第三百九十四話 予知夢、其の二・・・三
イニーフィネ軍が用いる魔獣の群れ。
日下軍の迎撃多連装ミサイルによって撃ち落とされた幻獣や竜の、その焼け焦げた躯が、修孝の視界に散らばっているのだ。中には、まだ辛うじて生きて、その鉤爪の生えた前脚を動かし、その猛禽のような鋭い嘴をガチガチと鳴らしている個体もいる。
そして、傍らには、操獣士と思われる土色の軍服を着たイニーフィネ兵の血だらけの躯も転がっている。
墜落した衝撃で潰れたのか、ある操獣士は自身の操るグリフォンにペシャンコに圧し潰されて見るも無残に五体がバラバラになっていた。
第三百九十四話 予知夢、其の二・・・三
「、、、っ」
またある操獣士は、上半身だけの状態で、その左手はしっかりと、事切れたニワトリのような顔をして身体は蛇のような鱗の幻獣に結わえつけられた手綱を握って死んでいた。
その操獣士の下半身も、その幻獣、、、コカトリスかもしれない、の下半身も、迎撃ミサイル着弾の衝撃で四散したのかどこにも見当たらなかった。
自軍の、俺達日下軍の首府防衛隊の迎撃ミサイルが命中した奴なのかもな、っと修孝は心の中で呟いた。
どちらにしても、この敵軍である獣師団イニーフィネ兵の一人と一頭はすでに事切れているようだった。
「・・・ざまぁみろ」
修孝は、そもそも助けるためにこの敵の兵士に駆け寄るつもりは毛頭なかった。すぐに修孝は、この斃れている敵兵から視線を切った。
そして、その意志の強い、その気持ちが籠った視線を空へ。修孝は仰望し、空を見上げた。
まだまだ多くの暗い影達が、まるで鳥のように日下府の空を飛びまわっていた。味方の日下軍の防衛隊が打ち漏らしたイニーフィネ軍の“空軍機”だろう。
もっとも、日之国が飛ばすような人工物の戦闘機ではなく、それらは生きている動物。イニーフィネ皇国の奥地に棲息する幻獣を飼い慣らして有事に使役するイニーフィネ皇国の軍団の一つ獣師団の部隊。
「―――」
今日は、なにやら不安を感じさせるような曇天。そのような鉛色の雲が垂れ込める上空を、羽搏くように飛び回る幻獣の一種グリフォンと、
一度大きく羽搏いて滑空するように、もう一度大きく羽搏いて滑空・旋回―――、それを繰り返して飛翔する幻獣の一種コカトリス。
その二体の幻獣の背に乗るは、イニーフィネ軍獣師団に属する戦獣隊の者達操獣士。
ざ、ざりっ、っと。突然、修孝の背後で立ち止まる足音。
「修孝様・・・!!」
修孝もその足音に気づいて、振り返ろうとしたときだ、その正体は修孝の許嫁である美夜妃だった。
「美夜妃っ!? なぜ・・・―――」
なぜ、地下防空壕からこんな、戦場に出てきた、っと修孝は思って、すぐに美夜妃に問い詰めるように言おうとしたときだった。
「美夜妃こそですっ。美夜妃は、修孝様を連れ戻そうと!! 危険です修孝様、早く皆の元へ戻りましょう―――」
しかし、地上に、地面に突如として、
「「ッ!!」」
黒い影。
それは、上空に、すぐ頭上を飛んでいるヘリコプターのような飛行物体が作る地上への影である。その暗い影が、地上に佇む二人に落ちたのだ。
咄嗟に空を見上げる修孝。
美夜妃も修孝同様に、空を見上げた。
「み、修孝様っあれは―――ッ!!」
やって来たのは羽搏く幻獣の一種グリフォンである。
そのまるで食肉類のぽてっとした腹部である。ライオンのような色合いに、その毛並みのお腹。そして、鳥のような羽搏く羽根。足と尾はネコ科動物のようで、だが、顔は猛禽類に似た鳥類のもの。
「、・・・―――」
その正体を見て、絶句はしない修孝。なぜなら修孝には既視感があったからだ。確かこの光景は、以前に自分が見た夢の中で視たことがあったのだ。
[―――ッツ、―――ッツ]
上空から嘶きにも似た幻獣グリフォンの咆哮。ライオンやトラのような咆哮とは違い、猛禽類の鳴き声に近い。
「み、修孝様・・・っ」
ガクガク―――、恐ろしげな獣を見止めた美夜妃の膝が恐怖に振るう。
「あぁ、来たな美夜妃―――、」
地上に佇む修孝と美夜妃は、自分達を見つけて空から舞い降りてくるように上空を飛んできた幻獣をその眼で目撃。
美夜妃は恐怖のあまり足が竦んで動けないようだが、修孝は割と冷静だった。それもそのはず、その光景は以前“夢で視た”ことがあるからだ。
イニーフィネ兵に操られる幻獣グリフォンは、修孝と美夜妃の上空でその身を翻してUターン―――、一時は二人を追い越したものの、空中から舞い戻ってきて、上空から地上へ修孝と美夜妃の目の前に降りる。
―――、
「「ッ!!」」
―――、ズゥン―――ッ、、、っと。地面が揺れた。
そのグリフォンの巨体が、地上に降り立ったのだ。舞い上がる土埃。吹き荒れる風。
[―――ッツ、―――ッツ]
ビリビリビリ―――ッツ
「「ッツ」」
空気を震わし、二人修孝と美夜妃の耳を劈くような獣声。
二人の目の前に降り立った[モノ]は、二枚の羽毛が生えた翼を持ち、獅子のような鬣と尾を手脚、、、つまり胴体を持ち、その顔は猛禽のような鋭い嘴と両眼を備えた姿をしていた。
だが、同時にまるで飼い慣らされた動物のように、その背に乗るイニーフィネ皇国獣師団の操獣士により、グリフォンのような魔獣の頸には、手綱が付けられていた。
そして、そんな魔獣の手綱を握り、背には一人の男が乗っている。土色の軍服を着たイニーフィネ軍獣師団のこの兵士は、自信たっぷりに、余裕ささえ窺わせてその口を開く。
「ふむ。か弱いエアリスの子らよ。私の名は、イニーフィネ皇国軍獣師団戦獣隊隊長―――」
ダッ―――、っと、その人物が自らの肩書を言い終える前に地面を勢いよく蹴る修孝。
「フッ―――!!」
だが、修孝の行動は素早かった。
一度視たことがある光景だからだ。
そして、いつの間にか修孝の手に握られているのは、いつも彼が修練で用いる固い黒檀の木刀。
タンッ、タタンッ―――、っと、
修孝は、ステップを踏んで、まるで躍り掛かるように、地面を蹴って、修孝は己が視る捉える目線の高さまで、幻獣を踏み台にして跳ね上がる―――、
修孝は、木刀の鎬に左手を、その手指を添え持ち、敵方の操獣士の顔面を、その柔らかい人としての急所たる口内目掛けて、しこたま固い黒檀の木刀の鋩で刺突する。
「失せろ・・・、ッツ」
修孝に躊躇という言葉はなかった。どうせ、これは夢の中のこと、という考えもあったのかもしれない。
バキィ・・・ッツ
「オ゛ボォ・・・ッ?!」
修孝の一撃が、この刺突が、この操獣士の前歯を砕いた。折れた歯。口内、口外へと飛び散る白い歯の破片。次に赤い鮮血。
ドスッ!! 修孝が揮った木刀の、その黒檀の鋩が、操獣士の顔面に突き刺さり、見る見るうちに刀身は口の中に呑まれ―――、
ずぶッ、ぐちッ、みちッ、ぐりッ、
―――っと、黒檀の鋩が、その刀身が、口内の戦獣兵である操獣士の歯茎を抉り、喉の肉を切り裂いて、奥へと、衝き刺さる。
ついに黒檀の木刀は、この操獣士の頸を貫通し、血に塗れ朱に染まる鋩は修孝の日下流剣術の最高の貫手で、操獣士の喉を貫通し、
ブツィッ―――、っと、朱に染まった木刀の鋩が頸の後ろに現れたのだ。
「ガォハ―――ッ!!」
ぐるんっ―――、っと、操獣士の目が、黒目が上を向き、
喉。頸。刺突。大量出血。貫通。瞬殺。即死。
ひゅっ、っと、修孝は木刀を勢いよくその手元に抜き戻し、
「ッ」
ぷしゃあぁぁあっぁあああ―――ッツ
「、、、」
操獣士の貫かれた頸の後ろより、噴き撒ける血飛沫。
「 」
だるん、、、っと、頸を、俯くように、操獣士は、死を仰ぎ、崩れ血を吐いた。
[―――!?]
その操獣士の多量の血は、彼が乗っているグリフォンも朱に染めていく。
ふわっ―――、っと、そのとき、グリフォンは羽根を伸ばした。イニーフィネ皇国軍獣師団の拠点へと帰還である。
「逃がすか」
修孝は一瞬の返す刃で、グリフォンのその獅子色の羽根を、黒檀の木刀で打ち据えた―――。
[―――ギャウッ]
パパパパッ―――、っと、
飛び散る紅い幻獣の血液と、獅子色の羽根。
黒檀の木刀の殴打で、羽根をへし折られたグリフォンはもうこれで飛び立つことはできなくなったのだ。
木刀であっても、本気で斬られれば、殴られれば、肉と骨を砕かれて命を落とすことさえあるのだ。
[―――、!!]
動物でも自分自身に降りかかった危機や、死に誘う痛み、死期を察知できるようで、グリフォンのその鳥目が見開く―――。