第三百九十三話 予知夢、其の二・・・二
その光景は、空から日下府へと侵攻してきたイニーフィネ皇国軍獣師団への迎撃行動。
日下軍の対空砲火・地対空ミサイルによる迎撃行動である。通常ならば、そのような迎撃システムやそのミサイルなどと言った高性能な近代兵器を日下国は擁してはいなかった。
だが、数か月前にクルシュに命じられて、修孝の父儀紹が日之国政府に支援を求めて、その結果交渉は纏まり、日之国政府より武器供与と軍事教練が実現し、日下国は日之国政府の支援を受けることができたのだ。
第三百九十三話 予知夢、其の二・・・二
日下府の、日下府の地上にある日下軍の軍事基地より、そして、移動式迎撃システムにより、その地上から多連装迎撃ミサイルが、イニーフィネ軍の“空軍”に当たるイニーフィネ皇国獣師団の尖兵部隊である『戦獣隊』『戦竜隊』の一頭一頭を次々と確実に精密誘導弾も含めたミサイルで撃ち落としていく。
ミサイルが命中した幻獣は、炎と煙に包まれながら錐揉み状態となって日下府の地上に墜ちていく。もちろんそれら幻獣や飛竜を操る操獣士達も同じ運命が待っている。
地上に叩き落とされて待つのは死である。たとえ生きていたとしても、重傷であり、地上で待ち構える日下軍精鋭部隊に捕まるか、抵抗して日下兵に殺されるかのどちらであろう。
戦色模様の空を見上げ、
「―――、っ」
修孝は、上記のことを勝手に想像した。
「修孝様・・・っ早く!! イニーフィネ軍が空から襲ってきます・・・っ!!」
ぐいっ、っと。美夜妃はついに痺れを切らして、修孝の右腕を取ると、その腕を手で引っ張った。
「お、おう・・・分かった」
修孝は、自国軍とイニーフィネ軍との戦いの行く末をずっと見ていたかったが、いつになく厳しい表情とその慌てた様子の美夜妃に諭されるように地下防空壕へと向かった。
歩くことしばし―――、と言っても、日下家は、以前は国主の家系であり、その宗家の屋敷も日下府の中ではかなり大きい部類に入る。
きっと、日下宗主の屋敷もイニーフィネ軍の標的の一つであろう。
イニーフィネによる日下侵攻の数か月前、突貫工事にて、そんな日下邸のほど近くに地下壕は掘られて設けられた。
爆撃のような攻撃にも、そして、異能攻撃にも耐えられる大きな避難シェルターである。イニーフィネ軍による日下侵攻前、侵攻後、やはり故国を捨てて日之国の日府に逃げたくない、と思っている領民も一定数おり、日下府のそのような住民は、既にこの日下邸の地下壕に避難している。修孝も、逃げない、というそのような意思を持った者の一人である。
不安そうな顔で、着の身着のまま集まった大勢の避難者が居る中、そんな群衆の中で、
ぶんぶんと手を振り、
「おーいっ美夜妃、修孝こっちーっ!!」
大きな声を上げて修孝達を呼ぶ者は少女である。
「・・・っ」
いたっ。ちゃんといた、あいつらも無事でよかった、、、っと、修孝はそう思ったが、敢えてそれを口に出さず、修孝は彼女に歩み寄った。
「あっ颯希さまーっ」
ぱたぱたっ、っと、友人知人を見つけた彼女美夜妃は、嬉しそうに自分達の名前を呼んだ少女に駆け寄っていく。
「よかったー美夜妃ちゃん、ちゃんと来てくれて」
ぎゅっ、、、っと二人の少女達、、、。その二人というのは、大鳳美夜妃と九十歩颯希。
二人は、本当に安堵の表情で、その嬉しそうな表情で互いの無事を祈り抱き合う。
彼女達と同じように、この地下壕に身を寄せる避難者達は、互いに近親者や、知人の間柄、そうでなくても、心の不安からか、互いに着の身着のまま抱き合い身を寄せ合っている。
「ん、、、お前らが無事でよかったよ、修孝」
ゆっくりと、この戦時にやや疲れたような表情で、颯希の傍で座っていた少年が立ち上がり、美夜妃のあとに続く修孝に、彼修孝の友人は淡い笑みを浮かべた。
「、、、悠―――、お前達も、な」
修孝も、疲れたような、いや厳しい表情で、自身の幼馴染であり友人の三条悠に答えた。
「ふぅ、、、どうなるんだろな、俺達・・・」
悠と、修孝に呼ばれた少年は、そのねずみ色の平らな特殊合金とコンクリート製の地下シェルターの天井を見上げたのだった。
・・・・・・・・・
ゴゥン、ゴゥン―――、
ドド、ドン、ドン、ドドン―――、、、
―――っと、
揺れる地下壕。まるで地上に落とされた爆弾が、地上で爆発・炸裂したかのような不気味な振動。それらの地響きが絶え間なく、修孝達が避難している地下壕に響く。
「―――、」
修孝は息を潜めるようにして、だが、その眼には意志の籠った光。修孝は決して諦めようとはしない性分のようだ。
「修孝様、、、」
「大丈夫だ、美夜妃。俺達の日下軍はきっとイニーフィネの奴らを駆逐し追い出す」
「、、、はい」
悠は、ふと気づき、顔を上げた。悠はシェルターのその無機質な天井を見上げる。
「―――。音、、、しなくなったな、修孝」
それからさらにしばらくして、だが修孝もその変化に気づいていた。
「あぁ・・・悠、、、。―――ッ」
そして、即決。
修孝は決断して、すっくと立ち上がった。
「お、おい修孝・・・?」
座ったままの悠は、立ち上がった長身の修孝を下から見上げた。
「修孝様?」
美夜妃も、
「修孝?」
颯希も、
「少し見てくる」
立った修孝は、座ったままの三人に言った。
「お、おい修孝っ見てくるって、、、お前―――」
悠は、驚きに目を見開いて、修孝の行動が信じられなかった。
「ッツ」
ダッ、っと、自身の行動を止められることが分かっている修孝は、すぐに、一気に駆け出すと、悠や、美夜妃、颯希に止められる前に、座っている避難者を避けつつ、、、
すぐに地下壕から出て行こうと細い階段を登り、全速力で地下壕から地上へと駆けだしたのだった。
「・・・―――ッ」
修孝の声なき声。
外に出た修孝は、日下の街のその惨状に言葉を失った。
七月二十日に日下国の西防衛線を突破したイニーフィネ軍。今日という日は、その日のことであり、イニーフィネ軍の侵攻から僅か半日しか経っていない。
僅か半日で、たった数時間で、イニーフィネ軍は電磁的地磁気的、封殺白化の境界を突破し、越境して、日之民の住まう領域へ、その西端の日下国の、この日下国の奥深くに位置する首府へ。
修孝達が住んでいる日下府。こんな内陸までも軽々しく侵攻してくるとはなんて奴らだ、、、と彼は思った。
きっと、敵のイニーフィネ軍の地上軍、、、つまり陸軍が、味方の日下軍の境界防衛隊と戦闘をしている隙を突いて、イニーフィネ軍の、空軍に当たる魔獣の部隊が、空を飛んで真っ直ぐにここにやってきたのだろう、っと、修孝には想像がついた。
修孝は、あちらこちらから炎と煙が立ち上がり、燃ゆる自分の街の光景を目撃したのだ。
まだあちらこちらから、発砲音や銃声、ミサイルの飛行音―――、そして、この世のものとは思えないような、獣が唸り吼える獣声がそこかしこから聴こえてくる。
自分達が住んでいるこの日下府の地上へ降り立ったイニーフィネ軍と、自軍が市街戦を展開しているに違いなかった。
「ッツ、、、臭い・・・っつ」
この鼻を衝く臭い焼け焦げた酷い臭い。紙や木材、そして野焼きのような植物が燃える臭いではない、この修孝が鼻で嗅いでいる臭いというのは。
その鼻を衝く酷い焼け焦げた臭いというのは、蛋白質が、肉が焼け燃える臭いである。石油ストーブの中に投下した爪や髪の毛、或いは火中に投じた生肉が焼け焦げ燃える臭いに、その修孝が嗅いだ臭いはとてもよく似ていた。
「獣の燃える臭いか、、、」
イニーフィネ軍が用いる魔獣の群れ。日下軍の迎撃多連装ミサイルによって撃ち落とされた幻獣や竜の、その焼け焦げた躯が、修孝の視界に散らばっているのだ。
中には、まだ辛うじて生きて、その鉤爪の生えた前脚を動かし、その猛禽のような鋭い嘴をガチガチと鳴らしている個体もいる。
そして、傍らには、操獣士と思われる土色の軍服を着たイニーフィネ兵の血だらけの躯も転がっている。
墜落した衝撃で潰れたのか、ある操獣士は自身の操るグリフォンにペシャンコに圧し潰されて見るも無残に五体がバラバラになっていた―――。