第五十六話 『イニーフィネファンタジア-剱聖記-「天雷山編」』 序文
第五十六話 『イニーフィネファンタジア-剱聖記-「天雷山編」』 序文
俺がこのイニーフィネという異世界に来て、初めてこの世界の異能をこの目で見たときは本当に驚いたもんだ。
「ふぅ・・・」
道場に机を持ち込んで、執筆活動に勤しむ俺はキリのいいところで筆を置いた。今の時代はパソコンの文書作成ツールを使って執筆するのも悪くはないが、でも剣士として筆を用いて古文書のような和紙―――ううん、こっちの世界の日之紙という和紙に似た丈夫な紙に記すのが一番いいと思う。この執筆の仕方は祖父ちゃんにも言われたことだ。かつて日本の武士や剣豪達もそうして後世へ『書』を遺した人も多い。この先に俺の身に起きた事も、もちろんちゃんと記していこうと思う。時機がくれば、だけど。
「―――っ」
つらつらつらつら―――ぺちゃぺちゃ、つら・・・―――あっ!! やべっ余白に墨が一滴落ちやがった。・・・ま、いっか。また一から第五ノ巻を書き直すのは辛すぎるぜ・・・。
俺がこの『イニーフィネ』という異世界に来て、魁斗を地球に飛ばした部分を書いていると、そこでちょうど切りがいいところになった。
「ふぅ・・・~やっと『魁斗編』が終わったぜ・・・~」
っと、俺はちょうど筆を置いたところで―――ん゛ぅ~っと両腕をめいいっぱい天に伸ばしてノビ。俺はそのまま道場の天井を見上げながら、―――そういえば魁斗のやつ日本で元気にしているかなぁ・・・―――、本当にあのときは・・・魁斗を地球に転送させたときは・・・、あいつ魁斗のやつ泣きじゃくってたからなぁ・・・。
「―――」
だが、俺は、自分の行為を後悔していない。それだけははっきりと言えるさ!! きっとあのときあそこで魁斗を逃がしていたとしたら、きっと今頃、今よりもずっとずっと後悔していたに違いないもんな。
それともう一つ、俺も魁斗と一緒に日本に帰らなかったことも、な。俺はあの強欲な親戚のおじさんやおばさんをよろこばせるために、小剱流剣術をやっていたわけじゃない。親戚のおじさんやおばさんは祖父ちゃんの悪口ばかりで、俺は、俺の師匠である祖父ちゃんがこの五世界にいると判った以上、俺はもう一度、俺の前から姿を消した祖父ちゃんに会ってみたかった。会ってもう一度、俺の培ってきた剣術を祖父ちゃんに見てもらいたかった。もちろん、祖父ちゃん失踪後、俺の小剱流剣術がぶれていないか、とか、俺の今の実力をみてほしい、とか―――当時はそんなことを思っていたっけ・・・。
「―――」
ごめん、寂しくないと言い切るのは、違う。俺が日本に帰らないことで、父さんや母さんにはわるいことをしたかもしれない、なって・・・。
「―――もしかしたら、・・・」
それにもしかしたら、今でも俺のこの『転眼』で地球に帰ることができるかもしれない・・・ってほんの少しだけ思っていたりは・・・する。
でも、そうすると、俺が日本に帰れば、恋人のアイナとも、アターシャとも、このイニーフィネという『五世界』で今までに俺が関係を築いた全ての人々ともお別れになるし・・・―――、もし俺が『転眼』を使ってアイナも一緒に日本に連れ帰ったとして、アイナはイニーフィネを想ってホームシックになりそう。
「―――」
この、『もしかしたらこの『転眼』の異能の力で日本に帰ることができるかも』っなんてことをアイナやアターシャ、それに祖父ちゃんにすら俺は話したことはないけどな。
そうそうせっかく違う世界に来たんだから、いろいろ楽しもうぜっていうのが、ここのところ最近の気持ちだ。だってこのイニーフィネという『五世界』には俺の目指す『剣士』という者が活躍する場だってあるんだぜ。
「ずず・・・っ」
俺は左手を伸ばして傍に置いてあった緑茶の入った湯呑に手を伸ばした。今は日本で言うところの春頃の季節だ。一応、この日之国には四季というものはある。
「ん? 誰か来る・・・?」
第五ノ巻まで書き終えてまったりとしていると、ふと、俺が今いる道場へと向かってくる誰かの足音が聞こえてきたというわけだ。
どうやらその静かな足音の主は本格的に俺がいる道場に向かってきているようだった。ん、殺気は感じない。その上品な足運びの静かな足音・・・。ということは、この足音と気配の主はアイナかな―――? 祖父ちゃんだったらもっとこう・・・気配をこんなにも感じさせないもんな・・・さすがは剱聖って感じ。
「―――・・・」
つまり俺は、筆を置いた俺のもとへ向かってくるアイナの気配を感じたというわけだ。
「アイナ・・・」
アイナは俺の婚約者で恋人だ。
「くくくくっ・・・」
くくくっ、っと、俺は顔を綻ばす。はじめはぶっとんだ理論を、平然とそれを言う押し掛け女房ってな、会ったときはそう思ったっけ。くつくつと込み上げてくる苦笑を抱え―――、よしそれじゃあ、と俺はその彼女を迎えるために湯呑をコトッと机の上に戻し、椅子から立ち上がったんだ―――・・・。
続きはまた何日か日にちを開けて、息抜きをしてから書いていけばいいか。
「そういえば―――」
俺のアイナへの想いが固まったときってあの魁斗との戦いの最中なんだよなぁ・・・。なんか、なつかしいよなぁ。もうあれから一年以上も経ったんだな―――。
「―――・・・っ///」
そうアイナへの想いが、な。
「ケンタ―――」
やっぱアイナだ。それとアイナの後ろにはアターシャまで静かに佇んでいる。
俺が二人を出迎えようと脚を出し―――でも、すでに、ううん彼女達のほうが俺より一歩早かった。やっぱ座りなおそう。
道場の入り口にアイナとアターシャの姿があり、そんなアターシャは俺の姿を見止めてその両手は給仕服のお腹の上に、そして深々とその括れた腰を折る。
一方のアイナは、道場の入口でその暗色の革靴を脱ぐ。すすっとアイナだけが畳張りの道場の中に足を踏み入れ、俺のもとへと上品なその足取りでやって来る。
「―――ふふっ♪進んでいますか『剱聖記』は?」
「あ、うん、まぁまぁかな・・・」
第五ノ巻が終わってちょうどアイナと両想いになったところだよ、なんて言おうものならそのときの俺の気持ちをアイナにいっぱい訊かれそうだから、むずがゆいし、恥ずかしくなるから、てきとうにぼかしちゃったよ。
アイナの視線が俺の顔から机の上の『剱聖記』へとすぅっと移る。
「どれどれ・・・」
すぅっと、アイナは自分の右手と左手を腰に当てて軽く腰を折り・・・、じぃ―――
「へぇ・・・もう剱聖記の『第一部』は終わったんですね」
いい匂い・・・。
「あ、おう―――・・・」
思わずアイナにグッとくる・・・でも俺はそれを顔にも口にも出さず―――。アイナは、アターシャに負けず劣らず―――いやアターシャの腰と同じくらいに括れた腰を折り、そのせいでさらさらっと、その下された長いつやつやとした黒髪が、まるで流れる砂のように上から下へと重力に従う。
「―――」
しげしげ―――っとアイナは、その藍玉のような目を興味深そうに大きくした。
「っつ・・・」
うわっアイナの視線が机の上の『剱聖記』に・・・あせあせっ。俺が書いた『剱聖記』をアイナに見られるのは、ちょっと恥ずかしいよっ。
すぅっとアイナは屈めていた腰をまっすぐに戻す。もういいのかな?
「そうそうケンタ―――」
にこ、っとアイナはかわいく微笑んだ。ふわさっとアイナは黒いつやつやとした後ろ髪を右手でかき揚げながら―――、俺の傍らに。
「・・・っ」
ふわりっと漂うアイナの髪の匂いにドキっと・・・、あっいやいやっ。―――そうそう、やっぱ新鮮だよなぁ、そのアイナの髪型って。アイナの今の髪型は俺的には嫌いじゃないよ?
今の、祖父ちゃんの家にいるアイナってシニヨンの髪を解いてるからさ、その黒髪は腰まで至る美しく長いストレートの黒髪なんだよな。
なんでノーブルなアイナが日之国の辺鄙な田舎にある祖父ちゃんのところにいるの?と、なれば不思議かもしれない。今、イニーフィネ人でイニーフィネ皇族のアイナは日之国に留学しているからだ。
アイナが子どもの頃イニーフィネ皇国皇都で起きたクーデター―――アイナが前に言っていた『大いなる悲しみ』とその後、一時的に皇国の全権を掌握したチェスター率いるイニーフィネ皇国と日之国との間に起きた衝突―――いわゆる『北西戦争』からしばらく年数が経ったとはいえ、まだまだ日之民の中にはまだわだかまりを抱えている人もいる。だから、アイナは祖父ちゃんの下、剣術を習いながら両世界の融和に努めている。俺の彼女―――いや、婚約者のアイナは本当にすごい人だ―――。
「―――ケンタ貴方にいいお報せがありますよっ♪」
そんなアイナは、にこにことして。なんかよっぽどうれしいことでもあったのかな?俺にいい報せって。
「それって?アイナ」
アイナは破顔一笑とてもうれしそうに―――、
「えぇっケンタっ♪」
もうアイナってばかわいいなぁ。俺がその報せに喜んでくれると思って、あんなにもアイナははにかんで―――
「私のお祖父さまからやっと許可が下りましたよっ。天雷山に行きましょう♪ケンタっ」
「ほ、ほんとかっ・・・―――!?」
ついに俺にもそのときが―――!! ついに俺は天雷山という所へ行けるんだッ!!
「はい・・・っ♪」
そう彼女アイナは『天雷山に行きましょう』っと、嬉しそうに顔をにこにことさせながら、俺にそう言った。
「もうっ私のお祖父さまったら『雷切』がある天雷山は危ない場所だから孫娘の願いであっても、と中々―――、私はもう子どもじゃないんですよっ」
かわいくぷんすかさせるアイナの言う『天雷山』―――、そこにあるという『雷切』―――・・・。やってやる!! 俺は絶対やってやるぜ!! 俺は必ず『雷切』を手に入れてやるぜッ!!
「天雷山・・・―――『雷切』―――っ」
その言葉をアイナから聞き、にぃっと思わず不敵に俺の口角が吊り上がり、俺の白い歯が空気に触れたんだ。
『天雷山』―――その山は、天雷山脈の最高峰のことだ。―――天雷山脈は日之国と月之国―――イニーフィネの言葉でエアリス(日之国)とオルビス(月之国)の境界を次元的に隔てている高い山脈のことだ。アイナにはアイナの祖父さんつまりイニーフィネ皇国皇帝陛下に取り次いでもらって世話をかけることになったけど、俺はそのことについての後悔はしていない。ありがとうな、アイナ。
「―――」
これで俺もやっと―――もうあんなのは嫌だ!! 俺の力不足で、魁斗を止めることができずに、アイナが苦しんで、アターシャも生命を落としそうになって。
「ッツ」
でもこれでやっと俺は愛しい人を、大切な人達を、誰かを―――護ることができるんだよ・・・っつ。
「えいっ♪」
し、しまった。考え事をしていたせいでアイナにやられた!!
「あっ・・・!!」
アイナは手を伸ばして俺が認めた巻物―――当然それは俺が今まで書いた『剱聖記』だぜ―――それを、適当に選んだであろう巻物一本をその手に取る。
しゅるしゅるしゅる―――アイナはその巻物の一つを紐解いていく。
「読ませてくださいね、ケンタ♪ ・・・ふむふむ」
って、俺の返事を待たずにアイナってば、もう読んでるし・・・。まぁいいけど。
「お、おう・・・」
「―――っ///」
カーっ、っとアイナの頬に紅が差す。
「え? どしたアイナ?」
ど、どこを読んでんだ?アイナのやつ・・・。
「えっ、えっとですね・・・その『やばい、俺。俺の中で、俺が見てきたアイナがめちゃくちゃかわいくなってる。あぁ、初めて会ったときの凛々しいアイナも、動揺して頬を紅らめているアイナも―――もういいだろ、俺。認めろよ。認めちゃえよ―――俺はアイナのことが―――好きになっ―――ううん、好きだ。』・・・ケっ、ケンタっ///」
なんかアイナの歯切れが悪いと思ったらそこっ!? あーっ!!そこはっ!! し、しかも朗読つきなんですねっアイナさんっ!?
「っ!!」
つまりアイナが読んでいるところは。
「・・・えっと続きは―――『だめだ、俺。凛々しいアイナ、微笑むアイナ、恥ずかしがるアイナ、その思い出したどのアイナもめちゃくちゃかわいくみえてきて、なんだよこれ・・・愛おしいよ、アイナのことが。』―――わ、私も、ですケンタ・・・っもちろんっ今もっ///」
「お、おう・・・俺もだ、今でも―――」
うっ、アイナが読んだとこは確か、グランディフェルのとこの『第三ノ巻 第二十七話認めてしまえば早いもので』だな。俺がアイナへの気持ちを自覚したとこだ。
「「―――っ///」」
じぃ・・・―――、かわいすアイナさん。で、俺達、二人して見つめ合って、なにやってんだろっ///
///
「ふ、ふむ・・・―――」
では、俺が、いや俺達四人がその『雷切』に至るまでのいきさつを記すとしよう。
『イニーフィネファンタジア-剱聖記-「天雷山編」』