第三百九十九話 進み出す彼の物語、、、五
話乍ら修孝はその視線を机上に落とした。
「―――、そのときにはもう、俺が視る火事の夢の場所がここ日下の街ということを、、、。燃える街、この屋敷も何もかもが燃えて焦土に・・・。そして、ついに俺は、その大火の正体が、戦火であることを夢の中で知った。俺のこの『予知夢』の異能で未来を視得る限り、、、―――境界を越え、近々攻めてくると思う、チェスター第二皇子率いるイニーフィネ皇国軍が、この俺達の日下国に」
修孝は、長々と話した言葉を切って、その口元を厳しく一文字に締めた。
第三百九十九話 進み出す彼の物語、、、五
孫修孝の話を聞き、その驚きの内容に、その目を見開く祖父行晃―――。
「修、孝―――」
驚愕の事実。
修孝の異能が、異能と思われているものが既に目覚めている事実。
修孝の異能で、視得た日下国の未来の姿。
修孝の異能が、目覚めているという事を知りながら、ひた隠しにしていた、している、と言われても仕方がない、行晃自身の長子儀紹。
「―――」
クルシュもまた、声なき声を上げた。今現在既に皇国の状況が、こちらにとって悪い状況に傾きつつあることを、彼女は『イデアル』を通して知っている―――――、
もし、なんらかの原因で開国・融和派のルストロ第一皇子が失脚したとすればどうなるだろう―――、
反日之国反魔法王国反機・強い古き大イニーフィネ帝国の復興を掲げる強硬・過激派のチェスター第二皇子側に、状況が有利に傾けば、修孝の話した予知夢で視たという日下国の未来と符号、、、不気味に状況が一致してくる。
修孝が、彼自身が思い始め、決心した事。
その自分の心を、想いを祖父行晃に告げようと修孝は。
「イニーフィネによる日下侵攻まで、あまり時間がありません、祖父さま。俺は逃げずに―――、」
修孝は顔を上げて、強い意志の籠った眼差しで、その瞳で、祖父のその驚きに揺れる瞳を真っ直ぐと見返す。
「―――、俺は境界を越えて攻めてくるイニーフィネ軍と戦いたい。この国を、この日下国を護りたいんだ。・・・そのときのために、俺は念入りに剣の修練を始めたんですが、祖父さま。どうも独りでは埒の開かない日が続いています。日下流剣術の師範である祖父さま―――、俺に、、、剣の稽古の相手になっていただけませんか・・・っ。―――、」
がたッ、っと、椅子が机にぶつかる音を立てて、修孝は椅子を引きその場に立ち上がった。
修孝は両つの腕を体側に、十本の指をきちっと足元へと伸ばした、気を付けの格好である。そして、修孝は腰を折り、頭を下げる。
「今日今ここで俺は決心しましたっ!!お願いしますっ行晃師範代ッ、攻めてくるであろうイニーフィネ軍を蹴散らしたいんですっ俺に剣の稽古をっ、初代日下蔵人が揮いし神刀『霧雨』の稽古を俺につけてください―――ッ!!」
だが、
「少し待ちなさい、修孝」
行晃は努めて冷静に。
「祖父さま?」
修孝は、頭を下げた状態で、上目遣いに祖父を見詰めた。そこには、心の動揺を抑え、意外と冷静な表情をした祖父の姿があった。
「先ず初めに修孝よ」
「はい、祖父さま」
「気を悪くせんでくれよ、修孝。お前さんの見るその夢は本当に予知夢なのかな?ひょっとするとただの、己が密かに思っていることを夢で見る他愛ない夢やもしれんぞ?」
祖父のそっけない言葉。
ムッとする修孝。
「、、、ッ、」
祖父の否定の言葉。
こんなにも自分が苦労して垣間見ている、まるで、異能に一方的に“日下国の不幸な未来”を視せつけられているというのに、こんなに悪夢を、ただの自分の破滅願望とでも言うのか、祖父は。
まだまだある、俺はもっとその先の夢も視た。ここで“それ”を祖父に言ってやろうか、と修孝は思った。
修孝は、我慢ならずその口を開く。
「祖父さま。俺の夢は“進化している”」
「・・・進化、、、とな」
「あぁ、祖父さま。俺と美夜妃は必ず夢の中で敵兵に“死ぬか”“殺されている”んだ。でも、次、その場面を学習した俺が、殺される同じところを、次の夢で視るとき、同じ場面で、俺は敵を反対に返り討ちしているんだ。でも、俺が現実で、その夢を視たあと起きてなにも行動しないときは、俺が夢で見る場面は変わっていない。俺が起きて、現実で修行すればするほど、俺と美夜妃が夢の中で死ぬところが先延ばしされてゆくんだ。俺はこの現象のことを“よみ還り”ならぬ『ゆめ還り』と名付けた」
「・・・っ、」
「夢の中で敵に殺されては起きて修業し、次の夢の中で次の敵に殺されては起きているときに修行し、、、そんなことの繰り返しを夢で、ずっとここのところ二月に入って俺は悪夢の『ゆめ還り』を見続けていて、それでもなお祖父さまは、俺の見続けているこの『ゆめ還り』が、ただの俺の破滅願望成就の成れの果てというのか・・・っ!!」
修孝は徐々に怒ってしまい、終いには強い口調でまるで祖父に当たるように言ってしまった。
孫に当たられても、
「悪夢か。ふむ、確かにそういった同じ夢を見続けているのは妙であるな、修孝よ。―――」
だが、行晃は冷静だった。そして、行晃はさりげなく暗に、修孝の横でかりんとうを頻りに弄るその童女に視線を向けた。
自分では孫の修孝に明確な答えを出してやるには、自分では力不足であると思ったからだ。
それは、その意志の籠めた視線は、
(主様。修孝の言い分に対して、老熟された主様の知識をお借りしたいのですが、よろしいでしょうか?)
の視線である。
「(ふむ、、、)はむはむ、もぐもぐ―――、」
と、クルシュは、そのかりんとうを頬張る口の中で、一声。
自身の子孫であり従者たる行晃の助けを求める視線。
自身の子々孫々たる行晃、そして修孝に、クルシュは己の永き生で得た知識を元に、かわいい己の子々孫々に救いの手を差し伸べてやりたいと思った。
クルシュは、ようやくかりんとうを嚥下。
「―――、ごぐんっ、、、行晃おじいちゃん。修孝おにいちゃんは、修孝おにいちゃんの視ている夢は、きっと『予知夢』だよ。千歳はね、行晃おじいちゃんには、修孝おにいちゃんの力になってあげてほしいな・・・っ♪」
にぱっ、っとクルシュはかわいい笑みをこぼした。
クルシュのその言葉は、その笑顔は行晃にとっては是であり、クルシュより行晃に下された命でもあるのだ。
行晃は主より下された命を即座に了承。その眼で主クルシュと無言の意志疎通を行なう。
「―――っつ」
(拝命致しました、主様・・・!!)
っと、行晃は、表情真面目に、心の中で返事を行なった。
「祖父さま―――、」
一方で、頬を引き締めて、きりりとさせた行晃のその表情を、“否定”と捉えてしまったのは、修孝だった。
「―――、祖父さまはまだ俺の『予知夢』のことを信じてくれないのか?」
修孝のその自身へと向けられた冷たい言葉。
行晃は、主より視線を切り、その目を孫の修孝へと向けた。
信じてくれない?行晃は孫の言葉が解らなかった。自分は、もうお前のことを信じたぞ、と行晃は。
「修孝?」
「親父は、俺のこの話をすぐに信じてくれたぞ、祖父さま」
孫の言葉に行晃は興味深く思い、目の色を変えてその身を乗り出す。
「なに?修孝よ、お主は儀紹、、、いやお前さんの父に自身の異能『予知夢』のことを既に話してあるのか?」
ずいっ、っと一歩。
真面目な顔、いや、目元を鋭くさせた行晃のその気迫に、修孝は少し気おくれを起こすものの、臆するほどではなかった。
「あ、あぁ、うん」
トーンダウンした修孝は素直に行晃に肯いた。
「・・・私はあいつからなにも聞いてはいないが、、、」
行晃は徐に視線を落として呟いた。
「俺も、親父に直接話したわけじゃないさ。火事の夢を視始めてしばらく経ったときだ、夢の内容を奇妙に感じた俺は、一応、碓水と美夜妃に相談をしてみたんだ。そしたら、美夜妃がな、俺の視る夢はきっと正夢で、俺のことを“夢見の能力者”だと言うもんだから―――、」
修孝は今月の初めの頃にあった、あのときの自分と碓水、及び美夜妃とのやり取りを祖父行晃に話して聞かせたのだった―――。