第三百九十五話 予知夢、其の二・・・四
「逃がすか」
修孝は一瞬の返す刃で、グリフォンのその獅子色の羽根を、黒檀の木刀で打ち据えた―――。
[―――ギャウッ]
パパパパッ―――、っと飛び散る紅い幻獣の血液と、獅子色の羽根。黒檀の木刀の殴打で、羽根をへし折られたグリフォンはもうこれで飛び立つことはできなくなったのだ。
木刀であっても、本気で斬られれば、殴られれば、肉と骨を砕かれて命を落とすことさえあるのだ。
[!!]
動物でも自分自身に降りかかった危機や、死に誘う痛み、死期を察知できるようで、グリフォンのその鳥目が見開く。
第三百九十五話 予知夢、其の二・・・四
修孝はグリフォンのその柔らかいふかふかした羽毛と、獅子の鬣のちょうど交わる部分に、その黒檀の木刀の鋭い鋩を圧し当てた。
「お前は悪くない、悪くなどはない。だが―――、ここで死んでもらう―――、ッ」
ドス―――ッツ
修孝は幻獣の、いや、人を含めた全ての哺乳類の急所たる柔らかい頸元へ、氣を籠めたその鋭い黒檀の
木刀の鋩を衝き立てた。
[―――ゲヴッ!!]
「ッツ」
ぐりゅ―――、っと、修孝は木刀の柄を、その握る手でまるで鍵穴に刺し込んだ鍵を捻って回すような動きで、木刀を捻って、幻獣グリフォンの頸筋の気管と頸部の大きな血管を引き千切った。
タンッ、っと、その瞬間、修孝はその身を翻した。
[―――・・・ッツ]
ぷしゃああああああ―――ッツ
返り血と、幻獣が苦しみに悶え暴れるのを見越して修孝は後ろへと華麗に跳び退ったのだ。
[―――・・・、、、]
「恨むのなら俺ではなく、お前を嗾けたイニーフィネ人を恨むんだな」
ジタバタジタバタ、、、バタバタばたばた・・・、幻獣グリフォンの半眼となったその半死の虚ろな目で、修孝を見詰めていたがやがて、その光は乏しくなっていく。
「―――ッツ」
キッ、っとそのすぐあと。
修孝は空を見上げて、もう一体いるはずであろう敵軍の兵士を見遣った。
飛竜に乗る戦竜隊というイニーフィネ軍獣師団の一部隊所属の敵が近くにいるはずだ。修孝は、以前の予知夢で嫌と言うほどの夢見の帰結で、そして、そこの場面で、殺されてきた。
「修孝様っ上ですっ上に竜が・・・ッ!!」
ようやくその恐怖の呪縛から立ち直った美夜妃は、修孝に叫んで報せた。もちろん修孝はその飛竜の存在に、竜騎兵のような存在に気づいてはいた。
すると、視界に舞い飛んでくる何某かの大きな影。カナヘビのような身体に、鱗にびっちりと覆われたその背中から皮膜の翼が二枚生えており、、やはり、その背には男のイニーフィネ兵が乗り跨っていた。
その左手は、自身の跨る飛竜の手綱に、右手にはまるで長柄武器のような形状の三叉鑓が握られている。
「ハッ、バカが、たかが下等なエアリス人なんかに簡単に殺られやがって!! お前ら戦獣隊はよぉッ!! やれっ炎息!!」
バサバサと翼竜のように羽搏くような音を立て―――、
[ーーーッツ]
―――、飛竜は羽搏きながら、その鋭角の牙を持つ口を開け、ギャーッツ、っと嘶く竜声。
修孝と美夜妃は瞬間。その鋭い歯の並ぶ開いた口―――。そこから紅蓮の炎が吹き出した。
ゴア―――ッツ
「「ッツ」」
修孝と美夜妃の目に映るは、体表が赤茶色をした飛竜と、その背に跨ったイニーフィネ兵と思しき者の姿。
そして、修孝と美夜妃の二人は、竜のような姿をした獣が吐いた炎の息の中に、その劫炎の中に包まれ消えていった―――。
///
ガバッ―――、っと!!
「―――ッ」
修孝は床に上体を起こした状態で、布団を跳ね上げ、床の上に足を投げ出すように起きた。額に玉のような汗がぐっしょり。
寝間着の背中も汗に濡れていた。
「くそ、、、あのとき俺が『霧雨』を持っていれば―――、」
霧雨のあの多量の蒸気の水分で、あの飛竜の炎の息を防ぐことができたかもしれない、、、っと、修孝は呟き、事実心の底からそれを思った。
「だが、まぁ―――、」
そして、二度寝して正解だったかかもしれない、でも俺にとって悪夢だったことには違いないっ、と修孝は悪態を吐いた。
今日の朝の七時過ぎ修孝は、父儀継を出迎えに行くという母巴恵と、そんな母に随伴する美夜妃を玄関先で見送ったのだ。
そして、不意に、まだその回らない頭のときに眠気に襲われて、自室に戻り二度寝をしたのであった。
そして、観てしまった悪い夢。
同じく、イニーフィネ皇国軍獣師団が束になって、まるで蝗の群れのように、ここ日下府に怒濤のように侵略してくる悪夢。
火の手が上がる日下の首府。崩れ落ちる建物。殺されていく日下の民。そして、自分達も組織だってイニーフィネ皇国軍を迎え撃ち、イニーフィネ兵達を殺していく。
これもまた予知夢であるならば―――、今度の夢は壮絶な市街戦。
「~~~ッ」
ブンブンっ、っと修孝は首を横に振った。
いったいこの夢は―――、父には他言無用であると、野添碓水を通してそのような話があった。
だが、やっぱり、誰かに、この自分が視る悪夢のことを話したほうがいいのか、もし話すならば自分が信頼のおける人物だ。
「―――」
そして、修孝は床より起きた。
///
「おらぬ・・・」
行晃は呟いた。道場へと至った行晃。だが、しかし、そこには目的の人物修孝はおらず、幾人かの門弟が各々に、また組手となって日下流剣術の稽古をしているばかりであった。
「であるとするならば―――」
もう一つの、門弟立ち入るべからずの道場のほうか、と行晃は。先日、修孝が『霧雨』の修練のために使ったほうの内々の道場のほうである。
意中の人物はいない、と道場の入り口で行晃は踵を返して―――、
「っ」
だが、その門弟の数人が、行晃の来訪とその存在に気づき、“大先生っ”と次々に声を掛け、頭を下げていく。
「お、おうお前さんは―――、、、」
あぁ、もう・・・っ~~~、っと行晃。内心で思い、その顔にはできるだけ笑顔にて、門弟達を労う。
「大先生っいつお帰りで・・・!!」
「大先生っお久しゅうこざいますっ」
「ついこの間だ、皆の前に姿を現すのが遅れてすまぬ、(~~~っ)」
そして、あっという間に行晃は、かつての教え子達や今の門弟達に取り囲まれるのであった。
一方の修孝。行晃のそのような気持ちは露も知らずに修孝は、そう言えばあいつらは、
「、、、」
途中食べてくるんだろうな、と反芻するように思った。
あいつら、とは、主に父のことだ。
あの父の事だ、自分のことを『預言書』だと思っており、きっと母や美夜妃から自分が大事なく目が覚めたことが父儀紹に伝わるだろう、そうすれば急いで、自分の見舞いに帰ってくることはなくなるだろう、と。
出迎えに行った母も美夜妃、そして奉公人も同様に食べてくるのだろう。
修孝は、台所で一人適当に、母巴恵が作り置きしておいてくれた朝食を食べた。卵焼きと川魚の焼き魚。それと、ご飯とみそ汁だった。
「修孝おにいちゃん?」
「千歳か?」
背後よりかかったその子どもの声に修孝は振り返った。自分が食べたあとの食器を洗っている修孝。
「うん♪」
クルシュは元気で無邪気な子どものように修孝に返事をした。その修孝の様子からしてまだ行晃に会ってもいないだろう、とクルシュは察した。
“なにをやっとるんじゃ、行晃”は、
とも。
修孝は、洗い物を再開し、
「修孝おにいちゃん」
前を向いて自身に背後を見せた修孝にクルシュは背後から話しかけたのだ。
「なんだ?」
「行晃おじいちゃんが、修孝おにいちゃんを捜してたよ? なんか話したいことがあるみたい」
「・・・そうか」
修孝は、ふぅん、祖父さまが俺になんだろう、と。
「、、、」
背後よりクルシュは、修孝の背を見詰めた。
できれだけ、自身の、このもやっとした気持ちが、その己の氣に乗らないようにクルシュは心がけた。この練られた古豪の氣配を修孝はひょっとすると感じ取るやもしれぬ、と思ったからである。