第四十八話 『天王黒呪』。発動―――漆黒の斬撃『翔黒黒刃』
第四十八話 『天王黒呪』。発動―――漆黒の斬撃『翔黒黒刃』
「―――ッ」
くるり。魁斗は俺に凄惨な笑みを向けながら、くるりと身体も俺に向けたんだ。
「続きやろうぜ?魁斗。 お前まだ納得してないんだろ?その顔。いつまで泣いてんだよ、『泣き虫魁斗』・・・!!」
「ッつ・・・いいよ。いいねぇ、健太、この異世界で僕のそのあだ名を知る人がいるっていうのはさぁっ。観客はアイナ=イニーフィナとツキヤマ=アターシャ、そしてクロノス義兄さんとグラン義兄さんさ。さぁ、心行くまでやろう健太。健太の心が折れるまでさぁっ!!」
「心が折れるのはお前だろ、またこけて泣くのか『泣き虫魁斗』・・・」
「ははっ健太、泣くのは君だよっ」
くるか・・・っ!! お前、話し方は優しいけど、その笑みはなんかどす黒いし、『泣くのは君だよっ』っていうところの口調は、まるで呪詛のようなおどろおどろしいドスの効いた口調だった・・・。
「健太、ほら―――見てよっ」
すぅ、ん?俺に見ろってことか?
「ッ!!」
魁斗はその抜身の白銀の洋剣を、俺に見えやすくするように水平に傾けた。剣の横腹が見える具合に、だ。
「僕の剣って横に溝のような筋が入ってるでしょ?健太」
確かに。はじめから俺は気づいていたことだけどな。
「―――」
俺は軽く肯く。試合とかいうか戦いではあんまべらべらと喋るのはなんか違うと思うんだよな。
「この剣はね、『聖剣』なんだ。ほんとはイニーフィネ皇国の聖なる地、地脈って知ってる、健太?この聖剣は惑星イニーフィネのそんな地脈の氣穴の要石の上に刺さってあってね。そこをね、僕とラルグス義兄さんとロベリア義姉さん、アリサ義姉さんで譲ってもらえないか、交渉に行ったときに譲ってもらったというわけさ。なんかね、でも、そのフィーネ教の神殿のみんなが僕達のことを嫌がってさ、武器や聖導書を構えたから、仕方ないよね。全員消しちゃったよっ♪」
ぎりッ―――俺は歯を食い縛る。またかよッ!!またこいつ誰かを殺して―――!!
「ッ!!」
こいつ、よくもぬけぬけと愉しそうにそんなことを喋りやがってっ!!
「どうしても僕はこの聖剣を欲しかったんだ。ほら―――」
じわっ―――
「っつ」
それもまたかよ、またその黒いアニムスかよっ魁斗。もう見飽きたぜそれ。その『聖剣』なる剣の柄を握る魁斗の右手の指の間からじわっと漆黒の水のようなアニムスが漏れ出たんだ。
「なっ・・・!!」
ズっ―――、溝に沿って、ううん『聖剣』の剣身の横腹に刻まれた浅い意匠に、まるで夏の夕立のような雨が降り始めて壁にできた浅い溝を伝い流れる雨水のように、その剣身に刻まれた意匠へと魁斗の黒いアニムスが流れて沁みこんでいく。そして、その柄から鋩へ刻まれた一筋の意匠の浅い溝がまずどす黒くなって―――じわり、と。
「元々この剣は惑星イニーフィネの氣を僅かに吸い取りつつ、それをまるで聖なる泉のような感じでね、周りに氣の加護を与えるんだよ。だから『聖剣』―――」
「―――」
そこから徐々に漆黒の闇が拡がっていくように魁斗の言う『聖剣』が魁斗の真っ黒な氣で染まっていくんだ。ほんとにじわじわと―――
「―――僕達、導師率いる『イデアル』はどうしても崇高な『理念』が基になった『理想』を成すために『五世界の権衝者』たる僕達『イデアル』はこんなね、五世界中に散らばる『聖具』が必要でさ。きっとこの『聖剣』だって僕達『イデアル』に使われるほうが幸せだよ。僕達『転移者』を救ってくれない、なにもしてくれない女神フィーネの神殿なんかにあるよりはさっ」
「っつ!!」
お前っ、そんなお前らの身勝手な目的のために神殿の人々と巡礼者を皆殺しにしてまでそれを、その『聖剣』を手に入れたんだな―――・・・!! なんかまるで俺にはこの『聖剣』が助けを求めているような、気がしたんだよ。ほんとに女神フィーネなる女の神様がいて、その彼女が助けを求めているような気がしてさ。
「―――」
真っ黒だ。魁斗の『黒呪』というアニムスを吸った『聖剣』が真っ黒になって、まるで黒い『魔剣』みたいだ・・・。
「健太きみを倒して僕はきみを『イデアル』にする。『イデアル』に入ろうよ、健太。きみもこんな強大な聖剣が持てるよ・・・」
にぃ―――。魁斗は妖しく笑う。
「聖剣ねぇ・・・」
確かに興味はある。でも、俺は人々を殺めて手に入れたり、盗んで手に入れるようなんてそんなことは思わない。やっぱりそんな武器は強大な力を持ってるんだろうし、強大な力を手にすれば、きっと代償は・・・うん、たぶんついてくるんだろうな・・・。
俺だって興味はあったりする。剣士としていい刀を求めるのと同じだ。でも、少なくとも俺は納得のもとで合法的な手段でそんな『刀』を欲しいかな。
「・・・」
っつ。また眼が疼いて―――視界が一瞬、二重にぶれたんだっ―――
「健太きみもこの『聖剣』の力を見ればきっと心が変わる。いくよ、健太―――」
「ッ!!」
今度こそ本当に攻撃がくるっ!! 魁斗は右手と左手を―――、その漆黒のアニムスに染まった両手を真っ黒に染まった『聖剣』の柄に添えたんだ。
「ッツ・・・!!」
魁斗は黒塗れの両手で『聖剣』を担ぎ上げるように構え―――上から下までぶぅんと一直線で振り下ろした―――
「―――『天王黒呪』・・・―――『翔黒黒刃』ッ!!」
魁斗が持つ『聖剣』の剣身の斬撃に沿って放たれた漆黒の、本当に真っ黒い闇色で・・・翔ぶ黒い刃の斬撃―――。
「―――・・・」
あれは、魁斗が『聖剣』に吸わせた魁斗自身の黒い水のようなアニムスを『聖剣』の鋭利な刃に沿って準えて斬撃としたものに違いない。
だが無駄だ、魁斗。俺にはお前の翔ぶ黒い斬撃―――『翔黒黒刃』の斬道が、飛来するであろう、その角度も着斬距離も、威力も全てがまるっと先読みで―――俺には既に視えているんだ。
「・・・魁斗」
僅か数秒後の未来だけど―――お前の『天王黒呪』により真っ黒に染まった『聖剣』から放たれた『翔黒黒刃』の斬撃が俺には視えるんだよ―――。
「ふッ―――」
ほら―――お前の黒い斬撃『翔黒黒刃』は俺が半歩脚を左に移し、身体を左に避けるだけで、決して俺に当たることはないのだから・・・
「―――えっなんでっ!! 僕の『翔黒黒刃』を避けた、だってっ!?」
俺が身体ごと左に避けた魁斗の『翔黒黒刃』はどうっという擬音を立てながら、俺の後方へと翔んでいき、廃砦の壁へ直撃―――
「壁にめりこんだ?」
どろっ―――
「っ!?」
どろっ―――、魁斗の『翔黒黒刃』は溶けて、俺が視ようと思ったのは、斬道だけで、『翔黒黒刃』は着斬とともに黒いアニムスに還元するかと思っていた。まさか、どろりと、まるで真っ黒いコールタールのように溶けるとは思っていなかった。べったり、べとべと、どろどろとした粘着質―――魁斗の性格まんまじゃねぇか―――・・・。
「『翔黒黒刃』を避けたぐらいで僕の『黯黒呪界』を舐めないでよね、健太―――」
すぅ―――、俺が魁斗に視線を戻したとき―――。
「ッ」
「僕は自らの『黯黒呪界』という領域内では最強無二の存在だよ、健太。だから僕の斬撃が霧散することはないんだ。僕の『天王黒呪』は最強だっ。僕は最強の異能遣いだよっ!!」
ぺらぺらと魁斗の奴。それでさっそく次の斬撃か―――。魁斗は振り下ろした真っ黒い『聖剣』をすぅっと再び頭上に掲げる―――
「―――『翔黒黒刃』ッ」
ぶぅんっとあいつっ!!今度は剣を右から左に―――ほんとに力任せだよな・・・魁斗の奴。剣をめちゃくちゃに振り回したような剣捌きで剣技というものを全く感じさせないぜ。
「・・・」
まるで剣に振り回されているような・・・、あいつ剣の勢い、つまり遠心力で上半身を持っていかれてるじゃなねぇか・・・剣捌きって言うのが全然なってねぇ。
「―――」
ひっでぇな魁斗の奴、まるでギロチンの刃かよ。今度は俺の頸辺りをちょん切る―――と見せかけて絡め捕るってか? 斬撃が当たるとその瞬間にさっきの溶けたコールタールみたいになるんだろ? そのうえで『黒印』とか、そんな魂胆だろ、お前。
魁斗が真っ黒い『聖剣』から放った二回目の漆黒の斬撃の向きは水平方向で、さっきの縦の斬撃が易々と俺に避けられたからって、水平に薙ぐなんてちょっと無策なんじゃないか?
「・・・」
あと三秒とちょっとで俺の頸に、まるでギロチンの刃のように着斬する―――。
「ふっ―――」
だから頸を仰け反らせ、さらに膝も屈める。
「まただっまた僕の『翔黒黒刃』の斬撃が健太に当たらないッ!! なんで? なんでなのっ!! なんでなのさッ!!」
ぶわっと―――俺は僅かに膝を屈めることで『翔黒黒刃』の水平の斬撃は俺の頭上を越えて明後日の方向に翔んでいった。
「どうなってんのっ健太っ当たってよっ僕の『翔黒黒刃』に!!」
「無茶言うなよ、魁斗」
「別に当たっても斬れないよっ僕の!?」
「ピッチかコールタールのように溶けて絡まるんだろ?」
にぃ、と俺は口角を吊り上げた。俺には『全てお見通し』なんだよ、魁斗。まるで黒くて粘性に富んだ底なし沼に囚われるかのように。モウセンゴケに捕らわれる小虫ってか、俺は。
「―――っ!!」
図星か。魁斗の奴。俺がそう溶けて絡まるんだろ?と訊くと、魁斗の奴はその両目を大きく見開いたんだよ。隠してたことがバレて、それで驚いたような顔だよな、魁斗。ずばり俺が言ったことで正解だったというわけだよ。
今だっ魁斗が動揺している今がチャンスだっ!! ダっと俺は地を蹴り、魁斗に肉薄―――
「うわっちょっ健太、待っ―――」
慌てて焦っても知らねぇよ、魁斗。俺はこの木刀でお前を打つんだからさ。もちろん本気で、今度はお前が『聖剣』を持てなくしてやるよッ。
「遅いぞ、魁斗。剣を持つならもっと練習しておけ―――」
んっ?これは魁斗の奴なにを―――っつ、視えた、次の魁斗の攻撃が。
「待っ―――なんてね、健太っ♪」
魁斗は自分が焦っているふりをして、俺が木刀を構えて魁斗に近づいた瞬間にペロッと舌を出してまたおどけて見せた。
「っつ」
真剣勝負をふざけて、なめきっている奴に俺は―――。