第五十四話 魁る者最終奥儀。敗者は勝者の糧と成れ―――『天王黒呪―――黯黒氣刃投射』
第五十四話 魁る者最終奥儀。敗者は勝者の糧と成れ―――『天王黒呪―――黯黒氣刃投射』
「だが、残念だったな、魁斗―――」
そんな見てくれのかわいさで俺は騙されないからな、魁斗―――
なんでさ?みたいなきょとんとした怪訝な顔になる魁斗。
「残念? 健太?きみはなに言ってるの?」
「そこから先は『不浄なるもの』は一切入れない俺の行使領域『浄域』だ―――お前の『黒い呪い』は俺の『浄域』に入るべからず」
「『俺の行使領域』? なにを言ってるんだいっ健太っはは♪ 僕の半径五百メートルはすでに『天王黒呪』の『黯黒呪界』の中だよっははっ!!」
やれやれ―――全く解っていないぜ、魁斗の奴。だったら魁斗には解りやすく見せてやったほうが早いな。
「俺の『浄域』へと至るお前の黒い邪氣はなんであろうと、祓われる」
『ぎもっ!?』 と、まるで魁斗の造り出した『黒印』に意識があるとすれば、そう『ぎもっ!?』と表現したほうがいいのかもしれない。『黒印』は俺がこの『祓眼』で造り出した『浄域』に至ったんだ。
「えッ!?」
目を見開いてびっくりする魁斗。
「ほらな?魁斗」
丸っぽい不定形をした魁斗の真っ黒い『黒印』は、まるで壮絶な、想像を絶する責め苦を味わっているかのように、そのぽてぽてぷてぷてとさせていた丸い不定形の形状を激しく揺らし続ける。その身を捩り、転がり、伸び縮みさせ、くねらせ、とぐろを巻いたり、解いたり―――そうあれだ、まるで、宿主が不慮の事故で死んでしまい、その身から這い出てきた寄生虫のハリガネムシやアニサキスの死にざまとか、ひたひたと足元にやってきた吸血ヤマビルを踏みつけたときの死にざまに似ている。
それらと同じ部類に見てしまう『黒印』の、さっきまでのかわいい姿かたちはなんだったんだ?と言いたくなる。はっきり言う、魁斗がその異能『天王黒呪』より生み出した『黒印』の死に際は気色悪くて気持ち悪い。不快だ。
苦しみ、踠き、―――丸くてぽてぽてとしていたかわいらしい『黒印』は、今や触手のような突起を全身から伸ばし、『ぐえぇっ!!』『ぢゃうぅっ!!』という擬音語擬声語だけど、まるで断末魔の叫び声を上げているかのようだ。
さらに真っ黒い不定形の『黒印』は体表があるとすれば、そこから黒い血のようなものをピュッピュッと飛ばしながら―――本当に俺には、魁斗のこの『黒印』が苦しんでいるように視えたんだ。そのように『ぐえぇっ』っと蠢く『黒印』は、その身から黒い霧のような氣を飛ばし、蒸発し、やがて小さく、まるでドライアイスが消え萎むのを早回しで見ているのと同じ具合で霧散し、その場から完全に消滅した―――
「ちょっ!?ど、どうなってるのっ健太っ!? 僕の『黒印』の気配が消えたよっ!!」
「―――」
「僕のかわいい『黒印』をどこに隠したんだよっ!? ねぇっ返してよっ僕の『黒印』っ!!」
「知るかよ、魁斗―――お前に愛想尽かして『還った』んじゃねぇの?」
「『黒印』のアニムスは僕に帰ってきてないからだよっ!!」
「―――」
さっさとケリをつけてやるか・・・、それがきっと魁斗のためだ。
「そんな怖い目をしてっ!! その目をやめてよっ健太ッ!! ほんとひどいねっきみって!!」
「―――」
『ひどいね、きみって』いやいや、お前には絶対に言われたくないし。魁斗お前はどれだけ酷いことをやったんだよ、俺に、俺達に・・・。
「いいよ、その目をやめてくれないならっ僕だって考えがあるからねっ」
「次はどんな技を俺に見せてくれるんだ?魁斗―――」
「木刀を振り回すことしかできないきみが余裕ぶっこくなんてきみらしくないよ―――健太・・・―――」
「っつ―――」
カチン。俺は木刀を振り回すしかできないだと・・・。
「―――その木刀を振り回すしか能がない俺に、お前は何回敗けたんだ?なぁ魁斗?」
フシュっ―――、っとその直後、魁斗の全身から黒いアニムスが噴き出す。その黒いアニムスは霧・・・いや煤煙のよりも、さらに濃い本当に密度の高い黒く漆黒の煤粉のようなアニムスだ。それがもうもうと魁斗の頭上高くに、漂うように暗く立ち込めていく―――
「いいよっ♪ きみがそこまで僕に言うなら見せてあげるよっははっ♪」
「!!」
この魁斗の煤粉のような不定形のアニムスの中で、まるで雲の中で氷の粒ができるのと同じように、アニムスが凝縮していき―――魁斗あいつなんてものを造り出しやがるッ!!
「ははっこれでも余裕でいられるかな?ねぇ健太」
滞空する黒い刃の群れ―――
「黒い刃の集合体だと・・・魁斗ッ!?」
魁斗の頭上に拡がるのは、魁斗の漆黒の氣で形成された漆黒の刃達だ。そのどれもが、剣の鋩や鎗の鋩、または鏃のような形状をしている。まるで黒曜石でできているかのような全ての黒き漆黒の氣の刃の鋩が向いているのは俺だ。ううん、俺の背後にいるアイナとアターシャ、あいつ魁斗の仲間であるはずのクロノスとグランディフェルが気を失った状態でいる。
「ッツ!!」
あいつ・・・!!魁斗の奴はあの漆黒の氣刃の群れを俺達に放つつもりだッ!!
「そうだよ、健太!! この技を僕に教えてくれたのはラルグス義兄さんさっ!! 敗者は勝者の糧と成れ―――『天王黒呪』―――『黯黒氣刃投射』―――っ!!」
「ッ」
ごわッッと一斉に投射される漆黒の氣刃の群れ―――。俺が避ければ―――いやあんなにたくさんの氣刃を避けることなんてことはできないッ。
ごわッッ―――そんな地鳴りのような。それらは数多の漆黒の黒い氣の刃―――黒い氣刃は集まって数百、数千という単位で俺を目がけて放たれたもの―――
「―――っ」
俺の視界が一瞬で真っ黒に覆われた。投射されしもの、一様に真っ黒に見えるのではなく、全てが尖がった黒き氣の刃で形成された鋩だ。全ての鋩が尖っていて、それらが数多突き刺されば、ただでは済まないだろう。ヤマアラシ―――、地獄の針地獄―――、鉄の処女―――、どれもが本当にシャレにならないやつだ。そんなもの―――
「だが、残念だったな、魁斗。お前の漆黒の邪気はなんであろうと祓われる」
チリ―――っ、俺のこの『祓眼』で概念づけた『浄域』に最初の黒き氣刃が触れ、至った瞬間に、魁斗が自身で造り上げたその漆黒の氣刃は蒸発するようにさぁっと霧散していく・・・。ひゅんッひゅんッ―――そのあとに投射されし、次から次へと漆黒の氣刃が飛来しても、俺が概念づけた『浄域』に至った瞬間に、それら漆黒の氣刃はざあっと全てが霧散し、消滅していく―――。
つまり漆黒の氣刃は俺には一本たりとも届くことは叶わなかった。結局、魁斗が放った『黯黒氣刃』は全て跡形もなく消え失せた。
なにもない―――魁斗の頭上にはもはやなにもなく、空虚な空間だけが広がっていた。
「う、うそだっ!! うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだっこんなの嘘だッ!! ・・・嘘だ・・・これはきっと嘘だッ!! これはまやかしだ・・・幻想だ、幻覚だ、これは健太が僕に見せた妄想だぁあああッ!! 僕は次の『イデアル』を総べる導師になるんだよっ!? 強いんだよっそんな僕が、健太に―――、僕がきみに敗けるなんてありえないよっ!!」
「魁斗―――」
「あ、あれほどの数の僕の『黯黒氣刃』がそんなに簡単に消え失せるわけがないよっ!?なんなんだよっきみ健太だよねっ!? ほんとにきみは僕のよく知っている健太なんだよねっ!?」
ふらふら、とそんな足元が覚束ない魁斗は両手の手の平をぱぁの要領で開いた。ジジジ―――ジリッ―――。魁斗の十本の指、その十本の指先にそれぞれ黒き冥なる輝きが点る。
「―――」
あいつ魁斗の奴、まだなにかやるつもりか。本当に往生際が悪い奴だ。そんな魁斗だ、ここでその生命を絶っても―――ううん、さっきも『僕の残留思念は死んでもなくならない』とか、のたまいていたし―――俺も、幼馴染で友達だった魁斗の生命を奪うことはしたくもないし、やりたくもない。
「いくよっ健太っ!!」
「―――っ」
おっと。魁斗の相手だ。
「喰らえっ―――「『天王黒呪』―――『黒輪・・・十指連弾』ッ!!」
それは手の指先に点った小さな十個の『黒輪』だ。そうか、さっきクロノスを射た小さな『黒輪』はこれだったのか。
魁斗の奴はおもむろに、冥なる輝きが点る五本の左手と五本の右手を、まるで手に付いた水を払うのと同じ動きで手首から先をぶんぶんと払った。
「―――」
でも、ごめんな魁斗―――それもお前を喜ばしてやることはできないな・・・。
「無駄だ、魁斗―――お前いい加減諦めろよ」
「はぁ?諦めろ?なにを言って―――え?」
魁斗の表情が驚きに満ちる。
それぞれがゴルフボールほどの大きさで真っ黒い漆黒の球体達。その小さな十個の『黒輪』が俺の『祓眼』の概念で成した『浄域』に到達した瞬間に、十個の『黒輪』はさぁっと蒸発するように霧散していったからだ。
「―――」
魁斗をどうにかするにはなにをすればいい? 俺は幼馴染で友達だった魁斗を殺すようなことは絶対にしたくない。かといって、この五世界にこんな危ない『結城 魁斗』を野放しにするようなことも絶対にしたくはない。
「そっか―――」
俺の中で新たなる気持ちが、考えが生まれたんだ―――
「魁斗―――お前は俺の幼馴染だ、そして旧友で―――」
「だよねっ健太っははっ♪」
にぱぁっ、と魁斗がその顔に笑みをこぼす。
「だから俺はお前の生命は奪わない」
俺はそう幼馴染の魁斗に断言する。
「そういうとこがきみの甘いとこなんだよね、健太っははっ♪僕はきみのそういうとこが好いと思うんだよねっ」
「『それが』幼馴染で友達だった俺が魁斗にしてやれる―――最期のことだ」
「それが?いったい健太は僕になにをしてくれるのかなぁっ? 僕の仲間になってくれるとかかな? ははっ・・・♪」
いや、魁斗お前の仲間にはならない。それをもういちいち魁斗に言うつもりもない。
「『縛眼』―――」
「う、動けないよっ健太っ!? いったい僕になにをしたんだいっ!? ちょっそのこわい眼はやめてってば!!」
「『縛眼』だよ、魁斗。お前に暴れられたら困るからお前の動きを止めただけだ」
「『縛眼』?縛るってこと?」
こくっ、っと俺は静かに肯く。
「そうだ」
「や、やめてよっ健太っ!! 緊縛なんて僕はそんな趣味はないってばっ!!」
「俺もそんな趣味ねぇよ、魁斗―――」
アイナやアターシャを金縛り状態にしたお前と違ってな。
「だったらっ」
じわり―――じわじわ。魁斗が俺の『縛眼』の効果に抗ってその『天王黒呪』の真っ黒い漆黒の氣を放出させる。
「っつ」
これだといつまで保つか分からないな。俺は魁斗を過小評価しないし、油断もしない。だったら―――さらになにかの効果で上書きするしかないな、魁斗を。そうだ、あれなら―――、と俺の頭の中で思いついた。それは―――