第四十四話 旧友の剣と銃
第四十四話 旧友の剣と銃
「ともかくさっさと始めるぞ、魁斗」
「う、うん♪」
にこっと笑うな。っとその前に訊いておかないと、魁斗に。
「おっと、勝負を始めるより先に最後の確認だ、魁斗」
「なにを確認するんだい、健太?」
おいおい・・・。
「いやだから勝負の条件だ」
「あぁ・・・なんか言ったね、そういえば僕。すっかり忘れてたよ、てへっごめんね、健太♪」
「―――」
だから、俺、お前のそういうところが信用できないんだよ。『忘れてました』や『約束したときの気持ちと今の気持ちは違います』など、本当に俺が勝負に勝っても、魁斗は条件を反故にしそうでこわい。
「俺が魁斗お前に勝ったらお前はアイナとアターシャを解呪し、おとなしく俺達から手を引く。んで、俺達はさっさと帰る、だったよな?」
「?? あれれ、忘れてるよ、健太? 僕が勝てば、健太は僕達『イデアル』に―――」
「いや、それを俺が言ったらダメだろ」
きょとんと。俺の言葉を聞いた魁斗は顔をきょとんとさせた。
「?? なんでさ、そこんとこ大事なとこだと思うけど、僕は」
それはお前の事情であってだな・・・。それに―――
「なんかそれを言ったら、俺は最初から勝負に敗けてる感じがするじゃねぇかよ・・・」
「そんなものかなぁ」
こんな感じで普通に話す分にはほんとに普通のやつのなんだけどなぁ・・・魁斗のやつ。いったいどこであんな裏の顔が育ったのやら。・・・やっぱり魁斗が子どもの頃に『イデアル』とかいう犯罪者集団に拾われた所為なんだろうな・・・。こいつそこで育ったみたいなことをあのときの焚火を熾して囲ったときに言っていたしな・・・。
「――――――」
俺達は互いに数メートルの距離を取って向かい合う。
「へへへっ」
楽しそうに笑うなよ、魁斗。真剣勝負だぞ?でも、まぁ―――俺はそのお前の油断を掬わせてもらうだけだ。魁斗の笑みは嫌らしいニヤッとした口角を吊り上げたものじゃなくて、ほんとに楽しいことがあってだからにこにこと笑ったような笑みだったんだ。
アイナ―――。早く、早くきみを解放してあげたいのに・・・このやろう、魁斗の奴が俺と勝負なんて―――。それに真剣勝負って言うのにこいつ、緊張感もなくにこにこへらへら笑いやがって・・・。
「―――」
ぐっ。俺は腰に差した鞘付き木刀の鞘を左手でぐっと握り締めた。いかん、へらへら笑う魁斗にちょっといらっとして、少し手に力が入り過ぎているかも―――もう少しふわっと柄を握らないと。
一方で魁斗は、シュラ、シャーっと―――陳腐だけどそんな音だった、金属の剣身がこれまた金属の鞘と擦れることで立てた金属音は。日本刀ではまず立たない音だ。
「っつ」
さすがに当たればやばいかな、あいつあれ真剣だぞ。魁斗は腰に差してあったあの―――『生ける屍』相手に振り回していた銀色に輝く洋剣を鞘から抜いたんだ。
「・・・ん?」
たぶんあれ、あの剣はほんとにただの金属製だよな・・・? でもなんか見ていて不思議な感じがする。確かに銀色の金属光沢がある普通の洋剣なのに・・・。
「・・・」
なんだろ、俺なんで当たり前のことに疑問を覚えたんだろう? 見た目であの洋剣はただの金属製に決まっている。どんな材質だろう。刀剣らしく鉄?それとも合金鋼かな? あのときは追いすがる生ける屍達に必死で魁斗の剣をよく見ることができなかったんだ。
魁斗が右手に持つ西洋風の剣は長剣というほどの長さはない。魁斗の剣は鋩から柄までが大人の腕の長さ、指先から肩までと同じくらいの長さだ。刀身は少し幅広で鎬地はちょっと、少し幅広い。―――剣身の形は鋩を尖らせたファルシオンに似ているかもしれない。でも手を握る柄は棒柄じゃない・・・拳を護る鍔のある剣だ。
「?」
そして不思議なことに魁斗がその右手に持つ抜身の剣の剣身には、一筋の浅い溝が刻まれていた。あの溝は剣の意匠なんだろうか・・・? その剣身に刻まれた一筋の溝は柄のところから鋩まで一直線に走っていたんだ。
「あれれ?健太は木刀で大丈夫なの?」
おっと、真剣勝負に余計なことを考えるなよ、俺。
「あぁ、お前に心配されるほど落ちぶれてねぇよ・・・俺」
ふっ。思わず心の中で笑みが漏れたぜ。きっと魁斗は木刀をなめてるんだ。『まだ』本赤樫の木刀の本当の威力を知らないんだよ・・・!! 木刀って本気で打たれたら骨だって折れてしまうほどの威力を秘めているんだぜ・・・? 知らねぇだろ、魁斗お前。
「ふ~ん、ちょっとかっこいいね、健太。その台詞―――じゃ、始めよっか健太」
すぅ・・・。魁斗は鞘から抜き放った銀色の剣の向きを保ったまま、そのまま腕を上へ。俺の正面に魁斗の右拳が見える―――?上は小指で下は親指の向きの『ぐー』だ。 えっと・・・柄を握った拳をそのまま剣と共に向きを変えずまっすぐ前にし、俺に向かって突き出す腕のかたちだ・・・?
「?」
はい? 魁斗は剣の柄を持つ右腕を、俺から見て剣は垂直に構える。右手だけで剣の柄を握っている・・・。柄が上で剣身が下―――
それでも、剣身と鋩が下を向いていても、握ったときの親指が上に向く持ち方だったらまだ解る。よく忍者が刀を握る持ち方だ。でも、魁斗のそれは柄を握った親指が下で、小指が上を向くの右拳なんだ。剣を、縦にアルファベットの『I』と同じ向きに構えたんだ。さすがに刃は俺を向いているけれど―――、
「・・・??」
剣の鋩が下向きで柄のほうが上段に・・・そんな柄を上げて構えるなんて・・・ほんと変わった構え方だよな。右手だけで斬り上げるつもりか?魁斗のやつ―――? そんなもの、腕の動作が制限されて斬撃速度も遅いし、なによりも斬道が丸分かりだぞ?
「―――」
日本の剣術から言うと全然基本の構えじゃないぞ―――魁斗。ひょっとしたらそういう構え方の流派もあるかもしれないけれど、そんなのじゃお前の間合いより広い俺の木刀のほうが有利だぞ。
「――――――」
それとも―――俺の油断を誘っているのか・・・?魁斗の奴。
「あれれ?どうしたの健太。こないの? それとも真剣での勝負は初めてだからビビってるのかな?ははっ♪」
魁斗の挑発に乗るな・・・俺。
「・・・」
それとも・・・あの魁斗のことだ、あの白装束の中にあの街で見た手榴弾とか隠し持っているとか・・・、俺が魁斗に近づいた瞬間に手榴弾を俺に投げつけてくるとか? さすがにそこまでのことはしない―――、いや、はたして本当にそう言えるか? 魁斗は、あのとき火炎放射器のようなもので持っていたじゃないか。それで容赦なく生ける屍達に炎を噴きかけていた―――、だとすればやっぱりあの白装束の中に、なにかの武器を隠し持っているのかもしれない―――。
「―――」
くそ・・・あの白装束の下が、中が透けて見えたらいいのに・・・じぃ―――やっぱ視えるわけないか―――ッつ!!
「ッ!!」
くそ、こんなときにまた眼が痛くなってきやがったっ・・・!! しかも両眼ともだっ。なんでだよっこんな真剣勝負のときに―――くそっ!!
俺は咄嗟に柄を握る右手を取り、手の平で顔を覆った。こんな抜身の真剣を持っている相手との真剣勝負のときに眼を手の平で覆うなんて自殺行為だっ!! 手の平を少しずらそう・・・。
「・・・」
俺は眼の疼きをなんとか堪えて、指の間から魁斗の様子をじぃっと見つめた。
「・・・あ、あれ?」
やっぱ本格的におかしくなってるのかもしれないぞ、俺の眼・・・? だってじぃっと魁斗を見つめたときに一瞬だけ、魁斗の姿がぶれたんだぜ? ん?
「ん?」
あいつの白装束の上衣の胸内ポケットの辺りになにか視えないか? おっかしいな・・・しぱしぱ・・・ううん、やっぱり俺の眼の錯覚じゃない。なにか四角い鉤状ものが透けて視える―――。よし、もっと視えろ。視えろ。視えろ視えろ―――
「(じぃ)―――」
あっ、だんだんはっきりと視えてきた―――、それに眼の痛みも和らいでっ
「ッ!!」
って、あいつ内ポケットの中になんてもの隠し持ってやがるんだッ・・・!! あれ拳銃じゃねぇか!? なんであんな凶器まで―――魁斗あいつ!!
「あれ?どうしたの?健太―――」
にこっ、と魁斗は屈託のない笑みを浮かべたんだ。っつ魁斗にばれた!!俺、表情に出し過ぎたかっ!!それで魁斗あいつに俺が何を視ていたのか、分かってしまったんだ。
落ち着け、落ち着け。今『膨らんでいる』から不思議に思ったようにしておけ・・・ふーっ。落ち着け、俺―――
「お前魁斗、そこ胸ポケットの中になにか隠してんだろ? 膨らんでるぞ?」
「てへっ♪ばれちゃったかっははっ」
ごそごそ。だから俺お前のその『てへっ♪』の笑顔は信用できないんだよ。魁斗は白装束の内側に左手を入れ、その黒い拳銃を俺に見せびらかすように取り出したんだ。