第四話 爆ぜる心で駆ける者、疑る心の捕う者
第四話 爆ぜる心で駆ける者、疑る心の捕う者
俺はその足型の向きを追って、その足型を辿っていた。野菜の汁の足跡はしばらくして消えたけども、その足型の向かう行先へと俺はしばらく歩いていった。すると、軒を連ねる建物が切れ、街の中心広場かな?と思わるところが俺に見えてきた。街の中心の広場は市民の憩いの場のような公園になっているようだ。街の真ん中には、日本の公園でもよくあるようなベンチと人工池が備え付けられていて、きっと暑い夏には水の広場は子供達でにぎわうことだろう―――と、俺は脚を進めてその街の中心部分に至ったそのときだった―――!!
「ッ―――・・・!!」
思わず俺は目を見開いて、木刀を左手に持ったまま硬直するように固まってしまったんだ。街の中心にある広場―――そこには死屍累々と人々が倒れていたから。
まだ誰かが生きているかもしれない、とそう思った俺は間近まで駆け寄ったけれども―――その脚は途中で止まる。なぜかと言えば、間近まで寄ることで、その倒れている人々がもうすでに息がある状態ではないことが解ってしまったからだ。
「―――ッ!!」
ある白髪の男の老人は口から血を流し、胴体はあらぬ所に。ある妙齢の茶髪の女の人は血染めの服を着て歪んだ苦悶の表情のまま顔を恐怖に引き攣らせたまま固まらせていた。また幼い少年は涙の跡の残る顔で身体を捻った状態の中、固まった血溜まりの中でぴくりとも動かない。
「うッ・・・ぷっ―――!!」
俺は絶句した。今の現代の日本ではおきないようなあまりの悲惨で無惨な現場の姿に、俺は右手を口元に持っていき、俺はザリッと後ずさりをした―――。そして、ふと視線を横にやったとき―――広場の外れで斃れていたその無残な姿を晒す、無惨な様の亡骸が目に入ったんだ。
「ッ!!」
その生きていれば十代後半と思われる美しい顔かたちの金髪の少女は、壮絶な表情で斃れ伏し右腕を伸ばしたまま、その右手で爪が剥がれるほど地面を掻き握り―――・・・酷過ぎる。その最期はあまりにも非人道的な行為だったに違いなかった。
俺はその金髪の少女を直視できずに、すぐに視線を逸らして自分の口にさらに左手の手の平を押し付けた。吐き気を催したからだ。そのまま俺は背中を丸め―――
「―――お・・・う゛―――」
金髪の少女のその酷い様の亡骸を見てしまって、俺は胃の中から喉元にこみあげて来る酸いものを堪えきることなんてできなかった―――。
「う・・・うぅ―――」
俺は蹲っていた体勢からよろよろと起き上がった。わけがわからない。なんでこんなことが―――なんで―――これは現実か? こわい。こんなことが現代の世の中で起こるはずなんかない。これは違う。こんなことが起こる世界であってはならない。
「な、なんなんだこれは・・・。ひどい―――酷過ぎる」
俺は眼前の光景から逃げるように後ずさりし―――、この広場から離れないと。もし、これをやった奴らがまだ近くにいるのなら―――
「―――」
俺は左手に木刀を握り締めたまま、逃げるようにその場から踵を返した。
「はぁッ、はぁッ、はぁッ―――」
俺は息を切らせながら、連なる建物が軒を連ねる大通りを全力で走り―――、先ほどの八百屋と魚屋を脇目も振らず駆け抜け、その他にもいろんな店があったような気がする。
「はぁッ、はぁッ、―――、―――・・・」
そしてついに、大通りを走り抜けた。眼前には城門と城壁が見える。この大通りの突き当りにある城壁門を出れば、この街の外に出られるということだ。
「―――・・・」
大きな木製の門扉だった。その横に、門扉に付属するようにある小屋はこの門扉の門兵の詰所かもしれない。誰かがいるかもしれない。例えば、この街の生存者とか―――。
俺はゆっくりと、―――あんな目も当てられないような非道な様を見てしまったというか、見せられたあとだ―――、警戒しつつその木材で建てられた小屋の中を覗き込んだ。
でも―――
「誰もいない・・・か」
俺はすぅっとその小屋から離れた。お腹も空いてきたし、これからどうしよう。
「―――」
街の中心に行けば、きっと放置されている果物は手に入れることができるだろう。でも、もう絶対にあの広場の近くには戻りたくはない。
「はぁ・・・」
俺は嘆くように空を見上げてため息を吐いた。青い空を見れば、もうすでに太陽は傾き、この街が、この場所が昼下がりであるということに今気が付いた。俺が道場で鞘付き木刀を使って修練していたのが、学校から帰ってきてからの、夕方の十八時頃だったはずだ。俺は袴の衣嚢から電話を取り出した。
「ほらな」
俺の電話の液晶画面には18時49分の表示があって・・・でもこの洋風の街はまだ昼間だ。ということは日本とこの洋風の街じゃあ時差があるということだ。
「やっぱ、この街は外国であるという線が濃いな」
俺は電話を袴の衣嚢に仕舞った。このままだと確実に日が沈んで、あの大勢の亡骸と一緒に、この街で一夜を過ごすことになる。
「~~~」
冗談じゃない。それを想像し、身震いしてしまった。
「仕方ないか」
俺は意を決し、その門扉に手を掛けたんだ。この街から出ていこう。この街から出れば、ひょっとしたらまた俺の家の道場に帰ることができるという淡い幻想を抱いていた。
「・・・―――」
よし、この街から出るぞ、と俺が門扉の表面にその掌で触れて扉を押そうとした、まさにそのときだったんだ。
「貴方はそこでなにをしているのですか―――?」
と、背中から俺は。その若い女性であろう人に俺が声を掛けられたのは。
「ぃ!!」
突然のことに情けなく身体がびくりとしてしまう。
「―――・・・!?」
俺がゆっくりと、声がした後ろに振り返ると一人の少女が―――ううん二人いる。手前に佇む若い女性とその少女よりはいくらか年上に見える女性は、手前に立つ少女の従者か侍女のように俺の遠目には見えた。だから合わせて二人の女性が俺の数十メートル先に佇んでいたことになるんだ。
「―――」
俺に近いほうの、前に立つ少女は俺に向かってザリッと一歩踏み出したんだ。その彼女の靴は革のような材質で作られたと思う暗色の靴を履いているんだろう。
「―――・・・」
彼女が無言で一歩また一歩と、門扉のすぐ近くに立っている俺に近づいてくるにつれ、その彼女の容姿が詳しく見て取れるようになったんだ。彼女の見た目の歳の頃はおそらく俺と変わらないはずだ。彼女の歳の頃はおそらく俺と同じ高校生ぐらいだろう。彼女は痩せてもなく、肥えてもいない。身長はどうだろう?俺よりは低いと思う。でも、小柄な感じではない。
自然にごく自然に彼女に向けていた視線を俺はすぅっと下におろしていき、胸や胴、足腰は―――って
「っ」
って俺は彼女の容姿のどこを凝視しようとしてんだよ!? 俺は焦ってふたたび視線を彼女の顔に戻す。
その彼女の髪は黒髪で、その後ろで巻きこむように結われているシニヨンの髪を解いて下せば、その黒い髪の毛は長く腰まで届きそうだ。でも彼女の眼の色は、その黒髪の色とは違いその眼には明るい色が着いていた。よし、俺はこの彼女のことを黒髪の彼女と呼ぼう。
また黒髪の彼女の装いの色合いは派手な色ではなく、別段取り立てて、俺がのけぞってしまうような奇抜な服装でもなく、目のやり場に困るような露出度の高い服装でもない。しいて言うならば、よく日本のファンタジー作品で描かれるようなヨーロッパ風の服装を基盤に置き、そこに様々な要素で着色されたような装いの服装だった。この黒髪の彼女の上衣は外套で、その外套にはふりふりが着いたような服ではない。その外套は身体の動きが邪魔されるような、そんな飾りものは付いていない。きっとこの黒髪の彼女は外套を着たまま、その服ででも運動はできることだろう。たぶん黒髪の彼女のシニヨンで纏められた髪型もそれに基づいていると俺は思った。
一方黒髪の彼女の下衣は露出の少ないズボンのようなものを履いており、上衣の上に羽織られたブレザーコートのような外套の裾は下衣のズボンを腰まで隠している。
もう一人の後ろで控えるような女の人の格好はというと、給仕服のような装いに、その赤髪は長髪で下したものだった。
「―――」
その赤髪の給仕服の女の人が、手前に佇む黒髪の彼女に近づいて何やら耳打ちをすると、ぴたりと黒髪の彼女の足が止まった。つまり、そんな日本では風変わりないでたちの彼女達は俺に近づきすぎることはなく、十メートルほど手前でその歩みを止めたということだ。
「!!」
そこで俺はふと『それ』に気が付き、黒髪の彼女のある一点の場所で俺の視線が止まった。そこは黒髪の彼女の腰だ。―――その位置には、俺の見立てでは一振りの業物であろうと思われる一振りの日本刀のような刀が差されていたんだ。その彼女が腰に差すその刀の刃が上向きであることから、その刀が徒歩実戦に適した打刀ということを俺は悟った。
「―――・・・」
黒髪の彼女の着ている装いは明らかに洋装を基調とし、それにファンタジー的なアレンジを加えたようなもの。そして腰の得物は日本刀のような刀―――いろいろな文化が混在したようなちぐはぐな装い。後ろの赤髪のほうは洋風の給仕服だ。あの盛られた給仕服の中からも仕込み脇差か腰刀が出てきそうに思う。だってこの二人は、俺に対して明らかに猜疑心に満ちたような厳しい眼差しで俺を見つめて来るんだぜ?そう思ってしまうのは、当然のことだってば―――。