第五話 惨劇の街で彼女は俺に―――
第五話 惨劇の街で彼女は俺に―――
でも、そんな俺に対して猜疑心に満ちているような彼女達だけど、俺はうれしかった。だって、この死屍累々の街で俺がようやっと出会えることのできた生きている人達だぜ?
気が付けば俺は知らない外国?の街に立ってるし、街の人々は事切れてて、だからずっと今まで人恋しくて、やっと生きている人達を見つけることできて、その安堵感から自然に表情が明るいものになってしまう。
「―――」
俺がこの死屍累々の街で最初に出会うことのできた、生きている人達は俺の目の前にいるこの彼女達だ。ほんとにこの死屍累々の街で生きている人達に出会えて、うんそれはもうほんとによかったと思う。彼女達の見た感じの歳の頃も俺と同じっぽいし、だからかな・・・俺はますます安堵感を覚え、僅かににやりと頬を緩ませてしまったというわけだ。ふぅ、これでやっとここがどこの国だか、彼女達に訊くことができる。
「―――・・・一つ貴方に訊きたいことがあります」
「え?」
黒髪のほうの彼女から先に俺に話しかけてきた。その初めて聞いた彼女の声は凛としていて、まるで透き通るような綺麗な声だったんだ。
「その容貌とその装いから見るに貴方は日之民ですね?日之民の貴方が、なぜこのような場所にいるのですか?」
「??」
俺は彼女が発した『ひのたみ』という言葉が何を指す言葉なのか分からず、きょとんとさせながら首を傾げた。
「俺がひのたみ?」
黒髪の彼女が言った『ひのたみ』ってなんのことだろう?
「はい」
でも、黒髪の彼女の次の言葉でも俺は、黒髪の彼女が言った『単語』をまたも理解できなかったんだ。
「―――この街の住人達をこのように惨たらしく皆殺しにしたのは、貴方がた『イデアル』ではありませんか?」
「え?『イデアル』って??」
俺は『さぁ、分からない』という顔で小首をかしげた。俺が『イデアル』?そもそも『イデアル』ってなんだろう? それにこの街の人達を殺した犯人がその『イデアル』というもの?それとも人達? それで、俺がその『イデアル』とかいうやつの仲間みたいにこの黒髪の彼女からは思われているってことかな? それはない。そんなはずはない。俺はついさっきまで日本にある家の道場で剣術の修練を積んでいたんだ。
「単刀直入に訊きます。貴方は『イデアル』ではないのですか?」
「?」
俺は黒髪の彼女の言う固有名詞『イデアル』の意味が解らずまた首を傾げた。この外国?にいきなりやってきて・・・というか自分の意志でこの国にやってきたわけじゃないし。あの変な白く淡く光る靄に纏わりつかれて、まるで強制的にこの国?に長距離移動させられて―――。
しかも俺が降り立った外国の洋風の街は死屍累々で―――怒り?悲しみ?遣る瀬無さ?違うそれがない交ぜで頭がぐちゃぐちゃになって。それに逃げ出して、また今度は武装した二人組になんかまたわけのわからないことで詰め寄られている。
「『イデアル』? いや、そもそも『イデアル』ってなんなんだ?」
俺が質問で質問を返した所為か、黒髪の彼女自身の、より増した俺への猜疑心でその眼がすぅっと細くなる。
「―――」
「えっと・・・」
やばい、なんかやばそうな感じがする。絶対にこの彼女達は俺のことをこの街で起きた皆殺しの犯人と疑っている・・・。俺がこの街の事件の犯人にされそうな雰囲気だ。俺がこの事件の犯人? 冗談じゃないぞ。
「とぼけないでください。よしんば貴方がこの死屍累々たる惨状を引き起こした首魁でなくとも、私には『イデアル』の構成員であると推察される貴方の口を割る権利があります」
「はい?口を割る権利?」
「はい」
なんだろう、この人の話を全く聞きそうにない名前すら知らない黒髪の女の子・・・。
「貴方の知っていることを洗いざらい吐いてもらいます」
「ッ」
その名も知らない黒髪の彼女は、その腰に差している業物の刀の鞘に左手を、柄に右手をかけたんだ。
「降参するならその意志を私に示してください。私はいつでも受け付けます」
「ちょッ・・・いきなり刀を抜くなって―――、一発逮捕されるぞ?」
いきなりのことに咄嗟に自分の素が出てしまった。
「逮捕? 捕縛されるのは『イデアル』である貴方のほうではありませんか?」
「だから、俺はそんな『イデアル』とかいう団体のことは知らないし、入ってもいないし―――。・・・って」
彼女は刀に手をかけたまま、すぅっと音も静かにその刀を抜いた。鞘と刀身を含めたその刀の長さは二尺七寸ほど。つまり九十センチメートルぐらいの打刀に見える。
「―――」
俺は思わず息を呑んだ。その彼女が持つ刀の刃文は、まるで揺らめく炎の連なりのように素晴らしく淡く光をはね返し美しいもの。また黒髪の彼女の流れるような美しい上段の構えへと至る所作と相まって、その刀の反りは太刀よりは控えめだけど、でもとても美しい反りを持つ刀だった―――。
「―――・・・」
これから自分は黒髪の彼女の手に掛かり、無実の罪で斬り殺されるかもしれない。だというのに俺は―――正直言うと俺は、刀を手に持ち構える黒髪の彼女の美しい姿に見惚れていた。とてもこの黒髪の彼女が、ただ業物の刀を腰に差しているような一般人のようには俺の目にはとても見えなかった。柄を持つ手の持ち方も堂に入っているし、柄を持つその両手の力の入り具合も力まずにふわりと握っている。この黒髪の彼女はその若い歳にして相当な手練れに違いない。
「・・・征かせていただきます―――!!」
「くッ」
黒髪の彼女はいきなりダンっと脚を踏み込みつつ、その刀を振るってくる。そんな黒髪の彼女の間合いに捉われる前に俺は脚を下げ、後ろ跳びすることによってその黒髪の彼女の間合いから退く。
「―――その身のこなし、その眼の動き。貴方はやはり実戦の覚えがありますね?」
実戦?試合ならいっぱいしてきた。もし、その黒髪の彼女が実戦=試合ならば、その見立てに違うところはない。
「さぁ、どうだろう」
でも俺は自分の手の内を相手に見せようとは思えず、曖昧な答えにとどめて置いた。
「すなわち『イデアル』の非合法活動の中で得た戦闘経験ということですか。やはり貴方は白兵戦に特化した『イデアル』の構成員ですね?」
え?実戦=戦闘経験? 黒髪の彼女の中では実戦=試合じゃないらしい。
「いやいやいやいやっだからなんでそうなるんだよ・・・!!」
「あれだけの殺戮を貴方一人でやったとは思えません。もう一人剣士はいませんでしたか?」
「剣士?」
「はい。貴方も剣士ですよね?」
なんだよ、それ。まるでこの国では『剣士』が職業として確立されているような言い方だな。俺は剣士じゃなくて学生だ。そりゃあ大学を卒業したあと、将来はどこかの企業に就職し、社会人剣術を続けていきたいけどさぁ。
「俺は剣士じゃなくてただの学生っ。そもそも俺が持っているのはただの木刀!!きみも見れば分かるだろ?俺が持っているのが、木刀だってことにさ!!」
「木刀・・・」
黒髪の彼女の視線が、俺がその右手に持ったままの鞘に納まっている鞘付き木刀を一瞥する。俺がもし、この鞘から木刀を抜いたとしたら―――本当に戦いになってしまいそうだったから俺はまだ抜かない。俺が抜くときは、それは最後の手段だ。昔、俺の祖父ちゃんが子どもだった俺に言って聞かせてくれたことがある。
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『すっげー!! 祖父ちゃんすっげーッ!! これを僕が会得できたら毎年、決勝で毎回敗けるあいつを倒せるよッ祖父ちゃん!!』
『浮かれるではない健太よ』
『・・・祖父ちゃん?』
『見誤るではないぞ、健太よ。刀とは己の私利私欲で使うものではない。人を傷つけ殺すものではないのだ・・・古風かもしれぬが、剣士とは強きを挫き、弱きを助け、護りたいものを護る者。健太よ、よう覚えておきなさい。それは忘れたならば剣士など、ただの刃鬼と成り果てるのだ』
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―――って祖父ちゃんは言っていた。だから俺は、その教えをずっと守っている―――
「確かに貴方の刀は木刀なのかもしれません。ですが、貴方は自身の何某かの異能を、その木刀に被せて、その木刀を強化するような能力者ではないのですか?」
その黒髪の彼女の凛とした言葉にふぅっと意識が眼前に戻った。
「はぁ?異能? 能力者・・・? いやいやいやそれこそありえねぇだろ・・・!!」
俺は後ずさりしながら、このめちゃくちゃな理論で俺を犯人に仕立て上げるつもりの黒髪の彼女から距離を取る。よし、このままさらに後ろに移動しつつ、隙を見て門扉を開けてこの街の外に逃げよう。そして警察署か交番だ。
「私の問いかけにどこまでもとぼけ、はぐらかすつもりなのですね・・・貴方は」
黒髪の彼女の表情に憤りといったものが、強く表れたように思えた。
「え?」
黒髪の彼女が何を思ったのかは知らない。黒髪の彼女は、外に向けていた刃を自身に向けたんだ。それはすなわち峰打ちだ。
「わかりました。では貴方を生け捕りにします。多少痛いかもしれませんが、骨が折れる程度ですから安心してください」
「骨を折るっ!? ふざけるのも大概にしてくれよ・・・」
「ふざけているのは貴方のほうです」
「―――・・・」
この黒髪の彼女に何を言ってもダメだな。たとえば俺がこの彼女の言うとおりに降参し、彼女に捕まったとしよう。俺が彼女の事情聴取に『知らない』って繰り返し言っても、全然聞いてくれないかもしれない。それこそ冤罪を無理に犯罪にされそうな中世の『魔女裁判』のようなものになるかもしれない。
しかも、この黒髪の彼女は『異能』とか『能力者』とかわけがわからないことを言って俺を犯人にしようとしている―――。まったくもってどこまで本気なのか、その気持ちが解らねぇ。