第五十二話 なんで・・・なんで、彼女にここまでする必要があるんだッ・・・答えろよッ!!
第五十二話 なんで・・・なんで、彼女にここまでする必要があるんだッ・・・答えろよッ!!
「な、なにが―――なにが起き―――ッ!!」
自分の右足を見て一目で、それが俺の足を取ったものの正体だということを俺は悟ったんだ。べったり、俺の上履きを、足袋を絡め捕るかのように、黒い、真っ黒い、黒ぐろとした漆黒のタールのようなものが俺の足を地面に縫い付けていたんだ。
「く、くっそ・・・取れねぇ・・・!!」
うつ伏せで、這いつくばったままで、どれだけ足掻いても、足に、脚に力を籠めても魁斗の粘着質な漆黒のタールの油溜まりのようなアニムスは上履きや足袋から取れることはなかったんだ―――
「ははっ健太。面白いでしょ僕の黒いアニムス。まるでトリモチのようでしょっ。そうやって僕、任務のときは敵を絡め捕れるからみんなから重宝されてるんだ、僕ってばははっ♪」
「―――、―――、―――っつ!!」
魁斗のやろうなんかより―――今は―――!!
「アイナぁああああああッ!!」
「いやぁああああああッアターシャっ・・・―――逃げてぇえええっ従姉さんッ!!」
アイナは日之刀を上段に構え、魁斗の所為でぴくりとも動けないアターシャに向かって、その白刃煌めく日之刀を―――
「僕の書いた筋書はこうさ。乱心したアイナ皇女は、憐れ自らの侍女であり従姉でもあるアターシャ姫を斬り殺し、その後、自らもその刀で後を追うのさっ―――ははっ♪」
「アイナ様貴女様が気負う必要はございません。私はこの私アターシャ=ツキヤマは貴女様の手にかかることは本望でございます―――」
すぅっとアターシャは本当に穏やかな顔のままその眼を瞑り―――
くそっ間に合え―――、早く脱げろッ俺の足袋ッ!!
「く、くそっくそっくそッ―――俺は、俺はッ!!」
俺はそれでもなお、じたばたと足を動かして、くそ魁斗の真っ黒いアニムスに絡め捕られた上履きと足袋を脱ぎ捨てることに成功―――、俺は再び疾走を始め―――、この両腕でアイナを羽交い締めにするしかないッ!!
届け―――アイナに、俺の両腕―――
でもその間にアイナは―――
「っつ」
「い、嫌っ・・・いやぁああああああッ!!」
タンっと数歩退いたアイナは意に反してアターシャに跳びかかり、その日之刀の白刃煌めくその鋩が、いまアターシャの肩口に触れ―――
「え―――っ」
う、うそだろ―――あんたっ!! そこへ、アイナとアターシャの二人の間に、静かに割って入った男が一人―――俺が魁斗と向かい合ったときに、俺がその意志を確認したグランディフェルだっ。ここにきてあんたはこう動くのかよっ・・・!!
「アイナ様・・・」
グランディフェルは腰に差している直剣を抜くこともせず―――ま、まさか―――う、うそだろっ!! グランディフェルあんたは・・・その剣でアイナの刀を受け止めることはしないのか・・・っ!?
「ッ!!」
びっくりしているのは、俺だけじゃない!! 意思を奪われ、意思に反して日之刀を振るおうとしているアイナも同じだ。
自分を犠牲にしてあんたは―――!!
グランディフェルはアイナとアターシャの間に割って入り、アターシャを庇うように、アターシャをその幅広い背中の後ろに隠し―――、その直後―――アイナの日之刀とグランディフェルの白銀の鎧が激しく、金属同士が煌めく火花を散らしながら―――、アイナの日之刀が騎士グランディフェルを袈裟懸けに斜め上から斜め下に一閃した。
「グ、グランディフェル・・・死ぬなよっ勝手に死ぬんじゃねぇぞ・・・!!」
そして、俺がアイナのもとへ至ったのは、その本当に、グランディフェルがアターシャを庇って斬られた、その直後のことだ。
「はぁっはぁっはぁっ―――アイナっ、はぁっグランディフェル・・・、はぁっ、はぁっ」
くそっどうなったんだよっ―――グランディフェルのやつ―――ふぅ、よかった。生きてる。
「―――・・・」
っと、アイナだよっ
「アイナっ!!」
アイナの元へとたどり着いた俺は―――、グランディフェルは自分のことよりアイナのほうを、とその意志の籠った眼がそう言っている気がして―――だから俺は。
「アイナ・・・―――」
つらかったよな、悲しかったよな―――ほんとに―――・・・。
「ケ、ケンタ・・・わた、わた、わたしは―――・・・」
ぎゅっ―――、きっとアイナは激しく傷ついて―――、自分の意思を奪われてその挙句の果てに・・・、アイナの従姉だったんだアターシャって・・・。アイナは大好きなんだよな?アターシャのことが。―――そんな従姉のアターシャにアイナはその刀の刃を向けさせられて―――、でもグランディフェルが庇ってくれて。結果的に彼女はアターシャをその手にかけずに済んだものの、アイナはグランディフェルを斬ってしまった。
「――――――」
俺は優しくアイナを抱き締めた。優しく、優しく、俺の左手も右手もアイナの背中に置き、ゆっくりとまるでさするように、いたわるように、なぐさめるように、俺はゆっくりとよしよしとアイナを。
「ケ、ケンタ・・・、わ、私はこの手で―――」
「いいんだ、アイナ。全て―――」
ぶるぶる、アイナの両手が震えている?
「ケ、ケンタっ」
「アイナ・・・?」
抱き締めるアイナの震えが徐々に大きくなって?
「わ、私、また―――」
「ん? また?」
アイナの妙な様子を感じた俺は、少しその両腕の力を抜いてアイナの顔を覗き込もうと―――
「は、離れてっ!! 離れてくださいっケンタっ!!」
ドンっと俺は、拒絶するような顔のアイナに突き飛ばされ―――、アイナが刀を持っていない左手のほうで、だ。
「アイナ・・・?」
な、なんで? なんでこんなことを? 俺はなにかアイナの気に障るなにかをしたのか? その場に投げ出された俺は尻餅をつき、そんな体勢のまま俺はアイナを見上げた―――
すぅ、っとアイナはその右手に持つ日之刀を徐々に、ふるふると震える右腕右手を、ゆるゆると持ち上げていく―――
「す、すい・・・すいません、ケンタ―――私・・・もう・・・意識が・・・はっきりと―――しません・・・」
すぅっとアイナのその藍玉のような色をした両目から虹彩が―――徐々に褪せて、ゆく・・・。
「―――ア、アイナ・・・っ・・・そ、そんなっちょっ待っ!!」
な、なんでだよ、なんでここまでする必要があるんだよ・・・なぁ、魁斗―――!! 俺はゆっくりと、ざっざっざっと近寄って来る足音の主に振り返ったんだ。
「―――お、お前・・・!!なんで・・・なんで、アイナにここまでする必要があるんだッ・・・答えろっ魁斗ッ!! 答えろよぉおおおオオオッ!!」
「なんでそんなに怒ってるの?健太。怒るようなことってあったっけ? あ~あそれより、興ざめだよ。まさか、グラン義兄さんが庇うなんてさぁ―――最初からこうしておけばよかったんだ」
「―――ッ」
「そしたらグラン義兄さんが斬られることもなかったのに―――あのさぁ健太、僕を睨むより、彼女を見てあげたら?」
こいつっ・・・、俺は魁斗にそう言われたわけではないけれど、そんな意識を失ったという愛しいアイナにその視線を戻した。
「ッ!!」
一目見て、アイナのその様子を一目見て、俺はすぐそれが直感的に危殆に瀕する状態であることを悟ったんだよ。
身体の自由のみならず意識まで奪われたアイナは、その右手は日之刀の柄を握り・・・、ゆるゆると、刀の鎬に、左手までも添えて―――
「っ、だ、だめだよ、アイナ・・・」
そんなことをしたら、きみは―――。アイナは自らの頸にその白刃を
「これが、あれさ。健太きみに僕が話した『僕はもう健太の意志なんか関係なくなったよ』ってことだよ。アイナ=イニーフィナの事を終わらせたら、今度は健太を、この今の彼女の状態で僕の仲間に加えてあげるねっははっ」
魁斗はなにか言っている。とても耳障りな何かを・・・もう、今の俺には魁斗の言葉なんて届かない。だって今の俺は
「―――だ、だめだ、アイナっやめるんだ―――」
「――――――」
「ッ!!」
徐々に。徐々に、美しいアイナはまるで美しい日之刀を抱くように、その柔らかい頸元に白刃を抱き寄せるように。
「アイナ・・・やめてくれっ―――、や、やめるんだ、アイナっ―――・・・た、たのむよ、やめてくれっアイナっ、」
ゆっくりとしたアイナのその両手両腕の動きで―――日之刀の本当に薄くてきれいで鋭利な白刃が、彼女自身の手で、彼女自身の柔らかい頸元の皮に―――
「俺の声が聴こえないのか、アイナ? 俺だよアイナっ、俺だってばアイナっ―――くっ・・・アイナっアイナッアイナァアアアアアアアッ!!」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、俺は力の限り―――、きっとアイナに俺の声が届くことを信じて。
「―――・・・!!」
ぴた・・・アイナの手の動きが、自らの首を落とそうとするその動きが僅かに止まる。
「・・・う、ぅ・・・ケ、ン・・・タ―――・・・」
「っ!!」
―――っ きっとまだアイナの意識がわずかに残ってるんだっ。ダンっと俺は地を蹴ってアイナに跳びつき、その手でアイナの持つ刀の柄を両手で握り―――
「このっ・・・」
ひっぺがすのと同じ要領で、俺はアイナの頸元に当てられている刀を自分側に引き寄せるように、思い切り引いた。アイナが助かるのだったら、俺はここで精も根も尽き果てったていい・・・!!