼女が静かに立っていた・・・んだから。

「ケンタ・・・? あ、あの―――?」

 動きがピタッと止まった俺に疑問を覚えたんですよね、アイナさん。俺は後ろのアターシャからすぐ近くのアイナに視線を戻す。

「あっ・・・う、うんアイナ、だってほら―――」

 俺は視線だけでその人物がいることをアイナに伝えられたらいいんだけどな。

「え、えと、ほら―――」

 後ろ後ろくいくい、と俺は眼球を上へ(後ろを見てみてよ)みたいな意味をこめて動かした。

「え?」

 よし、俺の目の視線の動きだけで、アイナはそれを解ってくれた、うれしい。アイナと意思、心のつながりを感じるぜ。俺の反応を見て取ったアイナは、ゆるゆると自身の頸を後ろへと回す。

「ア・・・アタ、アターシャ―――っ!?」


「(こくっ)」

 俺達の後ろに静かに佇むアターシャの首が上下に動く。ちなみにそのアターシャの目は閉じられている。お腹の上でその手を組み、すぅっと綺麗な動きでアターシャは顔を上げる。そのときにはもうアターシャの目は開かれてて、

「わ、私は何も見ておりません。私は彫像のようなものだとお思いくださいませ。わ、私にお構いなくお続きを―――っ///」

 お、おふぅ・・・。

「「・・・」」

 もう続きなんてできる雰囲気じゃねぇ・・・。俺達からわずかに視線を逸らしながらアターシャは。ちょっと最初は、初めて会った頃のアターシャの表情の変化の機微を俺は判らなくて、アターシャに冷たい印象を持ったよ? 

「・・・」

 おふぅ・・・。でも、今なら今の俺には『選眼』を使わなくても、アターシャのそのわずかな表情の違いで、アターシャの気持ちが解るようになっているんだよ。アターシャはその口元に、わずかに、ほんのわずかだけど、照れたような感情を含むあたたかいその笑みを浮かべているんだ。

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